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復讐の化身

「……え?」


 クラリスから漏れ出た声は、驚愕(きょうがく)と絶望に満ちていた。

 そのさまを楽しそうに見つめるジョンに、もう何も言わせるべきじゃない。


「ジョン、もう喋んじゃねえぞ……!」

「おいおいおいおい、何を驚いてるんだ? 君の情報通のメイドでも、俺があの平民を殺してやったって突き止められなかったのかい?」


 できるなら雑兵(ぞうひょう)をまとめて叩き潰して、あいつの喉を引きちぎってやりたいけれど、金に目のくらんだ生徒達がまだまだ壁として立ち塞がってくる。

 ソフィーとパフに吹き飛ばされても、テレサに殴られても立ち上がって成果を出そうとするんだから、金の魔力ってのには心底苛立たされるな。


「ああ、今でも覚えてるよ。彼女は優秀で、3年生にもなれば主席は確実。皆に好かれてて、トライスフィアきっての秀才だ。俺も、まあ、心から嫌いにはなれなかったよ」


 そんな俺をよそに、ジョンはいつもの飄々(ひょうひょう)とした口調で語り続ける。


「あの豚が――平民の生まれの分際で、俺の上に立ってなければだがなぁッ!」


 でも、あいつが余裕を見せていたのはそこまでだった。

 すさまじい形相になったジョンは、クラリスを廊下に叩きつけた。


「何をやっても、どの試験でも、エイダは俺よりも高い成績を取り続けた! 俺よりも人に好かれた! 貴族ならまだ諦めもついたが、あいつの血は俺より劣っているのにだ!」


 貴族であること以外に、こいつのアイデンティティはないのか。

 そうでもなきゃ、こいつがここまで血筋に執着する理由が分からない。


「腐った血筋の女が俺よりも優秀なのが、心底鼻についたよ……だから俺は、先生と風紀委員、ちょっとばかりの生徒を金で買って、あいつを孤立させた」


 悪事の自慢を聞いて、ソフィーが目を見開く。


「心無い言葉をぶつけて、身に覚えのない罰則を与えて、口に出せないような乱暴も何度かしてやったら、エイダはあっさりと壊れたよ。学園から追い出してやるだけのつもりだったんだが、まさか首を吊るなんてのは、本当に笑えたさ! ハハハハハ!」


 あまりにも残酷な話を聞いて、拳を振るうテレサの眉間にしわが寄る。


「まあ、学園にとってはちょっとした損失だろうけど、長い目で見れば得な話だ。貴族による正しい統治に不要な、腐った(うみ)を吐き出してやったんだからね」


 狂った笑みを浮かべるジョンを見て、俺は確信した。

 こいつは『フュージョンライズ・サーガ』のジョンよりもずっと邪悪で、ずっと身勝手で、ずっとおぞましい――人間の皮を被った()()だ。


「……腐ってるのも学園の膿も、全部テメェだろうが」


 こんな奴を放っておけないというのは、俺だけじゃなくて、ソフィーやパフ、テレサも同意見だった。


「ネイト君、許しちゃいけないよ。この人だけは、絶対、絶対に!」

「分かってるぜ、ソフィー。何も持たない、調子に乗った無能ほどムカつくやつはいねえよ」


 ばき、ぼき、と指の骨を鳴らしながら、俺はジョンに一歩、また一歩と歩み寄る。


「ハリボテのお城を作るのに随分と時間をかけたみたいだな? 自慢の砂のお城がぶち壊される気分を、顔面を叩き潰すついでに教えてやるぜ」

「怒るのはいいけど、こっちが人質を取っていると忘れてるのかい?」

「テメェみたいな無能が人質を取って、何ができるんだ?」


 ああ、こいつは攻めるのは得意だが、受けるのは苦手みたいだな。

 特に無能、と呼ばれるのに相当なコンプレックスでもあるのか、さっきまでの醜悪な笑顔はもう、苛立ちと怒りに取って代わられてる。

 でもなあ、こんなクズに無能以外のなんて声をかければいいか、俺は知らないな。


「……いいかい、次に俺を無能だと言ったら、お前らの家族もろとも……」


 俺の家族をどうこうすると宣言しようとしたジョン。

 だけど、不意にあいつの言葉は遮られた。


「……そう、ですか」


 ぽつりとつぶやいたのは、ゆっくりと立ち上がったクラリスだ。

 少し俯いているせいか顔は見えないが、声はいつもよりずっと沈んだ調子で、ともすれば呪詛(じゅそ)のようにも聞こえる。


「クラリス……?」

「それを、聞けて……よかったです……これで、これで……」


 いいや、これは呪詛でも、単なる言葉でもない。

 俺が察した時、校舎の外がほんのわずかに暗く染まった気がした。




「――ボクと姉さんは、躊躇いなく貴方に絶望を与えられるッ!」


 ――気がした、じゃない。

 クラリスが声を張り上げた瞬間、外の景色が見えなくなるほど巨大な()が、割れた窓のほとんどを覆っていたんだ。


「なッ……!?」


 黒い影は、窓の桟どころか壁を叩き壊して、俺達とジョンの間に割って入ってきた。

 人間の姿を保っているそれは、背丈が天井に届くほど高く、全身が真っ黒な毛に覆われていて、背中からは身長の3倍ほども巨大な翼が生えている。

 どこからどう見ても異形なんだけど、黒い顔だけは普通の女性のそれだ。

 以前遭遇したギリゴルは、トカゲと人間のあいの子だったけど、こいつは例えるなら、人間と猛禽類(もうきんるい)のいいとこ取りって感じだな。


「テレサの目がおかしくなっていなければ、あれは怪物の類だと思われますが」

「俺の目も、おかしくなってねえよ――間違いない、ケイオスだ!」


 紫の石をばらまく恐ろしい怪物の出現に、辺りは騒然とした。


「ば、バケモノだああああ!」

「逃げろ、逃げろおおっ!」


 金のことしか頭にない連中でも、流石に人の姿をした化け物を見れば話は別なのか、俺達との戦いを放り出して逃げ出した。

 一方でクラリスと怪物に挟まれたジョンは、魔法を使うのも忘れてへたり込んでいる。


「な、なな、なんだ、こいつは……!?」

「……エイダ姉さん、この男が姉さんを殺した犯人だよ」

「お前、何を……ばぎっ!?」


 ジョンが反論する前に、ケイオスの翼があいつの顔面に突き刺さる。

 しかも1発、2発じゃすまない。


「ぼぎゅ、が、あば、ばばば!?」


 俺達が止める間もなく、ジョンは鼻血を噴き出し、唇が切れ、(まぶた)が異様に膨れ上がってゆく。

 一方で穏やかな顔をするクラリスには、この怪物がエイダに見えてるみたいだ。


「うん、うん……分かってる……彼には罰を与えないとね……フヒヒ……!」


 そんなのは幻覚だ、と俺が言うよりも先に、ケイオスの方が口を開いた。


「……楽しみね、クラリス……」


 俺が紡ごうとした言葉は、全部喉の奥に押し込められた。

 ケイオスが発した声は間違いない――エイダの声だったんだ!


(ギリゴルみたいな抑揚のない声じゃない、クラリスの声でもない! ゲームで何度も聞いたエイダの声そのものだ!)


 一度声を聞いたうえでそう考えてみると、さっきちらりと見えたケイオスの顔も、エイダの顔に見えて仕方がない。


「まさか、本当にエイダなのか……!?」

「ネイト様、お気を確かに。死人が蘇るなど、あり得ないお話でございます」


 いや、テレサの言い分はもっともだ。

 あいつはクラリスを従わせるためにエイダの声を真似ているだけで、外見に反応しないのは心を支配されているだけだから、あれはエイダなんかじゃない。

 だとしても、そう思っているのは俺達だけだ。


「い、行こう……誰も、邪魔しないところに……!」


 ケイオスはクラリスを背に乗せ、ジョンを(わし)のような脚で掴み、飛び上がった。


「わ、わあああああああっ!?」


 そしてたちまち外に出て、校舎の屋上へと向かってゆく。


「あいつら、屋上に……!」


 何をしでかすかなんて、聞くまでもない。

 あいつは復讐を果たすつもりだ。

 愛した姉の偽物と一緒に、姉を奪ったジョンに凄惨な復讐をするに違いない。


「どうしよう、ネイト君!?」

「決まってるだろ、絶対に止める! あいつがどれだけクズ野郎でも、クラリスに人殺しなんかさせてたまるか!」


 俺はソフィーに聞かれるまでもなく、屋上へと続く階段を駆け出した。

 ジョンのためじゃなく、クラリスのためにだ。

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