『希望無き永久の雨』
「ケケケケケーッ! 何かと思えバ、氷柱を降らせるだけカ!」
直撃すれば人間なら風穴があくほどの鋭さと太さの氷柱でも、ギリゴルは動じない。
やつは拳と尻尾に紫の魔力を溜め込み、打撃で襲い来る氷柱を叩き壊す。
「我らケイオスは全身が魔力の塊! この程度の攻撃、拳で弾き返すのは造作なイ!」
なるほど、やっぱり無属性魔法、しかも強化魔法に特化してるんだな。むかつくが、テレサと波長が合うのも頷ける。
ただ、逃げずに反撃する選択肢はバッドエンド一直線だぜ。
お前はまったく気づいてないみたいだが、氷柱はずっと飛来し続けるぞ。
「このギリゴルは肉弾戦に特化したケイオス! 人間如きの魔力で作った氷柱などいくら飛ばしてこようが無駄、まったくもって無駄、無駄……」
何発壊しても。
何回弾いて、砕いても。
何分、何時間、何日経っても――。
「――いつ、終わるんダ?」
そうだ、絶対零度の豪雨は降りやまない。
「ようやく気付いたか、お前ってやっぱり大マヌケだな」
余裕の表情が焦りに変わりゆくさまを見ながら、俺は意地の悪い笑みを浮かべる。
「レベル10『希望無き永久の雨』は、文字通り終わらない雨だ。砕かれ、破壊された氷柱は俺の魔力を基に再生して発射される」
こいつはずっと気づかなかったみたいだけど、破壊した氷柱の欠片や残骸は、他の破壊されたものと魔力でつなぎ合わせられてもう一度飛来する氷の弾丸になる。
「必要最低限の魔力しか使わないが、破壊力は氷柱を破壊しても変わらない。お前が何回、何十回、何百回破壊しても、雨はお前に降り注ぎ続ける」
消費する魔力はほとんどゼロで、破壊された分だけ氷柱の数は増え、攻撃頻度も上がる。
一度発動したが最後、俺が解除するまで絶対に攻撃は終わらない。
つまり、これからギリゴルには、一切の希望は与えられないってわけだ。
「テレサを苦しめた分、痛みを与えてやる――石が粉微塵になってもだ」
俺が死刑宣告を下すと、自分がどんな結末を迎えるのかを悟ったギリゴルのトカゲ顔に、ありありと絶望が浮かんだ。
「よ、よセ、やめロ、やめロ!」
たちまち自信に満ちた声が命乞いに変わるのと、反撃をすり抜けた氷柱がトカゲの頬をかすめるのはほぼ同時だった。
ひとたび攻撃が命中すれば、氷柱の連撃はさらに勢いを伴って降りかかる。
腕に刺さり、腹を貫く恐怖の雨にさらされても、ギリゴルはまだ屈してはいないらしい。
「我はケイオスの一部、我が死ねばあるじが怒ル! 最悪の終焉よりも恐ろしい終わりを迎えるんだゾ、我を見逃せばまダ……」
でも、それももう終わりだ。
「ひッ……!」
ギリゴルは脅迫も、提案も、命乞いもやめた。
血管が浮き出るほどの激情に満ちた――俺の怒りの顔を見たからだ。
「――てめーもてめーの主人も地獄に送ってやるよ、クソトカゲがああッ!」
俺の雄叫びと共に射出された氷柱の速度も、量も、もう先ほどまでの比じゃない。
視界を埋め尽くす豪雪のような凶器の雨あられがギリゴルを襲い、肌を切り裂き、穴を開け、血を噴き出させる。
「あ、ぎ、ぎ、ぎゃあああああああああッ!」
再生しようが関係ない。
反転世界にひびが入るほどの衝撃と刺突の地獄で、傷が治る程度の回復は意味がない。
「があああああ! があああああ!」
ギリゴルの体が崩れ落ち、紫の石が露出する。
その石に、ありったけの氷柱が吸い込まれるかの如く突き刺さり――。
「おごおごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご――ぐびぇッ」
粉微塵に砕け散った時、ギリゴルが爆散した。
薄紫色に染まる世界が元の色を取り戻し、粉よりも細かくなった無残なトカゲ死骸と共に消えてゆく。
そうして講堂に月光が差し、俺達の前にはなにも残っていなかった。
あるのはただ、ギリゴルがいた痕跡だけ。
残滓も、欠片も、粉塵すらも残さない徹底的な破壊を行った結果、ケイオスとやらは二度と誰かを誘惑できない状態となった――要するに、消滅したんだ。
「ま、ここまでぶっ壊してやれば、さすがに誰にも寄生しなくなるだろうな」
歯を見せて笑う俺の後ろから、ソフィー達の息を呑む声が聞こえた。
「……す、すごいね、ネイト君の魔法……」
『あぎゃーお……』
まさか、俺はただ属性魔法を混ぜ合わせられるだけの悪党だ。
竜魔法の持ち主の方が、ずっとすごいっての。
とにもかくにも、これで人に寄生する邪悪な生き物をやっと1匹討伐できた。
「よし、万事解決したし、誰かが来る前にさっさと帰るとするか」
「うんっ!」
俺達はテレサを救い、ギリゴルを見事に撃破した。
戦いはまだ続くかもしれないけど、今夜の戦果としては、最高のものだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから少しして、テレサをおぶった俺は、校舎の外でソフィーと別れた。
「今日は本当にありがとうな。明日、約束通り全部話すよ」
「明日、楽しみにしてるから♪ それじゃあ、テレサちゃんをよろしくね♪」
『ぎゃおーす♪』
もう、ソフィーに隠せることは少ないし、ここまで関わったなら、ケイオスに関する情報だけでも共有して、学校を一緒に守る仲間になってもらうしかなかった。
これじゃあまるで、俺が主人公みたい……ってわけでもないか。
「ああ、任せとけ。おやすみ、ソフィー」
ひらひらと手を振り、俺はソフィー達に背を向けて寮へと歩き出す。
人ひとり分より少し軽い体重を背中に感じながら歩みを進める俺の頭の中を、ギリゴルの言葉がぐるぐると巡る。
「……正しきものが世を支配し、この世界に正しい終わりをもたらす、か」
あいつらの黒幕が何者なのか、どんな企みがあるのかは知らない。
でも、バッドエンドだけは絶対に許さない。
(ああ、もたらしてやるよ――俺の望む、最高のハッピーエンドをな)
俺が固い決意を心に刻み込んだのと、背中でもぞ、と何かが動くのはほとんど同時だった。
「……ん……」
「お、目が覚めたか。ちょっと我慢してくれよ、俺の部屋までもう少しだからな」
テレサが起きたというのは、なんとなく分かった。
ちょっとだけ間を空けてから、彼女の口からくぐもった声が聞こえた。
「……テレサは」
「言うな」
俺はあえて、テレサの言葉を遮った。
「俺も疲れてるから、メイド寮まで送ってやる余裕がないんだ。明日、寮長さんには事情を話しておくから、今日は俺の部屋で寝ろ」
こっちはかりそめ。
「それと……俺の許可なしに、絶対死ぬなよ。お前、責任取って死ぬつもりだろ」
こっちが本命。
きっとテレサは、ギリゴルの中からすべてを見ていた。
主人を、その友人を傷つけようとして迷惑をかけた罪を、命を以って償おうと考えてるんだ――ばくん、ばくんとうるさいほど鳴り響く彼女の心臓の音が、その証拠だ。
「そんなことしてみろ、俺も舌噛み切ってやるからな」
「それは……いけません」
「じゃ、何も考えずにベッドで寝とけ。何なら、寝るまで頭でも撫でてやろうか?」
静寂の中、テレサが頭を俺の背中にもう一度預けた。
「……はい」
返事をしてから、テレサは何も言わなかった。
だけど、寮の部屋に入るまで、時折こらえるような泣き声が背中越しに伝わった。
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