3回の警告
「……ごめん」
ただ謝ることしかできない俺の隣で、クラリスがうつむいた。
「気にしないで、ください……理由も話さずに、助けを……求めるなんて、フェアじゃ……ないです、から……そ、それに……悪いことばかりじゃ、ないです……」
もう一度顔をゆっくりと上げた彼女の目にあるのは、悲嘆だけじゃなかった。
どこか異様さすら感じる、決意にも似た感情だ。
「遺書を読んだ……あ、あの日から……ボクの魔法の性質が、変わりました……」
「鋼を操る魔法から、霊体化する魔法になったのか?」
「は、はい……物体を操ったり、負のエネルギーを魔力にしたり……これまで使っていた鉄鋼魔法より、ずっと……ずっと強くなりました……」
魔法の変質自体は、実はそんなに珍しい話じゃない。
昔、ドミニクに感情の昂ぶりや怒り、憎しみで魔法の質が上がるって教えてもらったな。
でも、精神的な負担やリスクも大きくなるって言ってた。それこそメンタルケアもなしに長く変質した魔法を使い続けていると、身を滅ぼすって。
もしもクラリスの容貌や性格が変わるほどの負荷がかかってるなら、明らかに危険だ。
「なあクラリス、やっぱり……」
貴族主義と真っ向からぶつかるなんてやめた方がいい、と警告する前に、俺は気づいた。
クラリスは、笑っていた。
「……フヒ……きっと、姉さんが……自分の代わりに、ボクに復讐を――」
獲物を前にした悪魔のように、信じられないほど目を見開いた。
「――やっと見つけたよ、厄介者の風紀委員さん?」
「ふひゃひぃっ!?」
だけど、彼女の狂気に満ちた表情は、たちまちいつもの根暗なものに戻った。
しかもいきなり声をかけられたからか、木に背中をぶつけるほど勢いよく飛び退いて、悶絶するおまけつきだ。
俺はひとまずクラリスの背中をさすりながら、声をかけてきた男を見た。
「あんた、ジョン? ジョン・オーメンダール・ロックウッドか?」
といっても、相手をまったく知らないわけじゃない。
べたべたと染め上げたようなセミロングの金髪に、にっこりと笑うとみえる白い歯、青い目が輝く爽やかなハンサムフェイス。
同じ貴族の同級生、下級生や先生から絶大な支持を受けるカリスマボーイ。
そして『フュージョンライズ・サーガ』の中でもトップクラスに――邪悪な男だ。
「そういう君は、ネイト・ヴィクター・ゴールディング。うわさは聞いているよ、寧夏の生まれなのに貴族主義にも与さないどころか、騒動ばかり巻き起こす異端児だってね」
「俺もあんたについては知ってるよ。無属性魔法科3年生で、両親は魔物征伐で名高いあのロックウッド公爵。貴族主義の最大派閥の一角、ロックウッド派のリーダーだ」
そんな男が、ふたりの下級生を連れてきたのなら、ろくな話はしないだろうな。
というか貴族連中は、ひとりじゃ怖くて歩けもしないのか?
「年間を通して試験では常に上位、変身魔法の質の高さが魔法庁職員からも認められてる、文字通りのエリート様だよな。高慢ちきなところ以外は、間違いなく模範生徒だよ」
「君のような小悪党にも名を知られるなんて、光栄だね」
肩をすくめて、ジョンは笑った。
ま、知ってるのは別の理由だ。
ゲームの中で何度あんたの下っ端と戦わされて、権力を手に入れようとするのを妨害したか、数え出したらキリがない。
しかもジョンとの戦いは、酷いものだと敗北すれば「貴族主義に学園を追い出されて、ヒロイン全員がジョンに隷属する」とかいう、最悪のバッドエンド直結につながる。
クズ野郎に負けてムカつくスチルを何度も見せられれば、忘れるわけがないだろ。
おまけにこいつは、これまで出会ってきた連中と違って、ゲームの中でボスキャラまで務めてやがる。
ヒロインを守るために、避けては通れない相手だ。
ある意味ゲームのシナリオ通りに物事が進んでる証拠だとしても、ちっとも嬉しくないぜ。
「メイジャーやビバリーを倒した君は、いつか学園から追い出してあげるよ。それよりも今日は、そこの風紀委員さんに用があるんだ」
俺の存在をさらりと流したジョンは、生意気そうな男子生徒ふたりの肩を叩いて言った。
「このふたりを覚えてるよね? 彼らは何の罪もないのに、いきなり君に『決闘執行』を申し込まれて、私物の宝石まで没収されたんだ。無差別に暴力を振るうなんて、俺としては、とても胸の痛む話だよ」
「……彼らが何をしたか……本当に聞きましたか……?」
クラリスの目に宿ったのは、先ほどまでのほの暗い喜びとは真逆の、正義の怒りの炎だ。
「1年生を囲んで……魔法の、的にしていたんですよ……彼女達は怪我も、しました……」
「そうなのかい? 君達、記憶にあるかい?」
ジョンに聞かれて、ふたりはしらばっくれた様子で首を横に振る。
「ないと言ってるよ? 的にされたって子と君が、結託して嘘をついてるんじゃないかな?」
江戸時代なら即座に首を刎ねられてもおかしくない暴言を、こいつは平然と口にする。
こいつは人を苛立たせたくてこういうキャラを演じてるとか、クラリスを破滅させたくて乱暴なセリフを吐いてるとかじゃない。
ジョンという男は、生まれつきこうだ。
貴族に生まれ、才能を持った自分は何をしても許されると本気で思ってる。
そして実際、甘いフェイスと魔法の才能と貴族至上主義の家柄でこれまで許されて来たんだから、筋金入りのモンスターが爆誕したってわけだな。
「平民の生まれだし、家畜同然の育ち方をしたなら、暴力的で嘘つきになっても仕方ないね。でも、俺は寛大だから、今回は風紀委員の資格返上だけで許してあげるよ!」
「……よくも、いけしゃあしゃあと……!」
クラリスが右手に灰色の魔力を迸らせるのを見て、俺は彼女の手を抑えた。
「はい、ストップだ」
「ネイトさん……」
のそりと立ち上がった俺は、へらへらとしているジョンを睨む。
「おや、ゴールディング? 魔法が強いから、自分も女の子を守れると勘違いしたのかな?」
「とりあえず、ジョン。あんたに警告だ」
何を言っても理解しないと分かっていても、こっちは文明人だ。
最低限の譲歩くらいはしないとな。
「俺は今、初対面のあんたに超イラついてるけど、揉め事は起こしたくない。これから3回だけ猶予をやるから、詫びも何もしなくていい、今日のところは退いてくれ」
情けをかけてやってるつもりなんだが、ジョンがそれを察するわけがない。
近くにいた生徒達は、きっと俺がひどい目に遭うと思って、そそくさと立ち去ってゆく。
後輩達も「先輩に盾突くなんて命知らずだ」「二度と学園にいられなくなるぞ」なんて言い合って、ひそひそと笑ってる。
「うーん、貴族もどきが豚の言葉で喋っているせいかな。何を言ってるか、さっぱりだね」
だからジョンが、俺を挑発するのは当然だった。
「1回目」
「もしかして、決闘や重大な事案以外で、敷地内で魔法を使っちゃいけないって知らないのかい? ドミニク卿もこんな能無しが弟なんて、本当にかわいそうだねえ!」
「2回目、リーチだ」
言っておくが、俺は魔法を使うつもりなんて毛頭ない。
だからといって、警告を無視したこのクズ野郎を放っておくはずもない。
ブチギレた先生に職員室へ引きずられようが、風紀委員会が俺にどんな罰則を下そうが、この男が3回目の侮辱をしたなら、何をするかを決めていた。
もっとも、こいつが2回目で満足してさっさと帰るなら話は別だが――。
「そういえば、2年前にも貴族に逆らって無様に学校を去った生徒がいたね! そうそう、名前は確か、エイ――」
よし、殺るか。
俺は勝ち誇った顔でジョンが話を終えるより先に、こいつの頭をがっしりと掴んだ。
そしてジョンの目が戸惑い、何をするのかと問うよりも先に――。
「――3回目、だっ!」
渾身の頭突きを、お見舞いした。
「おごぶっ!?」
ジョンの余裕に満ちた表情が激痛と苦悶に染まり、彼は白目をむいて卒倒した。
泡を吹いて痙攣するこいつの無様が見れるなら、俺の額のひりつく痛みは対価としては安すぎるな。
どうせ聞こえてないだろうけど、立派な貴族サマに、心を込めて言ってやるよ。
ざまあみろ、バーカ。
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