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兄とのお話

「――ネイト、学園での生活はどうだ?」


 トライスフィア魔導学園に俺が入学して、はやひと月が経とうとしていた。

 寮の部屋から、暗い窓の外の景色を眺めながら椅子に腰かけた俺は、なんだか厄介な貴族だからという理由だけで相部屋にならなかった自由を、今一番感じていた。


「あー、まあまあだな」

「まあまあ、か。何度も騒動を起こして、学園内の清掃の罰則を受けるほどのトラブルメーカーになっているのを、まあまあと呼ぶならそうだろうな」

「……知ってて聞いたのかよ、ったく」


 なんせ、こんな話は誰にも聞かせられないからな。

 俺が使っているのは、鈍色の黒電話のようなアイテムだ。

 当然、この世界に電力はない。

 特殊な技術で魔力そのものを封印した稀少金属を内蔵して、指定した相手との会話を魔力に変換して飛ばし、通話する魔道具(マギツール)――伝話器(トーカー)

 俺はこのアイテムを使って、ゴールディング領地のドミニクと話していた。


「それにしても、テレサにこんな便利な魔道具を渡しておいて、たまには家に帰ってこい、なんて言うなんてドムも性格が悪いぜ」


 俺はゲームでセーブポイントとして使ってたからそんなにびっくりしなかったけども、もしも何も知らないままテレサに渡されてたら、目玉が飛び出てただろうよ。


「まだ王都の外どころか、魔法技術局の外にも出ていないレア物だ。むしろ、私はお前がそこまで驚かない方が不思議だったが?」

「あ、あー……トライスフィアで色々あって感覚がマヒしてるのかもな? あはは……」


 ふ、普通はそんなリアクションを取るもんだよな、うん。

 受話器と後ろに立つテレサを交互に見ながら、苦しい言い訳をする俺の声を聞いて、ドミニクはどこか皮肉っぽく鼻を鳴らした。


「……フン、確かに。|トライスフィア魔導学園あそこはたくさんのトラブルが起きるだろう。私がいた頃も、そうだった」

「ドムがいた頃?」

「昔からトライスフィアの本質は変わらん。親の権力を振りかざすものと()()をする教育者、虐げられるもの、あそこにあるのはこの3つだ。そして権力者の中にも、より強いものと弱いものがいる。弱肉強食とも呼べない、ゆがんだ世界だ」


 ドミニクがトライスフィア魔導学園を首席で卒業したのは、有名な話だ。

 その頃からきっと、俺がトライスフィアで感じたおかしさや気味悪さ、貴族による支配が蔓延(まんえん)している異常さがあったんだ。


為政者(いせいしゃ)民草(たみくさ)が同じ立場ではいけないというのは、あくまで領地、国、まつりごとの話だ。学園のようなごっこ遊びで体現すれば、生まれるのは吐き気を催す蟲毒(こどく)でしかない」

「蟲毒……互いに食らい合うっていうのか?」

「当たり前だ。私の予想では、貴族主義(ノーブル・ワン)の派閥の均衡(きんこう)はじきに崩れる……そしたら、学園を巻き込んで、暴走の末に崩壊するだろうよ」


 不思議と、ドミニクの声には妙な期待感が含まれているようにも思えた。


「……ドムがいた頃には、どうにもならなかったのかよ?」

「どうしようとも思わなかったな。あれは学び舎の本質、根のようなものだ」


 俺が言うのもなんだけど、ドミニクは何をさせても超一流で、できないことを探す方が難しいくらいの天才だ。

 そのドミニクですら(さじ)を投げた――あるいは見放したんだから、きっとトライスフィアの現状は文字通り「どうしようもない」んだと思う。

 表向きには誰もが憧れる魔法の学び舎。

 しかして実態は、差別と暴力、癒着が横行する廃滅国家のモデルルーム。

貴族主義(ノーブル・ワン)、か。ゲームの中でもメインの敵はこいつらだったな。もしかすると、ケイオスなんかよりずっと厄介かもしれない……)


 こんなところでヒロイン達を守るという現状の厄介さを俺が再認識して、テーブルのコーヒーをすすると、まるで俺のリアクションが見えているようにドミニクが言った。


「ところで、ネイト。『紫の石』はあの事件のあと、見つかったか?」

「ぶふぉっ!?」


 思わず、俺はコーヒーを噴き出した。

 むせてしまう俺の後ろからテレサがさっと身を乗り出し、汚れたテーブルをハンカチでさっと拭きあげると、すたすたと部屋を出て行く。

 どうしたのかと聞かずに掃除だけしてくれるのはありがたいよ、流石有能メイドだ。

 いや、それよりも今は、ドミニクが石を知っている理由を聞かないと。


「げほ、ごほ……ど、ドム!? なんで石の話を!?」

「トライスフィアで起きた騒動が、私の耳に入らないと思ったか? 私を甘く見すぎだ」


 どうにか呼吸を整える俺の反応を待たず、ドミニクは淡々と話し始める。


「……ゴールディングの領地でも、同じような案件が発生している。ごくわずか、しかも世間的には酒で酔っただとか、急に気がふれただとかで処理されているが、お前が見つけた石のようなアイテムが発見されたぞ」


 俺は心底ぞっとした。

 『フュージョンライズ・サーガ』は基本的に学園の中や、ちょっとした校外学習、夏休み(あるのかよ)の舞台でしか物語が進まず、外の情勢は分からずじまい。

 特にゴールディング領なんかは、悪役(ネイト)の実家だけあって、本当に1ミリも触れられない。文字通り、死に設定のようなものだ。


 けど、まさか物語に出てこないところで、石の被害が起きているなんて。

 しかもドミニクの死因が石なんだから、俺はもしかすると兄が石に触れて、もう持ってるんじゃないかって思ったんだ。


「ドム、まさかその石に……」

「その場で私が処分した……嫌な予感がしたからな」


 はっきりとドミニクが言ったのを聞いて、俺は胸をなでおろした。

 どれだけ危険な石でも、所有者にならなければ被害は(まぬが)れられるからだ。

 もちろん、俺の憶測にすぎないけれども。


「……ネイト、兄弟として取引をしよう」


 ほっと一息つく間もなく、ドミニクの真剣な声が耳に飛び込んできた。


「取引?」

「今回は石を処分したが、もしも次に同じような事態が起きたなら、私は紫の石が何であるかを調べるつもりだ。お前がもしも……」


 少しだけ間を空けた兄の反応は、どこか迷いを感じた。


「もしも石の被害を止めたいのなら、こちらの調査成果と交換といこうじゃないか。お前が差し出すのは、トライスフィアで暴走した生徒の特長と事件の詳細だ」


 俺は首を傾げた。

 ドミニクにしては、妙な提案だったからだ。


「それ、わざわざ取引にする理由がないだろ? ドムが欲しいのなら、トライスフィアで起きた騒動の情報くらい、俺はいつでも渡すぜ?」

「お前は甘い。これがもし私でなければ、お前は簡単に情報を渡す男だと相手に思われる。そうなれば、知らない間に山ほどの秘密が口の隙間からすり抜けるだろう。例えば――」


 でも、ドミニクは俺の考えなんてあっさりと見通していた。


「――私の死と石の存在につながりがあるのか、とかな」


 俺の背筋を、悪寒と尊敬の念が一緒に(はし)った。

 もう間違いない、ドミニクは自分がどこかの折に死ぬと知っていて、しかも紫の石が関係する事件が原因で命を落とすところまで悟ったんだ。

 自分の兄のことながら、この男の頭のキレは並じゃない。

 そしてドミニクはきっと、俺の身を案じて、慎重に動けと言っているんだ。


「……分かった。話せることを、話すよ」


 テレサもいない、ひとりだけの部屋で、俺はドミニクとしばらく話した。

 伝えられる情報の中で、ドミニクの死に関わらない点だけを伝え終えて、最後に「あまり無理はしないでくれ」と付け加えるまで、ドミニクは無言だった。


 そうして兄は「そうか」と答えて、また連絡する旨を告げて通話を切った。


 ――「お前こそ無理はするなよ」とだけ、ぽつりと残して。

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