地獄ランチタイム♪
ドミニクとの通話の翌日から、俺は一層気を引き締めた。
紫の石の拡散と、ゲームの中では知りえなかったケイオスの存在。
このふたつは、放っておけば間違いなくトライスフィアだけじゃなく、ゴールディング領までもむしばみ、いずれヒロインやドミニクをストーリー通りに殺してしまう。
そうはさせない、そのために俺は半年間で強くなったんだ。
こぶしを握り締め、太陽に掲げた俺の目には、紛れもない希望の炎が灯っていた。
――ただ、今の俺はぶっちゃけ、それどころじゃない。
「じゃじゃーんっ! 私特製、スパイシーホットランチだよーっ♪」
「テレサ特製、マシマシアブラ弁当でございます。ネイト様、お食事の際に手をテーブルから大きく離すのはマナー違反です」
「あ、ごめんごめん……」
なんせふたりの美少女に挟まれて、手作りのお弁当を食べさせてもらってるんだから。
ひとりはブロンドときらめく瞳がキュートなメインヒロイン、ソフィー。
もうひとりは黒髪と寡黙な表情が映える俺のメイド、テレサ。
昼間から図書館で資料でも漁ろうかと思っていた俺は、いきなりソフィーに腕を掴まれて、生徒達の憩いの場である噴水広場まで連れてこられた。
何が起きているのかちっとも理解できない俺の質問に笑顔で返してばかりのソフィーと、俺の後ろについてきたテレサ、そしてパフは、噴水の前のベンチに座った。
「今朝から友達に手伝ってもらって、寮のキッチンで作ったんだーっ!」
「ゴールディング家の味を再現しました。きっと、ネイト様のお気に召すでしょう」
そして戸惑う俺の前に、ふたりがお手製のお弁当を出してきて、今に至るわけだ。
美女ふたりに挟まれてる俺の姿は相変わらず目立つし、一部男子生徒からの憎悪とか殺意とかに近い視線も突き刺さりまくってる。
そもそも、ゲームの中にもないシチュエーションになっているのか、そこが問題だ。
「というか、なんで急にお弁当?」
俺の問いかけに、ふたりは顔を見合わせてから答えた。
「んー、ネイト君に食べてほしいからじゃ、ダメかな?」
「お慕いする主に手製の料理を食べてほしいと思うのが、メイドでございます」
要するに、特に理由はなく作ってきたみたいだ。
まともな男子なら鼻息が荒くなるくらい嬉しいシチュエーションだろうし、俺も間違いなくそのうちのひとりなんだけど、実を言うと手放しには喜べない。
なぜなら、俺はソフィーの料理をゲームで、テレサの料理をゴールディング家の屋敷で知っているからだ。もちろん、良くない意味で。
「じゃあ、まずは私から! ドードー鳥のピリ辛ソテーだよっ♪」
まず理由のひとつ目は、ソフィーのお弁当が真っ赤ということ。
実は彼女は、とんでもない味覚オンチ――いわゆるメシマズなんだよ。
しかもただマズいんじゃなくて、とんでもなく辛い。
ソフィーにとっては何でもない程度の辛さなんだけど、ゲームの中だと敵にダメージを与えるアイテムに分類されるほどだ。
「はい、ネイト君、めしあがれー♪」
メインヒロインの美女のお手製料理を食べさせてもらえるなんて、俺は幸せ者だ。
彼女がフォークを刺して、口に運んでくれるそれから刺激臭が放たれてなきゃ、だけど。
「……もぐ」
意を決した俺は、真紅のソテーを口にした。
「~~~~~~~ッ!?」
食感や味を脳や舌が認識するよりも先に、辛みと痛みが口の中で爆発した。
鼻水と涙と汗と、何だかよく分からない液体が顔の穴から噴き出すのをきっかけに、味の認識を越えた痛みが脳を突き刺して、たちまち俺の顔が熱くなった。
ウマい、マズいの問題じゃない。
ブート・ジョロキアとキャロライナ・リーパーのペーストを、漏斗で口に流し込んだような感覚だ。
「どう、かな? おいしい?」
それでも、純粋な目で見つめてくるソフィーに「マズい」とか「食えない」とか言い放つのは、俺の男としての――元ゲームプレイヤーとしてのプライドが許さない。
「……ヴマい。ヴマずぎで……涙、出でぎだわ……」
眼球の毛細血管が切れそうなほどの辛味に耐えて俺がそう言うと、ソフィーの顔にぱっと向日葵のように明るい笑顔が咲いた。
「よかったーっ! ねえねえ、こっちも食べて食べてー♪」
『ぎゃうぎゃーう!』
彼女はパフと笑い合いながら、どろどろの赤いソースがかかったサンドイッチを俺の口まで運ぼうとしたけど、するりとテレサが割って入った。
「ソフィー様、順番です。次はテレサでございます」
「あ、そうだったね! ネイト君、テレサちゃんの料理も食べてあげてね!」
ずずい、と身を乗り出してきたテレサのおかげで、ひとまず激辛地獄からは逃れられたけど、俺はまったく安心できない。
というかお前ら、なんか裏で手を組んだりとかしてない?
「ではネイト様、こちらの黄金サバの蒸し焼きをどうぞ」
なんてツッコむ間もなく、今度はテレサが料理を俺の口に近づけた。
香草の良い匂いがする、程よく焼けた――俺の顔よりも巨大な魚の切り身を。
(テレサの作ったもんは、どうしてどれもこれもデカいんだよ……!?)
ふたりのお手製料理がヤバい理由のふたつ目は、テレサのお弁当が信じられないほど巨大だということだ。
ただの魚の蒸し焼きなのに、ひと切れが人間の顔より大きい。そんなのをぎゅうぎゅうに詰め込んであるから、バスケットも信じられないくらいデカい。
それをぐいぐいと無表情で俺の口に押し付けてくるテレサ。
もしかして、こんなのをひと口で食べられると思ってるのか?
「どうぞ、ネイト様、どうぞ」
「分かった、分かったから……」
機械のように手料理を食べさせようとしてくるテレサに根負けした俺が蒸し焼きをかじると、口の中で柔らかい魚肉がふわっと解れて、程よい塩味と魚の旨味が広がる。
うん、やっぱりテレサの料理は、ゴールディング家のどのメイドのものよりおいしい。
バスケットの中から見えるサンドイッチが参考書の倍ほどのサイズじゃなけりゃ、後続の料理だって楽しみな気持ちだけで食べられただろうに。
「いかがでしょうか、ネイト様」
「お、おう。相変わらずテレサの手料理はうまいよ」
「それはよかったです。では、こちらを」
ちょっとだけ顔が緩んだように見えるテレサが、間髪入れず次の料理(芋のフライ。ただし芋がバレーボール大の大きさ)を口に運ぼうとしてくれる。
「あーっ! テレサちゃん、次は私の番だよーっ!」
すると、頬を膨らませたソフィーが真っ赤な何かをフォークに刺して顔に近づけてくる。
「ソフィー様、兵は詭道なりといいます」
右を見れば激辛料理。左を見れば巨大料理。
胃が焼けただれるか、腹がはち切れるほど膨れ上がるか、好きな方を選べるぞ、俺。
ついでに、ふたりの美少女に挟まれる俺への嫉妬の目線は、次第にふたつの脅威に挟まれるものへの憐みの目線に変わっていくのがよく分かった。
ひそひそ話すくらいなら、助け舟くらい出してくれてもいいんだがなあ。
「ネイト君、あーん♪」
「ネイト様、あーんでございます」
ああ、まずい。
このままじゃ俺は、ハッピーエンドの前にヒロインの好意で殺される。
刺激臭と素材の圧力で、目の前がくらくらし始めた時だった。
「――ネイト・ヴィクター・ゴールディングさん……です、よね?」
心臓をぬるりと舐めるような声が、俺の真正面から聞こえて来た。
顔を上げた俺の目に映ったのは、もじゃもじゃのロングヘアーの幽霊――としか言いようがない女の子……女の子、だよな?
もちろん、メインヒロインにもサブキャラにも、心当たりはない。
「あー、どなた?」
俺が問いかけると、彼女は口の端から漏れるような声で答えた。
「は、初めまして……ぼ、ボクは、クラリス・ブレイディ……風紀委員、です」
「はいはい、クラリスね。クラリス……」
てきとうに聞き流そうとして、俺の思考はぴたりと止まった。
クラリス・ブレイディ。
彼女は確かに、そう名乗った。
名前なら知ってる。『フュージョンライズ・サーガ』のメインヒロインのひとりだから、俺がバッドエンドから救い出すべき大事な人でもある。
だけど俺には、とても信じられなかった。
「クラリスぅ!?」
俺は思わず、ベンチの上で飛び跳ねた。
だって――彼女のビジュアルは、ゲームの中じゃあ眼鏡にでこっぱちのおかっぱ頭、そばかすもある典型的な生真面目タイプのキャラクターだ!
今、俺の目の前にいる幽霊みたいな少女と、似ても似つかないんだよ!
何が起きてるってんだ、ゲームの世界は!?
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