守るために
「お、お、お前、何を……!」
「先生に言いつけてやるぞ!」
海岸に打ち上げられた魚のようにバタバタと跳ねるジョンを抑えながら、さっきまでクラリスを見下してた連中が喚き散らす。
もちろん、こいつらの脅しなんて悪党に効くはずがない。
どこかの誰かが見ていたなら別だが、ここにいるのはクズ共と俺達だけだからな。
「そりゃ困るな。じゃあ、誰も見てない間に、お前らも寝かしつけるか」
「「ひっ……!」」
ずい、と顔を近づけて威圧すると、ふたりはたちまち縮み上がった。
「ジョン・ロックウッドは転んで気絶した。そうだな?」
確かめるように問いかけると、双方揃って、赤べこのように首を縦に振ってくれた。
貴族主義が強いのは、群がってる時と、頼れる権力者がいる時だけだな。
「クラリスを狙うなら、まずは俺をぶっ殺してみろって言っとけ。というかそいつ、医務室にさっさと連れて行かないと、このままお陀仏するかもしれないな」
ジョンが「あっあっあっ」としかつぶやかないお魚になっているのを見て、やっと彼らも大事な神輿の危機を察知したようだ。
彼らはジョンを引きずるようにして、こっちを一瞥すらしないまますたこらさっさと医務室がある方へと走っていった。
「……ネイトさん、どうして……」
腕を組んでバカがいなくなる様を見届ける俺の後ろで、クラリスが呆けた声で言った。
どうしてなんて、そんなの決まってるだろ。
「俺はさ、大事な人を幸せにするためにトライスフィアに来たんだ」
主人公がいない世界で、俺には目的がある。
誰ひとり失わせたくないから危ないことをさせたくないなんて、当然の話だ。
「クラリスの気持ちは分かる。でも、正義を貫きたいからって危険な目に遭ってほしくないし、悪の道に走ってほしくない」
しわ寄せでやってくる痛みとか苦しみとかからは、どんな手段を使っても俺が守る。
「代わりに俺が、悪役にでも何でもなるからさ。悪役貴族だから、慣れたもんだぜ」
振り返って俺が笑ってもまだ、クラリスは理解できていないようだった。
「……ボクに、優しくする理由が……分かりません……」
「決まってるだろ? クラリスも、大事な人のひとりだからだよ」
「~~っ!」
でも、俺がそう伝えた途端、なぜか彼女の顔がトマトのように赤くなった。
しかも湯気が出るほど体温が上がったらしく、俺から目を逸らしてぼそぼそと何かを自分に言い聞かせるようにつぶやき始める。
「こ、こ、この人は……たらしなんて、ふ、不純なのに……この前没収した、恋愛小説の……恋人役みたいに……キザで、ま、ま、まったくもう……!」
こっちからはあまり聞こえないんだが、キザとだけは聞こえた。
いやいや、意識したわけじゃないんだけどなあ。
なんて思ってるうちに、まだ頬の赤みが抜けないクラリスがジト目でこっちを睨んで、頬を膨らませた。
「……ひ、人の胸を鷲掴みした、人とは……同じとは思えない、発言ですね……」
今度は、俺がうろたえる番だ。
昨日の一件を話題に持ち込まれると、俺はたちまち反撃できなくなってしまう。
「あ、あれは不可抗力というか、事故みたいなもんだろ!」
「揉んだのは、否定……しないんですね……」
否定はできないよな、触ったのは事実だし。
おそらくここにいる間はネタにされそうな事実に頭を抱えたくなっているうち、ふと、目を潤ませたクラリスが、さっきとはなんだか違う声で言った。
「……責任は、とってもらいます」
本当にかすれた声で、これまた語尾の「ます」くらいしか聞こえなかったけど。
「ん? 何か言ったか?」
「……なんでも、ないです……」
一層じろりと俺を睨むクラリスが、手で胸元を隠すと、なんだかこっちも意識してしまう。柔らかさとサイズのせいで、手の中で形を変えるのも分かってしまうんだ。
――いかんいかん、見るな、見るな。
とにかく今は、爆乳の話題を逸らすのもだけど、大事な話を進めないといけない。
「クラリス、これからもしも何かあったら、俺に言ってくれ。あいつらが何をしてきても、俺はお前の味方だからな」
「……それは、どうかと思います……あの人達は、危険です……から……」
貴族主義に抵抗するのが何を意味するかを知っているからこそか、クラリスの頬の赤みが引いていき、恥ずかしさも消えた真面目な顔つきになった。
確かに、貴族主義の連中は相応にヤバい奴らだ。
外部からの介入がしづらい学校という閉鎖空間で増長して、権威と暴力を盾に暴れて、時として人を間接的に殺すことすらいとわないゲス野郎すら存在する。
「大丈夫だっての! 俺もだけど、多分俺の仲間も味方になってくれるぜ!」
でも、俺達はそういう連中に反抗する『ヴァリアントナイツ』だ。
にっと笑って親指を立てると、クラリスの不安げな顔にも、明るさが差し込んだ。
「……優しい人、なんですね……」
彼女がぎこちない笑顔で返すのを見て、俺も心の中でほっとした。
それだけでも、ジョンをノックアウトして、俺が恨みを買う価値はあったな。
(ひとまずジョンの矛先は、俺に向けられたか。けど、あいつらのことだから何をするか分からないし、連中を黙らせる一手は用意しとかないといけないな)
こっからどうなるかはともかく、とりあえずジョンの怒りは俺に向けられただろうな。
でも、あいつらのことだから、卑劣な手段で報復に出るかもしれない。
だったらどうするか、って?
(情報収集が必要だし――もう一度、テレサに頼らせてもらうか)
こっちはもっと卑劣な手段を使うのさ。
例えば、あいつらが世間に顔向けできないような秘密を握る、とかな!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
トライスフィア魔導学園の南校舎の4階には、あまり人が立ち寄らない場所がある。
それが校舎奥の、貴族主義ジョン派が根城にしている空き教室だ。かつてのアラーナ達のように、教室ひとつを丸々たまり場にしている貴族主義は珍しくない。
「――まったく、良くないなあ。あの乱暴者がまだ風紀委員会に所属してるなんて」
問題なのは、頭に包帯を巻いたジョンが座る椅子の前にへりくだる面々だ。
「も、も、申し訳ございません!」
貴族生まれの生徒達に囲まれてぺこぺこと平謝りしているのは、なんと風紀委員会会長のマライアと、彼女の右腕にして書記のパスカル。
しかもその隣で同じように頭を下げるのは、この学園の先生なのだ。
「自分は貴族主義に関わるなと何度も言っているのですが、まるで狂犬のようで……なまじ検挙率も高くて、それで……」
「関係ないよ。平民ごとき、代わりなんていくらでもいるんだからさ」
自分が圧力をかけている風紀委員会の言い訳を聞いて、ジョンは深いため息をついた。
「それとも、マライア、パスカル……あとはトナー先生も、皆もお小遣いがもういらないのかな? だったら、風紀委員会を丸ごと入れ替えてもいいんだけど?」
飼い主がそう言うと、彼女達は一様に慌て始めた。
「い、いえ! ロックウッド様に援助していただき、感謝しています!」
「私も、教職だけでは生活できませんので……!」
「あ、あたしもです!」
「だったら、やるべきことは分かってるよね?」
金欲しさに言いなりになる平民を鼻で笑い、ジョンは言った。
「ゴールディングは後回しだ。彼は平民の風紀委員を守りたがっているように見えたし、まずは彼女にしっかりと罰を与えて、トライスフィアから追放しようか」
彼が身分の低い者を最悪の理由で痛めつけて、追放したのは初めてではない。
自分よりも学業で目立った女に地獄を見せてから、何度も繰り返してきたのだ。
「あのエイダ・ブレイディのように……死にたくなるほど、苦しめてからね」
最初に殺めた平民の顔を思い出して、ジョンは笑った。
その妹に同じ末路を辿らせてやれると思うと、興奮すら覚えた。
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