【sideクラリス】貴族の報復
姉の無念を晴らし、貴族主義の悪事を公のもとに晒してみせる。
そのためにボクはトライスフィアに入学して、風紀委員会に参加した。そして少なからず、貴族主義の乱暴を止めてきたと自負はしている。
でも、活動の末路がこんなことになるなんて、思ってなかった。
「……どうして、ですか」
「どうして、ですって!? そのままの意味ですよ!」
放課後、風紀委員会が使う教室の中心に立つボクと、向かい合う風紀委員の皆。
その真ん中に立つマライア委員長が腕を組んで、ボクにはっきりと告げた。
「クラリス・ブレイディ――あなたの風紀委員資格を、今この瞬間からはく奪します!」
ボクを、風紀委員会から追放するって。
あまりに唐突すぎて、ボクは理解できなかった。
仮にはく奪するとしても、思い当たる節がない。
「……きゅ、急すぎます……普通、もっと早いうちから……!」
「ええ、そうですね! もっと早いうちからあなたに罰を下すべきでした!」
なのにマライア委員長は、額に血管が浮かぶほど怒り狂っていた。
「複数の生徒から、あなたに不当な罰則を与えられたと苦情が届いているんですよ! 特に貴族への対応など、どう考えても私怨でしょう! それがはく奪理由にならず、何になるんですか!」
「申し訳ないけど、書記のあたしの目線から見ても、あなたは粗暴すぎるわ。風紀委員会の品格が落ちたと言われても、仕方ないのよ」
書記のパスカル先輩も、委員長の隣で何度も頷いている。
他の風紀委員は同調こそしない代わりに、ボクを助けてくれるわけでもない。元々マライア委員長の言いなりみたいなものだったから、仕方ない。
それよりもボクにとっては、貴族への対応を厳しく制限される理由の方が気になった。
いくら相手が権力を持っている貴族主義でも、風紀委員が横暴を止めずに放置しておいていいはずがない。
「まったく……近頃は自分達に金銭援助をしてくれるジョン派の皆さんにまで危害を加えて……彼らの機嫌を損ねたら、どうするつもりですか!」
でも、委員長が話してくれたおかげで、すべての理由がはっきりとした。
ボクも初めて知ったけど、きっと彼女達は、ジョン派からお金をもらっている。
要するに、わいろをもらっている相手を見逃せと言いたいけど、貴族相手でも取り締まるボクが話を聞かないと知っているから、風紀委員会から追い出そうとしているわけだ。
「……それが、本音ですよね……!」
沸々と湧き出す怒りがボクの言葉の端から漏れて、先輩達も失言に気付いたらしい。
「マライア、喋りすぎよ」
委員長ははっとした顔で口を隠してから、大きく咳払いして言った。
「と、とにかく! 今すぐ腕章を置いて、ここを去りなさい! 今度魔法を使っているところを見かけたら、決闘であろうと処分しますから、そのつもりで!」
もう、風紀委員会はボクの味方じゃない。
少なくとも、悪事を見逃す人達なんて味方にはなりえない。
「……分かり、ました」
ボクは腕章を近くのテーブルに置いて、教室を出た。
夕陽の差す廊下を歩くボクを指さして、皆がひそひそと話している。
「ねえ、聞いた? あの子、風紀委員会を追放されたらしいわよ」
「知ってるよ。あんな根暗女、ここにいること自体おかしいんだ」
「平民生まれの乱暴者なんて、さっさと退学にした方がいいんですよ」
見た目や粗野な取り締まり方が悪かったというのは、ボクに非があると納得できる。
でも、だからといって貴族のやり方を無視なんてできないし、それを続けていれば風紀委員会どころか、あらゆるところに貴族が潜り込む。
そうなれば、いつどこでも、貴族は好きなように暴力を振るってしまう。
「――よう、ブレイディ。ちょっとツラ貸せよ」
例えば今のように、5人組の貴族主義の生徒が廊下を遮ることもある。
彼らに、ボクは見覚えがある。以前同級生からカツアゲしていた悪党だ。
「……ボクは、用事なんて……ありませんが……」
「まあまあ、そう言うなよ。俺達さ、お前に『決闘執行』でやられてからすっかり改心したんだ。だからさ、ちょっとお礼したくてさ!」
風紀委員会の教室に逃げ込むか、権限を使って魔法で倒してやりたい気持ちが膨れ上がったけど、今のボクにはどちらも許されなかった。
だから、彼らに引きずられるように校舎裏に連れていかれた。
――そして、いたぶられた。
「オラ、立てよコラぁ!」
「こんなもんじゃ済ませねえぞ、クソアマ!」
わざと威力を弱めた土魔法の殴打、雷魔法の電撃。
服も、髪もぼろぼろになって、体中傷だらけになって、動けなくなると水魔法の水流を顔にぶつけて目覚めさせる。
ボクが規則を守って魔法で反撃しないのをいいことに、彼らは誰にも見られないところで、正義も正しさも無視した快楽の暴力のためだけに魔法を振るう。
彼らを咎める風紀委員に泣きついても、きっと知らんぷりだ。
「風紀委員じゃなくなった陰キャのお前なんて、もう誰も怖がらねえよ!」
「貴族主義に逆らったらどうなるか、テメェがトライスフィアからいなくなるまでたっぷり教え込んでやるからな!」
どれだけ暴力を行使されても、ボクが折れちゃいけない。
連中を睨みつけるボクの目が揺らげば、エイダみたいに苦しめられる人がいるからだ。
「チッ、何だよその目は!」
「……いやいや、俺はこういう反抗的なやつの方がそそるぜ」
すると連中は、やり方を変えてきた。
汚れて傷だらけのボクを、キズモノにするつもりだ。
嫌だ。
どれだけ殴られても蹴られても、魔法を使われても、それだけは嫌だ。
さっきまでの決意はどこに行ったなんて笑われたとしても、ボクは嫌だ。
「い、いや、やめて……!」
「うっせえな! 平民如きが、貴族に抱いてもらえるんだから感謝しろよ!」
「次は俺だぞ、つーか脱がせろ!」
「なんなら全員で使ってやろうぜ!」
ローブをはぎ取られて、スカートに手がかかる。
幽霊魔法を使う人形はここにはない。腕力じゃ、ボクに覆いかぶさる男には敵わない。
ボクと彼ら以外にここにいるのは、惨状を眺めるように辺りをうろつく、見慣れない1羽の鳥だけ。
このままじゃ、大事なものを乱暴に奪われる。
犯される。
「やだ、誰か、誰か――」
誰にも届かない声を、それでも喉の奥から絞り出しても、何の意味もなかった――。
「――竜魔法! 『ういんぐだんく』っ!」
『ぎゃおるあぁっ!』
――はず、だった。
突如として現れた白い影が、ボクに被さる生徒達を振り払い、校舎の壁に叩きつけるまでは。
「「ぶげええええっ!?」」
もんどりうつ彼らの前で翼をはためかせているのは、白い竜。
そして校舎の奥から歩いてきたのは、ブロンドをなびかせる美人だ。
「女の子を寄ってたかっていじめるヒキョー者は、ヴァリアントナイツが許さないよ!」
『ぎゃうるる……!』
「なんだ、てめぇ……ぎゃああっ!?」
「うわあああああッ!?」
生徒の反論を、白い竜が妨げる。
足にかみつかれ、尻尾で叩きつけられ、たちまち彼らは地べたを這いずるだけになった。
いくら魔法を使えると言っても、相手は伝説級の生物だ。
ひいひいと声を上げるだけで、彼らは何もできない。
「最後のケーコクだよ! 逃げるなら見逃してあげる! でも戦うなら、空の果てまでぶっ飛ばしちゃうんだから!」
竜が唸りながら睨みつけると、貴族主義の生徒達は一目散に逃げだした。
どうにか顔を上げて、彼らがいなくなるさまを見届けることしかできないボクに気付いた彼女は、さっと駆け寄って来てくれた。
「ひどい怪我……もう大丈夫だよ、パフと私が、一緒に医務室まで連れて行くから!」
ボクは、彼女に見覚えがある。
「……貴女、は……オライオン、さん……?」
「うん、ソフィー・オライオンだよ! ネイト君から、キミを守ってほしいってお願いされたんだ!」
ああ、やっぱり。
ボクを助けてくれたのは、ネイトさんの友人、オライオンさんだった。
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