ぼくはくま
俺が魔力を現出させるのと同時に、黒い羽が襲いかかってきた。
「ひとまず、融合魔法! レベル6『黒炭の壁』!」
敵を攻撃するより先に、俺が手のひらを屋上の床にあてがうと、ソフィー達を真っ黒な岩の壁が覆い隠した。
レベル6クラスの魔力を練り込んだ外壁が、翼の攻撃をたやすく弾いてくれる。
ここからじゃあ、倒れてるクラリスのところまで壁を広げられないのが難点だが。
「こんな状況でも仲間の心配なんて、舐められたものネ!」
「守っておかないと、テメェみたいな卑怯者は最初にこっちを狙ってくるだろうが!」
「あらあら、バレてたみたイ♪」
バサバサと翼をはためかせるハファーマルの、猛禽類のような目が俺を見据える。
「けど、人質を取らないと何もできないって言われるのは、随分と癪な話ネ! このハファーマルがギリゴルとは別格のケイオスだと、身をもって味わわせてあげるワ!」
こっちこそ癪な話だが、こいつの飛行能力と高速移動は、俺からすればかなりきつい。
魔法で何度か攻撃を試みても、ハファーマルはすいすいと避けて、おかえしとばかりに黒い翼を射出してくる。
おかげで向こうはHP満タンなのに、俺の方だけスリップダメージ状態だ。
このままじゃあ、こっちの生傷が増えて出血多量で死んじまう。
「くそ、ちょこまかと……!」
「空を飛べないなんて、随分と不便じゃなイ! 私の翼を、魔法で防ぐのが精いっぱいってところかしラ!」
悔しいけど、あいつの言うとおりだ。
なんて一瞬でも思ってしまったのが、俺のダメなところだと痛感させられた。
「でも残念……隙だらけよ、おバカさン!」
魔力を練り込むほんの一瞬を狙ったハファーマルが、脚の爪を俺の足に食い込ませて、そのまま空高く飛び上がったんだ。
「うわああああ!?」
いくら鍛えてるといっても、屋上よりずっと上から落とされれば間違いなく死ぬ。
原型も残らないくらい、ぐちゃぐちゃになってグラウンドに血肉の華を咲かせる。
「この、離しやがれ!」
「もちろん離してあげるわ、屋上の外でだけド。いくら鍛えてるといっても、地面に叩きつけられて臓物をぶちまけずにいられるかしラ?」
ぞっと怖気が奔るのをこらえて、俺は融合魔法で反撃しようとした。
それを見越していたかのように、ハファーマルが残ったもう一方の脚で、俺の右腕を掴み上げて、へし折るように持ち上げる。
「ぐあぁっ!」
「魔法は使わせないワ。抵抗されるのも面倒だし、一撃で殺してあげル!」
まずい、痛みのせいで魔法の発動に集中できない。
翼の防御力を見るに、融合魔法じゃないとろくなダメージを与えられない。
ハファーマルが爪を離せば解放されるけど――この高さなら、二度目のあの世行きだ!
「さあて、この世に別れを告げなさイ! 死の急降下が始まるわヨ!」
くちばしをゆがませて笑うハファーマルの、爪の力が緩まる。
それでもどうにか魔法を使おうとする俺の足から、爪が抜けかけた――。
「――させませんっ!」
その時だった。
ハファーマルの後ろから、いきなり小さくて真っ黒な何かが飛び出して、怪鳥の頭に深々と刃物を突き立てたんだ。
「ギャアアアアアアアアッ!?」
ずぶずぶと刃がめり込むのと、絶叫したハファーマルが爪を離すのは同時だった。
俺は宙に放り出されたけど、手が自由なら魔法が使えるし、無問題だ!
「融合魔法レベル6『雷鳴鞭剣』!」
雷と鋼の蛇腹剣を発現させた俺は、それを屋上の柵に巻き付けて、ロープのように使って無事に足をつけられた。
何度も使ってるからわかるけど、この剣は汎用性が高くてお気に入りだ。
で、ハファーマルを襲った人形も、いつの間にか俺の肩に乗って屋上に戻ってきていた。
「ハァ、ハァ……この人形、クラリス、だよな!?」
ちょっぴり気味の悪い熊のぬいぐるみがクラリスだと、俺には確信があった。
屋上でまだ倒れているはずの彼女の体が、すっかりなくなってたからだ。
この現象は間違いなく、クラリスが魔法で骸骨や西洋人形に魂を乗り移らせた時と同じだったから、俺は人形が声を出すのも、動くのにも驚かなかった。
「はい、ボクです……!」
ぽてぽてと歩き、空でもがくハファーマルを睨みながら出刃包丁を振りかざす人形の中から聞こえてきたのは、やっぱりクラリスの声だ。
でも、いつも持ち抱えている鞄もないのに、どこから人形を出したんだ?
「ローブの中に、人形をいつでもひとつだけ、忍ばせてました……エイダ姉さんの、偽物に、魔力を吸い尽くされる前に……幽霊魔法で……」
「魂を人形に移動させられたってわけか!」
なるほど、文字通りの奥の手だな。
「そうです……力も弱いし、持続時間も短いですが……」
俺の肩に乗った人形の手のひらには、確かに人の温かさがあった。
「これで、2対1……反撃できます!」
――それだけじゃない、クラリスの正義の意志もだ!
ハファーマルの呪縛から解かれた、正しいことを成したいっていう強い気持ちが!
「ああ! クラリスが味方なら、負ける気がしねえな!」
俺達がきっと睨む視線の先で、ハファーマルはやっと頭を貫かれた痛みから回復したのか、さっきまでの余裕など微塵もない、ぎょろりとした目で睨み返してきた。
「人形ひとつが増えたところで、調子に乗ってるんじゃないわヨ!」
言うが早いか、ハファーマルが翼をはためかせて突進してくる。
「確かに……武器を持つ人形だけ、では……脅威にはなりません……」
肩から頭によじ登り、クラリスが入った人形が手のひらを敵に向かってかざした。
「ですが……魔法を使えるなら、話は別です! 幽霊魔法『アクリョウハンズ』!」
次の瞬間、屋上の床から半透明の人間の腕が何本も伸びてきたかと思うと、怪鳥めがけてものすごい勢いで襲いかかった。
ハファーマルもまさか、こっちが飛び道具を持っていると思っていなかったのか、避ける間もなく無数の腕に掴まれる。
「なっ、こいつら……やめろ、お前ら、翼を引き剥がそうとするナアアァッ!?」
彼女の絶叫など無視して、腕はなんと黒い翼を無造作にむしりはじめた。
自分で羽を飛ばすのとは違って、どうやら引きちぎられるのは――しかも1本、2本どころか十数本をまとめて抜き取られるのは、筆舌に尽くしがたい痛みをもたらすらしい。
人間で言えば、皮膚を少しずつ剥がされてるようなもんか。
そんな魔法を、よく隠し持ってたな。
「人形になった状態であれだけの威力ってのは、改めて見るととんでもないな……」
「フヒ、幽霊に使う魔力は少ないので……翼を抜き取る、く、くらいがやっとで……こ、攻撃力は低いですけど……」
クラリスの声に、俺は迸る魔力で応える。
「心配ねえよ、敵をぶっ飛ばすのは俺の役割だ!」
右手に青い光、左手に黄色い光。
これからあいつに撃ち込んでやるのは、入学初日に披露したド派手な魔法だ。
「水魔法レベル4、雷魔法レベル4――融合魔法レベル8『激流雷槍』ッ!」
俺がぶん投げた、魔力が凝縮された水と雷の槍は、見事にハファーマルの翼を射抜いた。
「アギャアアアアアアッ!」
腕から解放されたかわりに翼を片方失ったハファーマルが、絶叫を轟かせる。
よたよたとしか飛べず、悶絶する敵に向かって、俺達が一緒に指さして言った。
「お仕置きの時間だぜ、ケイオス!」
「恐怖を……たっぷりと教えてあげます!」
ここから先は、ひとつの反撃も許さない――俺達の独壇場だ!
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