ひゅ~どろ幽霊魔法《ゴースト・マギ》
それからしばらくして、噴水広場にはわらわらと野次馬が集まりだした。
どうしてかって、賑わいの中心で向かい合う俺とクラリスが、決闘を始めるからだ。
さっきから広場にいた生徒だけじゃなくて、どこからうわさを聞き付けたのか、3つの学科から上級生、下級生問わず、少なく見積もっても30人ほどはいる。
誰も決闘を止めようとしないのは、好奇心が半分、風紀委員会がふっかけた決闘を止められるほどの権限がないのが半分、ってとこか。
「で、『決闘執行』って何なんだ?」
「……知らないのですか……?」
クラリスは呆れてるけど、ゲームの中じゃあ負ければゲームオーバーのイベントだったし、勝った後も言及がなかったからな。
「『決闘執行』は……勝敗で優劣を決めるのではなく……約束を取り決める、決闘です……」
なるほど、自白とかを含めた約束事を守らせるために、あえて決闘という形で、衆人環視のもと戦うのが風紀委員のやり方か。
この世界における決闘ってのがどれだけ重要な意味を持つのかが、よく分かるよ。
少なくとも、ダンカンがあの時、感情ひとつで持ち掛けちゃいけないくらいにはな。
「ボクが勝てば、ネイトさんに……これまで起こした騒動への関わりを、正直に話してもらいます……もしもボクが負ければ……どうするか、自由にお決めください……」
うーむ、嘘をつける雰囲気じゃないし、負ければ確かに俺の目的は終わりだ。
だったらこっちも、ストレートに要求を伝えた方がいいな。
「律儀なやつだな。だったら、さっき胸ポケットの中にしまったものを、明日話してくれる相談事のついでにでも見せてくれ。今日はどっちみち、話せなさそうだしよ」
紫の石についてオブラートに包んで聞くと、クラリスは顔を真っ赤にして、鞄を抱えて身を縮こまらせた。
「胸を見せる!? どこまでボクの胸に、興味を持つんですか……変態……っ!」
「だーかーら、興味はねえって! あれは事故だよ、事故!」
言っちゃ悪いが、何かを想像して口を尖らせるクラリスの方が、俺よりずっとむっつりだろ。
第一、何度も言うが、あれは偶発的なトラブルだ。
「ったく……ふたりからも何か言ってやってくれ! 俺はわざと女の子の体に触るような、変態ヤローじゃないって!」
野次馬の中に紛れているソフィーとテレサにフォローしてもらおうと思って俺が声をかけても、なぜかふたりはこっちをちらちら見て、何かをひそひそ話していた。
「……あの、ソフィーさん、テレサさん?」
ただのこそこそ話ならいいんだ。
よくないのは、ソフィーが自分のを手でゆさゆさしながら、こっちを見ていることだ。
「テレサちゃん、男の子ってやっぱり大きい方が好きなのかな?」
「ソフィー様は心配ございません、むしろ好みの大きさかと」
「そうなの!? じゃあ、もしかしたら私もクラリスちゃんみたいに、急にガマンできなくなって、もみもみってされちゃうかも!?」
「ネイト様も健全な男子です、時として野獣になるかもしれません。テレサは主人を満足させられるよう、今日からマッサージに励むとしましょう」
「せめてちょっとは心配してくれねえかなぁーっ!?」
あらぬ疑いをかけられた俺は、盛大にずっこけた。
ソフィーが驚いた顔でばるん、と揺らすのも、テレサが真剣な目で胸部マッサージを検討するのも、あまりにこのシチュエーションに合わなさすぎるんだよ。
というか、揉むだの野獣だのなんて話は本当にやめてください。
女の子をはべらせるエロ貴族って周りから聞こえてくるのは、悪役となじられるよりもずっとメンタルダメージがデカいんだ。
「だいじょーぶ、ネイト君は負けないよ!」
そんな俺の気持ちなんて知らずに、ソフィーはにっこりと微笑んだ。
いやいや、無自覚小悪魔ゴールデンレトリバーが何を言っても、俺のメンタルは回復――。
「だって、私を助けてくれた、すっごく強くてカッコいい男の子だもんっ♪」
「テレサも、誇らしい主の勝利を疑ったことなど、一度もございません」
――回復した。
――エリクサーなんて比べ物にならない速度で、俺のやる気がわいてきた。
ヒロインに応援されてパワーアップなんて、アニメや漫画の出来事だと思ってたけど、頭からつま先までエネルギーが満ちていくんだな。
「……ったく、俺も乗せられやすいもんだ」
「随分と余裕ですね……猶予が必要ないならば、早急に……」
乗せられたと思っておかないと、顔がにやけてしまう俺。
のろけに近いさまを見せられてあからさまに苛立つクラリスが向かい合って――。
「『決闘執行』を、始めます……っ!」
「ダチとメイドの前で、恥ずかしいところは見せられねえっての!」
とてつもない喚声と共に、決闘の幕が上がった。
そうは言っても、こっちはなるべくクラリスを傷つけたくない気持ちがあるから、まずは彼女の魔法を見るのが先決だ。
ゲームの通りなら、彼女が使う魔法は鉄球を操る《メタル・マギ》。
だけど、クラリスが鞄を開いて敷石の上に落としたのは、鉄球なんかじゃない。
「先手を取ります――幽霊魔法……『ムクロボーン』」
ガラガラと音を立てて出てきたのは、骸骨を模した2つの人形。
俺と同じくらいの大きさの人形が出てきて、一部の女生徒の間から悲鳴が上がった。
「プラス、幽霊魔法……『トリツキコントロヲル』……!」
しかも、俺が驚く間もなく、今度はクラリスの体が淡い灰色の魔力に包まれた。
そして彼女の向こう側の景色がうすぼんやりと見えたかと思うと、ひゅるりと骸骨人形の中に吸い込まれていって、それのくぼんだ目に生気の炎が灯る。
何が起きるのかは予想した通りだ――骸骨が、カタカタと立ち上がった。
「特殊魔法に……限りなく近い幽霊魔法……恐怖を、貴方に与えます……!」
どこからか聞こえてくるクラリスの声に応じるように、骸骨が一斉に襲いかかってきた。
予想はしてたけど、ゲームの中のクラリスと今のクラリスが使う魔法は全然違う。
少なくとも、体を幽体化させて骸骨の中に入る魔法なんか持ち合わせてなかったし、俺が魔法を発動する間も与えないくらい、連中の攻撃は素早い。
「ちっ、こんにゃろ!」
テレサ譲りの拳術で打撃を受けようとした俺を挟み込むように、骸骨が回り込む。
しかもただ俺を挟んだだけじゃない、半透明のクラリスが骸骨から飛び出したんだ。
「怨破……受けてください……っ!」
彼女が手のひらを俺に向かって突きつけると、衝撃波が直撃した。
「うおおおっ!?」
一層大きくなる喚声の中、地面に転がった俺は、どうにか敵の攻撃を理解できた。
クラリスはただ骸骨の中に隠れるだけじゃない、手のひらに書かれた『呪』の文字から魔力の波動を放った。
というか漢字もアリとか、いよいよファンタジーの世界観ガン無視じゃねえか。
「この……融合魔法レベル5『炸裂刃』!」
ひとまず、骸骨人形を壊さないとどうにもならない。
俺が放った融合魔法は、雷と水を混ぜ込んで、着弾地点で電撃を放つ水のナイフだ。
勢い良く投げられたナイフが骸骨人形に突き刺さると、破裂と同時に放たれた電流が、隣にいた片割れも巻き込んで粉微塵に破壊した。
中にいるクラリスが若干心配だったけど、わざわざ前に出てくるくらいなんだから、破壊された程度じゃ中身までダメージは届かないだろうな。
「よし、これで骸骨はバラバラに……なっ!?」
だとしても、俺の目の前で広がる光景は予想外だった。
俺が想像しているよりもずっと早く、骸骨人形はもとの姿を取り戻したんだ。
「無駄です……本体のボクがどれかの中にいる限り、彼らは再生し続ける……」
しかも鳴り響くクラリスの、余裕しゃくしゃくの声を聞く限り、あの人形を壊したところで彼女自身にダメージなんてちっとも入ってないみたいだ。
並の兵士よりもずっと早く動く骸骨。
どちらか予測不能の状況から、防御不能の波動を放つ幽体。
しかもまだ、隠し玉を握っている可能性もある。
「自分で言うのもなんですけど……ボク、強いですよ……クヒヒ……!」
冷や汗をかきながら、俺は確信した。
こいつはまずい――クラリスはゲームの彼女より、ずっと強いんだ!
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