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緊急事態、発生!

 昨日の夕方から夜にかけて、俺はテレサと『あること』を調べてた。

 ジョン派だけじゃなく、そいつらに与する悪党が誰なのか、そしてそいつらを一網打尽にできる武器の準備もしていた。

 クラリスに何かあった時のために、ソフィーにヘルプを出しておいたのも運が良かった。

 おかげで、貴族主義から彼女を守ってもらえたんだ。


 ――けど、雨の降る翌日に起きた恐ろしい出来事までは、俺には予想できなかった。


「――その話、間違いないんだな、テレサ!」


 俺は今、テレサとソフィーと一緒に、トライスフィアの校内を疾走していた。

 他の生徒がちっともいないのは、授業が休みだからとかじゃない。何なら今日は、いつも通り授業がある日なんだけど、生徒どころか先生、用務員の姿すらない。

 その理由は、昨日の夜に起きた事件だ。


「まず間違いございません。今朝、全生徒に寮での待機命令が下されました。原因は貴族主義(ノーブル・ワン)の生徒が、何者かに襲われた事件でございます」


 テレサが集めた情報によると、貴族主義に属する生徒が大怪我を負った。

 しかも事故じゃなく、誰かに襲われたうえに犯人が見つかってないんだから、いくら事なかれ主義の先生達でも、学校を締めきって当然だ。


「先生も誰も、そんな話してなかったよ!?」

「生徒が血まみれの重傷で見つかったなんて、少しでも知れ渡ったら、どんなパニックを引き起こすか分からないからな!」


 ただそれだけなら、俺はテレサと一緒に寮の部屋で待機していた。


「それに、クラリスちゃんだけが呼び出されるなんて、さっぱり分かんないよ!」


 問題なのは、あのクラリスが職員室まで呼び出されたってことだ。

 どうしてかはともかく、この状況で貴族に根深い恨みを持っているクラリスに声がかかるなんて、ろくな理由じゃないはずだ。

 下手をすれば、彼女がバッドエンドに直行しかねないぞ。


「とにかく職員室で、あいつの無実を晴らさないとな!」


 だから俺は、ふたりを連れて職員室までノンストップで走ったんだ。

 そして今、廊下を曲がった先にはもう、職員室の扉が見える。


「ネイト様、ノックは……」

「悪役がノックなんて、ダサいことするかよっ!」


 テレサに返事するのとほぼ同時に、扉を叩き割るくらいの勢いで開いた。

 俺の視界に飛び込んできたのはうつむいたままのクラリスと、彼女を取り囲むように険しい顔をした先生達と、今まさに怒鳴り散らしていたらしい一部の風紀委員だ。

 あいつらの顔には覚えがある。風紀委員長のマライアと、書記のパスカルだ。

 ついでに熱血派のマッコール先生がいないのに、正直ほっとした。


「クラリス!」

「……ネイトさん……」


 俺が声を張り上げると、クラリスははっと顔を上げた。

 この世の終わりみたいな顔を見るに、よっぽどきつい詰められ方をしてたに違いない。

 なんせクラリスを取り囲む連中の奥には、あのジョン・ロックウッドとその取り巻きもいるんだ。これだけの面子が揃ってて、何も企んでないはずがないだろ。


「な、ご、ゴールディング!? 生徒は寮で待機するようにと指示されたはずだぞ!?」


 髭面の先生が怒鳴るのに構わず、俺はどかどかと職員室の真ん中まで歩いてゆく。


「だったら生徒のひとりのクラリスだけが、どうして職員室に呼び出されてるのか、しかも貴族主義の連中に詰め寄られてるのか、説明しろよ!」

「君達には関係ないね」


 ジョンもまた、俺の前まで歩いてきやがる。

 ついでにこいつの後ろに残った奴らがついてくるさまは、まさしく金魚の()()だ。


「そうだ、これはロックウッド君と我々が解決する話だ!」

「つべこべ言っていると、罰則を与えますよ!」


 こういう風に脅してやれば、多くの生徒は大人しく黙ってきたんだろうけど、俺をそんじょそこらの真面目な生徒と一緒にしてもらっちゃ困る。

 特にヒロインの危機なら、そう簡単に引き下がってやらねえぜ。


「へえ、知られちゃマズいのか? 貴族主義の生徒が入っちゃいけないはずの真夜中に学校に忍び込んで、どこかの誰かに半殺しにされて診療所(しんりょうじょ)にぶち込まれたってのが?」


 知っている情報を並べてやっただけで、連中はたちまちしどろもどろになった。


「な、ななな、なんで知って……」

「うちの最高のメイド、テレサの情報網をなめんなよ」

「最高のメイドでございます、いぇーい」


 隣でVサインを作るテレサに、本当に助けられっぱなしだな。

 だけど、俺だってもちろん、ただ何かをしてもらってばっかりじゃないんだぜ。


「しかも襲いかかったのが真っ黒な影で……ああ、そういうわけか。思い出したよ」


 こっちにあるのは、『フュージョンライズ・サーガ』の知識だ。

 俺は思い出したんだ。主人公(ノア)が解決したトラブルの中に、こんなシチュエーションがあったってのを――話してやるだけで、相手が嫌がる事実だってのをな。


「ジョンがいるってことは、襲われたのはジョン派の生徒だな? あんたは権力を使って先生と風紀委員を総動員させて、自分の部下に危害を加えたやつを必死こいて探そうとしてるんだろ?」


 ほら見ろ、余裕しゃくしゃくだったジョンの顔が、たちまち険しくなっていく。

 悪役をやらせてもらってる中で、この顔を見るのが一番たまらないな。


「で、重要参考人を見つけたんだ。貴族主義に恨みを持っていて、影のような魔法を使って、トラブルの絶えなかった風紀委員――クラリスが犯人だと思ってるわけだ」

「ぐ、ぐぐぐ……」

「どうしてそこまで知ってるんだ、このガキ……!」


 おうおう、後ろの連中も苦虫を噛み潰したような顔をしてるな。

 ま、もちろんなんだが、このネタは俺やテレサが調べて掴んだんじゃない。


(クラリスのバッドエンドシナリオのひとつをまんま読み上げただけだっつーの。その事件は、何もかもジョンの自作自演だ。ゲーム通りなら、こいつは自分に噛みついてくるクラリスを排除するために、焦って強硬手段を取ったんだよ)


 こいつはクラリスが邪魔だっていうだけで、とんでもない事件をでっち上げて犯人に仕立て上げて、学園から追い出す算段を立てたんだ。

 バッドエンドシナリオじゃあ、ジョンの浅い目論見がうまくいってクラリスが学園から追い出されて、王都で雇われた浮浪者に乱暴される。

 もっとも、そんなのが通用するのは、ゲームの中だけだぜ。


「それにしても、仮にもクラリスの居場所だった風紀委員の会長と、生徒を導くべき模範(もはん)の先生が揃って貴族主義のいち生徒の犬になってるなんざ、笑えねえな」


 徹底抗戦の意志を示す俺に、ずい、とジョンが顔を寄せる。


「彼女は俺のかわいい後輩を傷つけたんだ、罰されて当然だよ」

「証拠がないのに、よくもまあ言えたもんだな」

「彼女以外に犯人がいるとでも?」

「お前らが決めつけただけの、都合のいい妄想だろ」


 腐った連中とカス野郎の浅知恵で、大事な人を傷つけられてたまるか。


「これ以上逆らうなら、王都の神聖騎士団(ラウンズ)に属する警邏隊(けいらたい)に突き出そうか。襲撃犯を擁護(ようご)する連中も、等しく悪党だ」

「自分ひとりじゃ何もできない雑魚が、調子に乗ってんじゃねえぞ」


 権力を振りかざして、何でもできると思い込んでるやつにの好き勝手になんかさせるか。

 俺とテレサが一晩かけて集めたとっておきの秘密を、お前らの喉に突き刺してやる。


「クラリスを潰すつもりなら――お前ら全員、俺に潰される覚悟をしとけよ」


 ぎろりと俺がジョンを睨むと、やつの額を一筋の汗が伝ったのが見えた。

 その隙を逃さず、俺はクラリスの手を掴んで、連中が何か口を挟むよりも先に、開いたままのドアから職員室の外へと出た。


「私とテレサちゃんにも、潰されるカクゴをしとけよーっ!」

『ぎゃああーうっ!』


 ソフィーとパフが唸り声をあげ、テレサが無言で中指を立て、ドアを閉めた。

 すさまじい音を鳴らす稲光に照らされた職員室の中の景色がかき消される刹那、ジョンのやつの口元が醜く歪み、あいつらに何かを言っているのだけが見えた。


 廊下に並ぶ窓の外で、小雨がたちまち雷雨になった。

 あいつは何かとんでもない強硬手段に出る――そんな気がしてならなかった。

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