陰キャラ、クラリス・ブレイディ
「な、なんですか……じろじろ見ないでください……」
怪訝な目でじろりと見つめるクラリスの外見も口調も、すべてが違っていた。
不健康な白い肌、パーマのかかった黒と紫のロングヘア、太眉にハイライトのない紫色の瞳、何日も眠っていないかのような目元のくま。
おまけに制服の上から羽織った真っ黒なローブと背丈ほど巨大な手提げ鞄のせいで、見た目はファンタジー映画に出てくる悪い魔法使いに見えなくもない。
声はどこかダウナーな調子で、聞いているこっちまでネガティブな気分になりそうだ。
ついでに、本当についでに、胸部は全ヒロイン中最大サイズである。ついでに。
「ネイト君、知り合い?」
ソフィーに聞かれても、俺は首を横に振るしかない。
知っていると迂闊に言えば、一層怪しまれるだけだ。
「いや、今日初めて会ったよ。テレサ、彼女について……」
「もちろん、入学初日に調べております」
テレサは俺の代わりに、学園の生徒の情報を集めてくれている。
ゲームの中では主人公にサポート役がいるけど、俺にとってはテレサがその役割ってわけだな。もちろん、テレサはそいつの100倍有能だぜ。
「クラリス・ブレイディ。トライスフィア魔導学園無属性魔法科1年生、風紀委員会所属。委員会内でも上位に食い込むほどの活躍を見せておりますが、一方で乱暴な手段と外見のせいで恐れられてもいます」
「よ、余計な……お世話です……」
淡々としたテレサの説明を聞いて、クラリスは露骨に嫌そうな顔をした。
そして俺は、今度こそ彼女がクラリス・ブレイディだと確信できた。
だって、風紀委員会に属しているのも、検挙率が高いのも、そのための手段がかなり乱暴なところも、全部ゲームの中のでこっぱちクラリスと同じ特徴なんだ。
「そ、そ、それよりも……ゴールディングさんに、用事が、あの……」
こんな風にどもって、もごもごと会話するところはまるで別人だけどな。
「ネイトでいいよ。俺に用事があるんだろ?」
さて、俺はというと実は、クラリスが声をかけてくる展開自体は察していた。
というのも、最近俺はこう思うようになってたんだ――主人公が体験するはずだったイベントの一部が、悪役に移ってるんじゃないかって。
ソフィーとの出会いやケイオスとの戦い、どれも本来なら主人公がどうにかするイベントだけど、死人にはどうしようもない。
そこに俺が介入してるんだから、他のイベントも追従し始めるんじゃないか、ってな。
「は、はい……ネイト、さん……あなたにだけ……話したいことが、あるんです」
ほらきた。
クラリスと主人公の会話は、ふたりの最初のイベントだ――ただし、結果は最悪だ。
なんせおしゃべりな主人公が彼女の地雷を踏みぬいて、その場で風紀委員の特別権限を使った戦闘イベントが始まるからだ。
あいつのおしゃべり具合、ぶっちゃけユーザー側からも反感を買ってたからなあ。
「ネイト様にだけ、ですか。申し訳ございませんが、理由をお聞かせ願えますでしょうか」
「うんうん! 悩み事とかだったら、私も解決のお手伝いするよ! だって私達、『ヴァリアントナイツ』だもん♪」
『ぎゃぎゃう!』
聞き慣れないワードを耳にして、クラリスが目を細めて首をかしげる。
「ばり……何、ですか?」
「あー、気にしないでいいぜ」
その名前は秘密結社みたいなもんだから、できるだけ漏らさないでくれ。
ちなみに現在、『ヴァリアントナイツ』は紫の石について調べるだけじゃなくて、困ってる人を助けるのも活動範囲になってる(ソフィーの提案)。
つまり、ここでもしクラリスが悩んでいるのなら、助けてあげるのはおかしなことじゃない。
おっと、閑話休題。
俺の役目はここでクラリスの悩みを聞くことでもないだろ。
「クラリス、話をしたいのはやまやまだけど、俺は今からふたりのお弁当を完食しないといけないんだよ。だから、今日……いや、明日の放課後に聞かせてくれないか?」
この場を喧嘩せずに切り抜けるために、俺はあえて話の日程をずらした。
本当なら今日の放課後でもいいんだけど、あえて1日だけ引き延ばしたのは、激辛+ドデカ料理を完食した後のコンディションが保証できないからだ。
「そんなに私達の料理を気に入ってくれたんだ、嬉しいなーっ♪」
「このテレサ、感謝感激雨霰でございます」
ふたりは完全に何か誤解しているらしいが、そういう意味じゃないぞ。
「……今じゃ、ダメ……ですか……」
「ランチタイムは静かで豊かで、って言うだろ?」
「聞いたこと……ありません……」
うーむ、ファンタジー世界では孤独にグルメを食べる理論は通じないか。
クラリスが俺をじっと見つめて、俺が見つめ返す。
周りの生徒が「いつ決闘を始めるんだろうか」とざわつき始めた時、彼女が太い眉をハの字にして、大きくため息をついた。
「……分かりました……明日の放課後……必ず、来てください……」
「ああ、約束だ」
少しだけ残念そうな顔をしたまま、クラリスはくるりと背を向けて、猫背で歩き出す。
よし、これで決闘イベントは回避できた。
他の生徒はがっかりしてるけど、俺にとっては最良の結果だぜ。
「……早めに、聞いておきたかったんですが……トラブルメーカーなら……」
何かを口惜しそうにつぶやいてても、止める理由はまったくない。
どうせ、明日には全部の事情を聞けるはずなんだから――。
「……この石を、持っていると思ったのに……」
――前言撤回。胸ポケットから紫の石を取り出したのが見えたなら、話は別だ!
「クラリス、ちょっと待て!」
ほとんど間髪入れず、思考が脊髄から神経を駆け巡るよりも早く、俺は反射的にベンチを立った。
彼女がどうして紫の石を持っているのか、その影響を受けているのかを聞きたいという気持ちが優先しすぎて、俺はまるで気づかなかった。
「あ、ネイト君!」
「ネイト様、足元にお気を付けくださいませ」
ソフィーやテレサの声が聞こえるまで、本当にちっとも気づかなかったんだ。
敷石の一部が、つま先に引っかかるくらい盛り上がっているなんて。
やっと察した時には何もかもが遅く、自分の体がぐらりと前につんのめった。
「うわっ!?」
転んでしまうと頭が理解した瞬間、俺はとっさに一番近くのものにしがみついた。
そのおかげで、姿勢を崩さずに済んだ俺は、ふう、と安心がこもった息を吐いた。
「……あ」
だけどその時、俺は何にしがみついたのかを理解した。
確かに俺は、転ぶのを回避できた。
代わりに――後ろからクラリスのたわわを鷲掴みしてたんだけど。
「…………」
「…………ごめん」
少しの静寂ののち、クラリスは自分の胸部に指が沈み込んでるのに気づいたみたいだ。
「~~~~~~~~~~っ!?」
先ほどと同一人物とは思えないほど甲高い声を上げながら、彼女は勢いよく俺を振り払って、凄まじい速度で距離を取った。
胸元を手で隠し、なぜか内股になるクラリスの顔は、茹で蛸のように真っ赤だ。
「な、な、ななな、何を、どこを、触ってるんですか……っ!」
わなわなと震えて、半ば涙目のクラリスを前にして、滝のような汗が全身を流れる。
いくら悪役と言っても、信じられないほど柔らかくても、女の子の胸を揉んで平然としていられるほど俺は極悪人になったつもりはないぞ。
暗い印象からは想像もつかないほど、彼女の背中も指の感触も柔らかくて、おまけにいい匂いだったってのは口が裂けても言えないけど。
「わざとじゃないんだよ! 転びそうになって、ついうっかりってだけだ!」
「誰が……信じると思うんですか……まだ誰にも、触られたこともないのに……!」
まったくもって彼女の言う通り、結果だけを見れば俺はド変態だ。
幽鬼のようにハイライトのない目をかっと見開き、クラリスは俺を指さして怒鳴った。
「これまでの悪行を、は、白状させるいい機会です……風紀委員会所属生徒として……『決闘執行』を申し込みます……っ!」
公衆の面前で女の子の胸を揉んだ俺に、もはや逃げる選択肢は残されてなかった。
結局、ストーリーからは逃れられないのかよ。
反省しつつもげんなりする俺の気持ちなど構わず、決闘の申し込みに周囲が沸いた。
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