いつもあなたのそばに
「主の幸福よりも己の独占欲を優先し、はしたない姿をさらし、あまつさえ絶対に貶めてはならないネイト様の評価すら地に落とそうとしました。このような無様、メイドどころか、仕える者として許してはなりません」
「でも、それは石に支配されたから……」
「テレサは……心の奥で望んでいたのでしょう。ネイト様を、テレサのものにしたいと」
つまり、ケイオスで膨れ上がった自分の感情を制御できず、トラブルを招いたメイドは、俺のところには必要ないって言いたいんだな。
それくらいメイドとして俺のことを大事に想ってくれているのも、ケイオスに利用されて行き過ぎた独占欲になっていたのも、確かな事実だ。
だからテレサは、もう自分にメイドの資格がないと思っているんだ。
「すぐにゴールディング家から、よりネイト様に相応しいメイドをお呼びいたします。テレサはここで、ネイト様に最後のご挨拶を――」
でも――あくまで、テレサの思い込みだろ?
「いいや、必要ないな」
深く一礼をしようとしたテレサの体が、ぴたりと止まった。
教室に向かう生徒達の目がこっちに集まるのも構わずに、俺は話を続ける。
「確かにテレサは、普段何を考えてるか分かりづらくて、たまに暴走して、天然なところがあって、しかも効果があるか怪しい健康法をずっと続けてる」
「まったくもって、その通りでございます。なのでネイト様……」
そうとも。
テレサは困った従者だ。
「――だから何だ?」
だからこそ――愛おしくて頼りになる、俺の最高のメイドなんだ。
「……!」
ぱっと顔を上げたテレサの目に、俺が映った。
絶望に満ちた彼女の瞳に飛び込んできたのは、毅然とした俺の顔。
なんだかドミニクのようにも見える、俺らしくもない真面目な顔だ。
「いいか! 俺は屋敷からどんな優秀なメイドが来ても、いきなりどこかから完全無欠のメイドが現れても、そいつを俺の専属メイドにするつもりはない!」
彼女がそばにいてくれるなら、落ちた評価なんて関係ない。
他の誰にも、俺のお世話係なんて務まらない。
「俺には、俺の専属メイドは――テレサしかいないからだ!」
これまでテレサにかけたどんな言葉よりも、どんな思いよりも強い意志を込めてはっきりと俺が告げた時、彼女の目から一筋の水滴が頬を伝った。
まったく、涙を流すなんて、テレサらしくもないんじゃないか。
で、従者の涙なんてのを、他の連中に見せるわけにもいかないな。
「一度しか聞かないから答えろ。テレサ、お前は誰のメイドだ?」
ばっと両手を広げて、俺は歯を見せて笑った。
テレサは少しだけ迷った。
迷って――自分なんかでいいのかと迷って、とてとてと俺の元まで来てから、胸板に顔を埋めてくれた。
「……ネイト様の……誰よりも大事なネイト様の……メイドで、ございます……!」
嗚咽を漏らすかわりに、テレサはそう言いながら、俺の腰に手を回してくれた。
普段から感情を表さない彼女なりの、最大の愛情表現と思っていいかもな。
どころで、この一連の流れだけを切り取ったら、俺が無理矢理従わせてるように見えるのは絵面的に大丈夫なのか?
「ゴールディング、辞めたがってるメイドに、従うって言わせてるぞ」
「ひどい扱いね……最低よ」
ありゃ、大丈夫じゃないな。
生徒達がひそひそとこっちを見て話し合ってるあたり、さしずめ俺は今、辞めたいと頼み込んでるメイドの望みを一蹴して支配する最低の悪役貴族、ってとこかな。
もしかすると、悪役は何をしても悪く見えるように、運命が操作されてるのかもしれない。
確かに俺はゲームの悪役貴族で、クズ野郎に見られたとしても、おかしくない。
だから何だ。絆を守れるなら、何だってやるのが俺だ。
(どう見られようが構わないさ。テレサがいてくれるなら、この程度……)
テレサの想いに応えるように、俺が彼女の腰にそっと手を回そうとした――。
「――ネイトくーんっ!」
「わぶあっ!?」
――したはずだけど、そうはいかなかった。
ツキノワグマの如き勢いで突進してきたソフィーのハグが、俺の脇腹に直撃したからだ。
ああ、すっかり忘れてた。
彼女は小悪魔でもなければ、活発系どころでもない――ソフィー・オライオンはブロンドの大型犬、ゴールデンレトリバー系の美少女だってこと。
「テレサちゃんだけずるいよー! 私もハグしたーいっ♪」
「もうしてるだろうが!」
ソフィーが抱き着く力が強まると、テレサがなぜか負けじと力を強める。
美少女ふたりに囲まれるのはとても、ゲームをしていた立場からすれば最高に嬉しいよ。自分が万力に潰される木材の立場じゃなければ、の話だけど。
「ネイト様、ぎゅー、でございます」
「ネイト君、ぎゅーっ♪」
生徒達の軽蔑と嫉妬の視線が一層強まる中、俺はなんとかしようと辺りを見回した。
『ぎゃおぎゃお♪』
そして、どうにもならないと悟った。
空いた左側に飛びつこうと、パフがじりじり距離を詰めてきてるのを見てしまったんだ。
「ちょ、ちょっと待て、パフ! 人間は竜のタックルには耐えられ――」
俺の説得なんて、まるで無意味。
『ぎゃおーっ!』
「どわああぁーっ!?」
親愛の気持ちをたっぷりと込めたパフのタックルで、俺達はもみくちゃになった。
どしゃりと倒れ込み、俺達はのそりと起き上がり、互いに顔を見合わせた。
そして、大笑いした。
これまでの騒動も、これから迫りくる未来の恐れもすべて吹き飛ばして、ハッピーエンドを迎え入れるように、俺達は――無表情のテレサも含めて、明るく笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝早くから繰り広げられる騒ぎを、遠くから見つめる視線がひとつ。
「……あれが、ネイト・ヴィクター・ゴールディング……ですか」
彼女は特殊魔法科の校舎の廊下、2階からネイトを見つめていた。
右腕の校章の色は無属性魔法科を示すが、そんな彼女がわざわざここに来たのは、ネイトに会うためだ。
もちろん、良い意味でも、良い理由でもない。
「ドミニク卿とは……似ても似つかないトラブルメーカーですね……でも……」
世間にとってのネイト・ヴィクター・ゴールディングは、邪悪の権化。
己と、己に取り巻く亡霊達の餌に過ぎない。
しかし、もしも邪悪に真に立ち向かえる人間であるのならば、手を組むのもやぶさかではない。
「正義なら、ボクの味方……悪党なら、ボクのゴーストの餌食……クヒヒ……」
目元の見えない顔で、頬まで裂けて見える口で、彼女は笑った。
邪悪な貴族と共に戦うのか、あるいは心躍る命のやり取りをするのかと、半ば狂人の如き自分のさまを想像して――。
「クラリスさん! やっと見つけましたよ!」
「フヒュっ!?」
とまあ、妄想はここまで。
自身が属する委員会の先輩に取り囲まれ、彼女はたちまち委縮した。
「まーた乱暴なやり方で喧嘩を止めたんですか!? 生徒が3人も医務室に運ばれたらしいですけど、本当ですか!」
「あ、え、ええと、その、ボク、あの」
「どうやら本当のようですね! 違っている時ははっきりノーと言うでしょう!」
「風紀委員会の校則決闘はみだりに使ってはいけないと、あれほど言ったのに……今日という今日は、反省文を書かせますよ!」
気の強そうな上級生達に詰め寄られると、見るからに気の弱そうな彼女は何も言い返せないし、どもってばかり。
だが、どうやら暴力的な行為も、嘘や冤罪ではないようだ。
「で、でも、ボク、正しいことを……それに、先輩達はいつも……」
「入りたての新人が、反論するつもりですかっ!」
「ひゅいっ!?」
少女のおどおどした返答など、ふたりの強気な先輩は聞く耳を持たない。
特に、語尾が「ですか」で終わる先輩は随分とイライラした調子だ。
「相手にお詫びしなきゃいけないんですから、つべこべ言わずについてきなさい!」
「まったくもう、貴族主義と揉め事なんて……彼らは自分達に任せて、あなたは関わるなと、何度お説教すれば分かるんですか!」
「ひぃん……」
ふたりの上級生に両手を掴まれ、まるで親に連れられる子供のように、少女は連れていかれた。
ジタバタと抵抗するのもまるで無意味で、彼女の姿はすぐに校舎から消えてなくなった。
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