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バッドエンドに導く者

 暗い廊下を、ひとり歩く。

 窓から差し込む月明かり以外に、一切の光源はない。闇の中に響く音は、俺の足音意外に何もない。

 いつもいる警備員は、アラーナに頼んでひと晩だけ買収してもらった。講堂に続く道を見回らないだけで、4000カラド(ゲーム内通貨、1カラド=10円くらいの感覚)の報酬(ほうしゅう)だ。

 言いなりになった悪党ってのには、意外と使い道があるもんだな。


 こっちが悪役の親玉になった気分でいると、いつの間にか講堂の前に着いた。

 すう、と息を吸い込んで、覚悟を決めた俺はドアを開けた。


「……来たぞ」


 広い、広いホールの奥の教壇(きょうだん)。その横に、テレサは立っていた。

 いや、今はギリゴルだ。

 目が紫に光っている間は、あいつが意識を乗っ取ってるんだ。


「逃げるかと思ったゾ、ケケケ」


 不快な声で笑うギリゴルに近づくように、俺は階段を下りる。


「約束通り遅刻もせずに来てやったんだ、テレサをいい加減解放しろ」


 壇上(だんじょう)まですたすたと歩いていった俺と、ギリゴルの目が合う。


「それとも、人質を取ってないと人間にビビッて何もできないのか? そんなクソザコが世を()べる種族サマとは、笑わせるぜ」


 ポケットに手を突っ込んだまま俺が鼻で笑うと、ギリゴルは不快な顔を見せた。

 世界の支配者気取りのわりには、随分と気が短いもんだな。


「……いいだろウ、我の真の姿を見せてやろウ」


 ギリゴルが唸ると、テレサの口からずるり、と灰褐色のぬめぬめした腕が飛び出してきた。

 変身でもなく、擬態でもないというのは理解していたつもりだけど、まさか体の中から腕が飛び出してくるとは思ってなくて、流石の俺も息を呑んだ。


「オ、オ、オオォ……!」


 スライムよりもずっと軟質的な動きで、腕を最初に、肩、頭、胴体と肉体を外の世界に引きずり出すギリゴルのさまは、明らかにこの世界の生物じゃない。

 あまりにもおぞましい誕生を遂げた紫の石にしてケイオス、最古の種族を名乗る化け物は、ついに足を外に出し、ぐったりと倒れ込むテレサの前で顕現した。


「――ふゥ、やはり人なんぞの中にいるよりは、こちらの方が落ち着くナ」


 そこにいたのは、巨大なトカゲと人間の()()の子だった。

 紫色の皮に細い瞳、不揃いの牙と全身に彫り込まれたトライバル・タトゥー。背丈は俺よりも頭ひとつ分高くて、胴より太い尻尾がせわしなくうねっている。

 まさしく、()()と呼ぶにふさわしい風貌(ふうぼう)

 ファンタジーとはいえ、このゲームではあまり見かけない性質の敵だ。


(でけぇトカゲとでも言うべきか。あんなモンスター、少なくとも『フュージョンライズ・サーガ』には出てこなかったぞ)


 驚きを顔に出さないようにする俺の前で、ギリゴルが頬まで裂けた口で笑う。


「我の力が魔力と生命力の吸収に特化していてよかったト、これほど思ったこともなイ。他の連中なラ、ケケケ、こうもいかなかっただろうヨ」

「なんだ、皆が皆、あんたみたいな能力の持ち主じゃないのかよ?」

「無個性で当然とでも言いたげだナ。人間にも個性があるのに、我らにないと思ったカ?」


 紫の石――もとい、ケイオスとやらにも個性があるなんて面倒な話だ。

 ストーリーの頭にでも話題に上がってれば、対処もできたはずだってのに。


(魔法と同じで、石の中身ごとに能力が違うのか。ったく、ゲームの制作者はこういう情報や敵キャラを、もっと序盤に出しておくべきだぜ)


 ま、今更『フュージョンライズ・サーガ』の展開に愚痴(ぐち)を言ってもしょうがないか。


「さて、話は終わりダ。こっちに来イ、人間」


 怒涛の勢いで明かされていく真実に半ば呆れていると、ギリゴルが指をくいくい、と動かして俺にそばに寄るように命令してきた。

 まだテレサの安全が保障されていない以上、俺は従うほかない。

 ただ、まだ俺としては聞いておきたいことがある。


「……ひとつだけ聞かせろ。お前らの目的はなんだ?」


 敵が調子に乗ってる間に、聞ける秘密は全部喋ってもらいたい。

 こいつは運よく、べらべらと聞いてもないことを話してくれるタイプだ。


「目的はただひとつ。我があるじの望み――正しきものが世を支配し、この世界に正しい終わりをもたらス。本来あるべき、()()の終焉をナ」


 ほら、こんな風にな。


「正しい……終わり?」

「そうとモ。我らの偉大なるあるじは別の世界より来訪した救世主、人が支配する世を過ちと断ジ、混沌(カオス)に満ちた世に造り直す存在であル」

「救世主、ね……」


 ただ、いろいろと話すのはありがたいんだが、こいつの言った別の世界から来たやつ、ってのはどこか引っかかった。

 しかも、そいつは終わりを求めてる。

 まるで、わざとゲームのバッドエンドに入ってスチルを集める輩のようだ。


(正しい終わりって、まさか、ゲームのバッドエンドのことを言ってるのか?)


 どうにもこいつらの親玉の正体を掴めないまま、俺はとうとうギリゴルの手がもう少しで届くくらいのところまで近づいた。

 交渉条件をそろそろ言ってくれてもいいだろうに、トカゲはまだ首を横に振る。


「もっと近くに寄レ。逆らえば、メイドを殺ス」

「これくらいでも十分聞こえるよ。ほら、何が欲しいか、さっさと言いやがれ――」


 大方、こんなやつが欲しがるものなんてろくなもんじゃないさ。

 そう思った俺がふん、と鼻を鳴らした時だった。




 ガシッ!


「ぐッ!?」


 いきなり、ギリゴルが尻尾で俺の首を掴み上げてきた。

 胴より太い尻尾だけど、先端になるにつれて指先より細くなる。

 そんなもので首を絞めつけられて、たちまち俺は持ち上げられてしまう。手足をばたつかせて抵抗するけど、尻尾相手じゃ弾くのも、解くのもできない。

 何より、不用意な抵抗のせいで、ギリゴルの爪がテレサに向けられるかもしれない。


「ケケケケケッ! 我の望みが知りたいカ、ならば教えてやろウ!」


 呼吸が苦しくなり、(うめ)くしかない俺の前で、ギリゴルが大笑いした。


「我が望みは我のあるじの望ミ! あるじは貴様のようナ、世界を歪める邪魔者を排除しろと命令されタ! メイドの代わりに貴様が差し出すのは、貴様の命ダッ!」


 俺の命だと!?

 しかも、やつの主が命令したのか!?


「なん、で……俺の、命なんか……!」

「さア? だが、あるじは確かにこう言っていたゾ――『お前は死ぬべき人間の命を助けて、来るべき終わりを捻じ曲げる敵』だとナ! ケケケ!」

「なっ……!」

「そしてこのメイド、こいつも死ぬ予定だったらしいナ!」


 間違いない、黒幕は俺を知っている!

 しかもテレサが死ぬのも、俺がバッドエンドを回避しようとしてるのもばれてるんだ!


 相手が誰か、何を目的にしてるのか、知っている相手かを考えたいけど、脳に酸素が行き渡らなくて頭が回らない。

 第一、()()を出すまでは意識を残しておかないといけないんだ。


「も、もう、限界、だな……」


 ぜいぜいとしか息を漏らせない俺のそばで、ギリゴルが爪を鳴らす。


「ケケケ、だったらちょうどいイ! メイドと仲良く、あの世に――」


 ――もう、今しかない。

 話し合った内容とは違うけど、アドリブに賭けるしかない!




「――あの世に行くのは、てめーだよ」


 俺がにやりと笑い、指をパチンと鳴らす。

 すると、ぐにゃりと俺の隣の風景が歪む。

 俺の魔法――『不可視の鏡(ステルスヴェール)』の風の屈折が解かれて、水の反射が解除された時、ギリゴルの目が見開いた。


「――え」


 飛び出してきたのは、正義の拳を握り締めるソフィーとパフだった。

 俺がここに来る時からずっと一緒にいたコンビは、今日の昼からもうずっと、ギリゴルへの激情を腹の底にしまいこんできた。

 そして、彼女達が溜め込んだ怒りのパワーを解き放つのは、今だ。


竜火魔法(ドラゴヒート・マギ)! 『ばーにんぐらんす』っ!」

『ぎゃおおおおおおッ!』


 パフの口から放たれた凄まじい猛火が、ギリゴルの顔を焼いた。

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