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正気と狂気のはざま

 ひとまず俺達は校舎から離れて、雨の中、寮に戻るべく噴水広場を通り抜けてゆく。

 男子が女子寮に行くわけにはいかないし、そこから先はソフィーとテレサ、パフ任せになる。まあ、こいつらになら他の誰よりも信頼が置けるな。

 それよりも、雨で風邪をひかないかが心配だよ。


「ったく、厄介な事態になったな」

「ネイト様、先日お調べした()()を使う時では?」


 テレサが言うあれ、というのは、もちろんさっき話した必殺技のことだ。


「いや、他の生徒もいるような状況で突きつけてやった方がよっぽどダメージがデカいからな。使えるのは一度きりだ、最大限の被害を与えてやった方がいいだろ」

「おっとぉ~? すっごく悪い顔してるよ、ネイト君~?」

「そうか? まあ、俺は悪役だからな」


 どうやら俺はにやにやと笑ってるらしいが、そりゃそうだ。

 テレサと俺がゲットした情報は、ジョンだけじゃない、あいつが抱える派閥をまとめて一網打尽(いちもうだじん)にできるほどのマル秘情報なんだからな。


 ただ、俺が意地わるそうに笑っているのは、クラリスにはよくないかもしれない。

 まだジョンと達とのやり取りが、心にダメージを残しているだろうし、へらへら笑ってちゃあクラリスもうつむいたままで安心できないだろ。


「クラリス、ジョンの好き勝手にはさせないから安心しとけ。ああいうクズ貴族はな、俺みたいな反骨(はんこつ)精神丸出しの悪者貴族に弱いって相場が決まってるんだぜ」

「ここにいるみーんな、クラリスちゃんの味方だからね♪」


 俺やソフィーが励ますと、クラリスが静かに顔を上げてくれた。


「……ネイトさん……皆さん……」


 そうそう、顔を見せてくれる方がいいもんさ。

 恐ろしい事件が起きたふりをして、自分に非があると思い込ませるのがジョン派の手段なら、こっちは常に心を強く持っていないとな。


「テレサ、俺の読みが当たってるなら、あいつは事件を自作自演してやがる。昨日と同じように情報を集めて、特ダネを叩きつけてやる準備をしようぜ」

「かしこまりました、ネイト様」


 ぺこりとテレサが頭を下げるのと同時に、クラリスが視線を少しずらした。


「……あの、違います……」

「違う? 何が違うんだ、クラリス?」


 俺達の足元を見てるのは、まだ不安が残ってるからかな。


「反骨悪役貴族であるという点ならば、ネイト様は違う点などございません。ですが、そこがテレサの主の魅力であり、人を惹きつけるチャームポイントでもあるのです」

「ほめるかけなすか、どっちかにしろよ」


 テレサのフォローになってるのか怪しい擁護(ようご)に俺がツッコむと、ちょっぴり慌てた様子でクラリスが首を横に振った。

 普段よりずっと暗い調子とはいえ、反応はいつものクラリスだ。


「……いえ、そこではなく、ボクが言いたいのは……自作自演ではなく……」


 ぼそぼそした声も、遠慮がちな態度も同じ。

 何かとトラブルが重なったとはいえ、クラリスはいつも通りだ。




「……これが、貴族主義の生徒に、本当に罰を下してくれたという、ことです」


 彼女がポケットから取り出した――紫の石以外は。




「――え」


 それを見た途端、俺も、仲間達も凍り付いた。

 手のひらで禍々(まがまが)しく輝くのは、間違いなくソフィーやテレサも知っている、あの石だ。


「クラリス、お、お前、なんで紫の石を……!?」


 思わず声が上ずる俺とは対照的に、クラリスはいたって平然としていた。


「ずっと、石を持っていました……寮の自室の引き出しに、隠していて……ボクが強く願った時に、叶えてくれると、()()が教えてくれましたので……」

「おかしいだろ、あの時は石を渡してくれたじゃねえか!」

「半分だけ、砕いて渡しました……残った半分に、ケイオスを残して、ボクの魔力を吸わせて……力を、蓄えさせるために……」


 平然としているのに、発言のすべてが異常だ。

 クラリスがやっているのはおぞましい行いで、正義とは程遠いはずなのに、表情は正しく良いことを全うしたかのような喜びに満ちていた。


「で、でも、これでいいんだよね……エイダ姉さん……」


 彼女の目は、俺達を見ちゃいない。

 下を向いてもいない。

 視線の先は、自分の隣の虚空だ。


「……お前、誰に向かって話してるんだ?」

「ネイト君! クラリスちゃん、テレサちゃんが操られた時みたいになってないかな!?」

「いいや、もっと酷いぜ。こいつは今、正気と狂気の区別がついてないんだ」


 ゲームの中で掠りもしなかったようなシナリオが出てきて、俺が戸惑っているんだから、ソフィーが唖然(あぜん)とするのは当然だった。


「な、何か……ボク、おかしなことを、言いましたか?」


 きょとんと俺達を見つめるクラリスのさまで、俺はようやく状況を呑み込めてきた。


「ネイト様、テレサもあのような調子になったのでしょうか」

「言ったろ、あれよかましだ。なんせ、今回は完全に心を支配されてるんだからな」


 クラリスは石に感化されなかったんじゃない。

 あまりにも同調しすぎて、自分がおかしくなっているのに気づかなかったんだ。

 日常生活に紛れ込み、食事をとるのと同じくらい当たり前に石に支配されるのが当然になっていたら、態度に異変が起きるはずもない。

 そもそも、俺は今のクラリスをあまり知らないんだから、違和感に気付けやしない。


(もしも、ケイオスが人を完全に乗っ取れるパターンがあるなら……!)


 以前はテレサがギリゴルに抵抗していただけで、本当は人を簡単に支配できるのか。

 あるいは人心掌握の力も、あいつが言っていたケイオスの個性のひとつだとすれば。


 考えても結論なんて出てこないけど、俺が安直な判断でクラリスが石の影響を受けていないと思い込んだのは、とんでもなくバカげた判断ミスだったんだよ、くそったれ。

 俺はゲームの中に出てこなかった情報をちょっとつまんだだけで、ケイオスのことを全部分かったような気になったのかよ。


「どうしたんですか……石が、貴族主義に罰を与えたのが、そんなにおかしいでしょうか?」

「お、おかしいよ! クラリスちゃん、そんな乱暴なことしちゃダメだよ!」


 とにかく、今のクラリスを放っておくわけにはいかないし、石を回収しなきゃいけない。


「……クラリス、石をこっちに渡してくれ。悪いようにはしない、だから……」


 できるだけ彼女を刺激しないように手を伸ばしたつもりだったが、クラリスは急に大きく震えると、すっと紫の石を懐にしまった。


「い、嫌です……エイダ姉さんと、約束したんです……!」


 しかも踵を返して、校舎の中に戻っていったんだ。


「おい、待て! そっちに行くな!」


 クラリスは思っていたよりもずっと早く玄関をくぐって、俺達の視界から消えた。

 融合魔法やパフが引き留めるのも間に合わない彼女が走っていった方向は、俺がさっき啖呵を切った悪党連中がまだいるかもしれない、職員室だ。

 ここまで頭に浮かんでからやっと、俺は皆と顔を見合わせて駆け出した。


(あっちは職員室だ、もしも追い詰められたあいつらのところに、錯乱したクラリスが行って、連中が最悪の発想しか浮かんでないクソ野郎なら……!)


 ジョンに鉢合わせて、なじられる程度ならまだいい。

 あいつらがもしも俺達とのやり取りで追い詰められていれば、何をしでかすか。

 まったく、どうしてこうも俺のやることなすこと、今回ばっかり裏目に出るのか。世界がバッドエンドに向かわせてるなんてジョークが、まさか本気なのか。


 そんな風に考えながらもう一度曲がり角を曲がると、まさかというかやはりというか、最悪のシチュエーションが広がっていた。


「おやおや、そっちの方から僕のところに来てくれるなんてね」


 廊下に仁王立ちするジョンと、先生に風紀委員、しもべ連中。

 そしてあいつの腕の中で、ぐったりとしているクラリスだ。


「ジョン、てめぇ……!」


 俺が歯ぎしりをするのに合わせるように、外で雷が(ほとばし)った。

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