エイダはどこにいるのか
そのうち、クラリスはもくもくと焼きそばパンを食べ終えた。
「……あの、ありがとうございます。パン……ええと、おいしかった……です」
「そりゃよかった。クラリスこそ、石を素直に渡してくれてありがとな」
紫の石の被害がないと分かったうえに、クラリスの方が和解するために折れてくれたんだから、礼をいうのは俺の方だよ。
あんなことがあったから、正直もう少し話がこじれるんじゃないかと身構えてたしな。
「……やっぱり……ボクの目に、狂いは……ないのかも、しれません」
ちらちらとこっちを見る彼女の目から意図を読み取るのは、そう難しくない。
「俺に声をかけてくれた理由、ってやつか?」
クラリスは頷いた。
「……あ、貴方を、ダンカン・メイジャーや……アラーナ・ビバリーとの騒動の、時から……見ていました……貴方は貴族で乱暴者、ですが、貴族に……臆せず、立ち向かっています……」
そりゃ、こっちが屈したらバッドエンド一直線だからな。
最悪のオチを知っているからこそ、半ばヤケクソ気味に頑張れる俺を見て何かを感じ取ったのか、クラリスはやっと俺と目を合わせてくれた。
「……ぼ、ボクと……一緒に、貴族主義を……打ち倒して、くれませんか……?」
そして、掠れた声で、こう言ったんだ。
学園に危険な思想を横行させる集団を、共にやっつけてほしいと。
「貴族主義を?」
「貴方も……知っているでしょう? トライスフィアは、いまや貴族が支配して……平民出身の生徒は、肩身の狭い学生生活を……余儀なく、されています……」
クラリスは確か、平民の出身だから、そっち側の感覚をよく分かってるんだろうな。
俺は悪役で嫌われ者だけど、ゴールディング家の生まれで、ちゃんとした爵位も与えられてるから、そういった類の乱暴やいじめを受けてない。
だから、もしも後ろ盾もなくてひとりぼっちの子がいれば、どんな仕打ちを受けるのか――正直想像もしたくないし、そんなのが日常茶飯事なら、どうにかしたい気持ちもある。
「先生のほとんども、貴族のいいなり……唯一の希望だった『聖徒会』は、会長不在のせいで、貴族主義は学園の権力者になろうと、しているんです」
なんて考えていた俺の脳みそに、今度は別方向の問題が差し込んできた。
「ちょっと待てよ、聖徒会会長が不在だって?」
「ええ……貴方も、学園で一度も見ていないでしょう……?」
彼女はさらりと言ってのけたけど、俺にとってはなかなかの問題だ。
なんせ聖徒会会長のジークリンデ・ハーケンベルクはメインヒロインのひとりで、本来なら最初に主人公と出会っている、かなり重要な人物なんだから。
「理由は分かりませんが……入学式が始まっても、学校に一度も……顔を出していません。秘密の情報ですけど……み、皆さん、気づいていると……思いますよ……」
確かに見かけないと思っていたけど、まさか最初から学園にいないなんて。
これも、もしかするとストーリーが大きく変わりつつある影響なのか。
本当なら聖徒会会長についてもっと問い詰めたいんだが、クラリスの話の腰を折るのも良くないと思い、ひとまず俺は話題を自分の手で軌道修正することにした。
テレサに調べてもらえば、きっと真相も分かるだろうしな。
「貴族が暴れてるなら、そんな時こそ風紀委員会の出番だろうが」
「……会長も含めて、貴族主義に干渉するな、の一点張りです……先生ですら支配されているのに……いち生徒の組織では、限界が……あります……」
なるほど、だから風紀委員会の会長やメンバーとの折り合いが悪そうだったのか。
「いいのか? 俺はクラリスが嫌ってる貴族だぞ?」
「……貴方は、彼らとは違います……確信、できます……」
「まあ、そりゃあ同じかって言われりゃあ、そんなわけねえけどさ」
「ネイトさん……貴方なら、学園の闇を打ち倒せると、ボクは信じて……」
真摯な瞳で見つめてくるクラリスに宿る意志は、間違いなく本物だ。
死んだ魚の目だったのをここまで変えるほどの真面目ぶりを目の当たりにして、俺はどうしたものかと考える。
(確かに貴族主義は、『フュージョンライズ・サーガ』の中で何度も敵対する組織だ。紫の石に関するトラブルもかなり多いし、はっきり言ってぶっ潰しておくべきだな)
貴族主義に好き勝手させないって点については、イエス。
(ただ、クラリスが過剰に干渉するのはよくない。何かの折にひどい目に遭って、石とは関係なところでバッドエンドを迎えるなんて、最悪なんてもんじゃないぞ)
姉のエイダも見ていない状況で、クラリスに無茶をさせるのはノー。
よし、結論は出た。
「クラリス、お前の提案に乗るのはオッケーだ」
「……ネイトさん……!」
彼女の陰鬱な顔が、ちょっぴり華やいだ。
「ただし、条件付きだ――そういうアウトローな行動は、俺に任せろ。お前は大船に乗ったつもりで、風紀委員会としてやれることをやっててくれ」
でも、すぐに謝罪を強要された時のように、口を真一文字に結んで眉間にしわを寄せた。
クラリスとしては自分の手でどうにかしたいんだろうが、はっきり言ってあんな無茶を続けていれば、スチルすらないバッドエンド直行は不可避だ。
仮にヒロインじゃなくたって、俺がエイダだと思えば、止めるに決まってる。
「……承知できません……ネイトさんだけを、危険な目には……」
「危険だから言ってるんだよ。昨日も風紀委員会の会長さんが怒鳴ってたけど、かなり無茶な暴れ方をしてるんだろ? 貴族主義に目を付けられるのは、時間の問題だぞ」
「覚悟の上です……貴族の横暴を止めるなら、ぼ、ボクは……どうなっても……」
いやいや、おかしいだろ。
元のクラリスもかなり正義感は強い方だったけど、こっちは異常なほどだ。
ここまで放置してるなんて、エイダさんは何をやってるんだ。
「それがマズいって言ってるんだよ。エイダさんはどうして止めないんだ?」
俺が何気なく聞くと、クラリスの威迫が急に消えた。
憑き物が落ちたかのように肩をすとんと落としたクラリスを見て、俺はテレサがまだ情報を集め終えてなくても、マズいことを聞いてしまったと直感できた。
「……エイダ、姉さん……ですか」
「そうだよ、3年生のエイダさんだ。トライスフィアの無属性魔法科にいるはずだぜ」
だとしても、事情を聞く必要はある。
喧嘩しているとか、世界が変わった影響で入学していないとかって可能性もあるしな。
「……姉さんは、もういません」
いない?
入学してないとかじゃなくて、いない?
「えっ? いや、でも、2年前に入学してるんだろ?」
「いません……姉さんは、ボクが、貴族主義の横暴を止める理由に……なったんです」
苦しみを吐き出すように、クラリスが語り出す。
「……エイダ姉さんは、トライスフィアに入学して……1年生なのに、優秀な成績を収めました……注目も浴びて、聖徒会に勧誘も、されました……自慢の姉でした……」
そこまでは俺も知ってる。
エイダの優秀さは、サイドストーリーでクラリスとの不和の原因になるくらいだ。
「ですが……姉さんの活躍を、快く思わない連中もいます……」
クラリスの語気が強まった。
「当時、貴族主義が勢いを……強めてきていて……自分達が権力を握りたい、連中にとっては……平民が目立つなんて、許せなかったんです……」
俺は自分で聞いておきながら、もうやめた方がいいと言いたかった。
でも、何を言ったところで、きっとクラリスは話すのをやめない。
「姉さんは執拗ないじめを受けて……しばらくして、じ、実家に……帰ってきました」
彼女が握りしめた拳の力が強まり、骨が浮き出る。
どんないじめを受けたのか、どんな暴力を受けたのか、想像に難くない。
「や、痩せ細って、目はうつろで、傷だらけで……ボクや母さんが事情を聞いても、答えてくれなくて……自分の部屋に、こ、こもったその日の晩に……」
そして震える声で、頬を伝う涙も拭わずに、クラリスはすべてを伝えてくれた。
「……首を、吊りました……ぐしゃぐしゃの、遺書を握ったまま……っ!」
エイダ・ブレイディは、もう二度と物語の中に現れないんだ。
俺は真実を追求しようと願う気持ちを、初めて後悔した。
クラリスの心の傷を抉ってまで話を聞き出すなんて。
誰にも触れちゃいけない傷があるって――すっかり忘れてたんだ。
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