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欲望

「申し訳ございませんでした、ネイト様」


 その日の夜、俺はテレサを自分の部屋に呼びつけた。

 普段は何も言わなくても彼女の方から来てくれるけど、今日は別だ。テレサが謹慎処分を受ける明日になる前に、話しておきたいこともあったし。

 で、肝心のテレサは無表情で、ただ俺をじっと見つめていた。


「……気にすんなよ」


 こう言うしかなかった。

 何がテレサの暴走のきっかけになるか分からないからだ。


「それよりもテレサ、話を聞かせてくれ。どうしてあんな暴力を振るったんだ? 俺の知ってるテレサは、自分から揉め事を起こすようなメイドじゃなかったぞ?」


 だとしても、俺は彼女の暴走の理由を知っておきたかった。

 感情の発露でも、石のせいだとしても、知っておくのが主の務めだからな。


「…………」


 しばらくの間、テレサは無言だった。


「悩み事があるなら、俺でよければ協力して解決する。心配すんな、何でも言って――」


 だから俺は、完全に油断していたんだ。

 テレサが何もせず、素直に相談を持ち掛けてくれると思っていた。




「ネイト様、テレサのわがままをお許しください」

「えっ?」


 一瞬、ふわりと俺の体が浮いた。

 何が起きたのか、どうなったのかと頭が理解できたのは、俺がどさりとベッドの上に仰向けに倒れ込んでしまったって背中で感じ取ってからだ。

 そして、俺に覆いかぶさるように、テレサが馬乗りになっているんだ。


「な、て、テレサ……!?」


 ぞくり、と背筋に嫌な予感が(はし)るのと、テレサが俺に顔を近づけるのは同時だった。


「テレサは怖いのです。ネイト様のお心がテレサのそばを離れていくのが、いつかテレサを不要だと告げる日が怖くて仕方ないのです」


 テレサが何を言っているのか、俺には理解できなかった。

 専属のメイドを、俺が不要だなんて言うはずがない。


「ソフィー様や他の生徒と仲睦まじくなるたび、ネイト様の心からテレサが消えるのでございます。それが、それがテレサは恐ろしいのでございます」


 なのに、荒い息遣(いきづか)いを繰り返すテレサの(よど)んだ目は、自分の妄想が間違いなく現実に起こると信じて疑わなかった。


「……だから、ひとつだけ。ネイト様にテレサを刻みつけることをお許しください」


 言うが早いか、抵抗できない俺の上で、テレサは衣服を脱ぎだした。


「ちょ、おま、服……っ!?」


 メイド服みたいなごてごてした格好を、恐ろしいほどてきぱきとベッドのそばに脱ぎ捨ててゆくテレサの器用さは、相変わらず大したものだ。

 ……いや、そうじゃなくて!

 なんでテレサが、あっという間に白い下着だけの姿になってるんだ!


「ネイト様は……()()()でございましょう」


 ぎし、とベッドを揺らして、テレサが俺に顔を近づける。

 陽に当たらず、病的なほど白い肌が、俺のシャツ越しに密着する。

 小さいけど確かにあるふたつのそれは、俺の胸板で形を変える。


「テレサもまだ誰にも捧げておりません……永遠に忘れられないよう、テレサを……」


 ぎゅっと恋人のように俺の手をつなぐテレサは、このままメイドと主という関係性を越えて、禁断のひと晩を過ごすつもりだ。

 彼女から香る甘い匂いで、俺の思考も鈍ってゆく。

 俺の白い髪と、テレサの黒い髪が重なりゆく。

 ああ、もう、どうにでもなれ。

 このまま彼女の体にむしゃぶりついて、一線を越えてもいいかもしれない――。




「テレサ・カティム!」


 ――ダメだ、ダメだダメだ!

 お互いの将来もそうだけど、主がメイドに手を出すなんて言語道断だ!


「……ネイト・ヴィクター・ゴールディングの名において命ずる。テレサ、お前に刻印魔法(ブランド・マギ)(さわり)(きん)』の罰を下す。意味は……分かるな?」


 テレサが俺のズボンに手をかけるより先に、俺ははっきりと告げた。

 すると、これまで問答無用だと言わんばかりの態度だったテレサが、急に手を止めた。

 そりゃそうだ。刻印魔法は、無属性魔法の中でも封印魔法に該当する、主が召使いを制御するための左肩の紋様だ。

 ゴールディング家の血筋の人間が一言、キーワードを口にすれば、魔力を使わずに魔法が自動で発動する。

 するとたちまち、相手は動けなくなるんだ。いわゆる安全装置だな。


「その罰を今すぐ破り、無視し、テレサはネイト様を(むさぼ)りたい気持ちでございます」

「ゴールディング家に仕える者にはできやしないって、分かってるんだろ?」


 静かに俺が言うと、テレサはゆっくりと馬乗りになるのをやめて、立ち上がった。

 そうして俺に見せつけるように、衣服を拾い上げた。


「……あの家に仕える者に施された、『刻印魔法』による制御を忘れたことなど、一度もございません。メイドも召使いも、すべからく支配されているのですから」


 いそいそと着替えた彼女の前で、俺は頭を掻く。


「だったら、メイド寮に戻れ。お前との話は、また今度だ」

「……かしこまりました」


 テレサはこれ以上、俺を襲おうとはしなかったけど、メイド服を着てもなお、俺を誘惑するような手足や舌の動きを止めようとはしなかった。

 ドアに向かう途中に、手をゆらゆら、舌をちろちろ。

 まるで、俺が刻印魔法を解除して「抱かせろ」と命令するのを仕向けているようだ。


「ネイト様、テレサの肌に触れた温かさが忘れられないなら、いつでもお呼びくださいませ。いつ、どこでも、何度でも、テレサはあなたの欲望を受け止めますので」


 それでも俺が自分を抑えているうちに諦めでもついたのか、テレサはドアに手をかけて、外に出て行ってしまった。

 だけど、俺は部屋を出る直前、彼女と目が合った。


(――今のは、紫の光だ)


 テレサの瞳が、毒々しいほどの紫色に染まっていた。

 あの光を、俺は知ってる――ダンカンが持っていた『紫の石』と同じ光だ!


(今のテレサが普通じゃないのは分かってたけど、あれは間違いない! テレサは紫の石の影響を受けてる、あの禍々しい目の光が証拠だ!)


 メイドに対する欲望を抑える気持ちは、たちまち彼女を助けなければいけないという感情に取って代わった。


(やっぱり、石を破壊した時に何かしらの影響を受けたのか……でも、服を全部脱いだのに石を持ってる様子はなかった。触れただけで悪影響を及ぼすのか?)


 考えたところで、石の知識があまりない俺じゃあ意味がない。


「……ったく、これ以上騒ぎを起こすと退学なんだが、そうも言ってられねえな」


 だったら、作戦はひとつだ。

 テレサを石から助けるべく、アラーナに石の呪縛(じゅばく)の解き方を聞くしかない。

 アラーナが石を使って操っているのか、石に人の欲望をかき立てる力があるのかは知らないけど、どちらにせよ、石を配った張本人なら知っているはずだ。

 幸い、俺の中ではもう、作戦は決まっていた。


土魔法(グランド・マギ)レベル1、風魔法(ウィンド・マギ)レベル1――融合魔法(フュージョン・マギ)レベル2、『即席使い魔(メイクサーヴァント)』」


 俺は融合魔法で、壁の素材を鋼に変えて風で削り、鳩の形をしたゴーレムを錬成した。

 ゴーレムを作る専門家には劣るけど、くるっぽーと鳴く鳩の隣で俺が急いで書き記している手紙を、協力者の部屋に届けるくらいは簡単にやってくれる。

 そう――ソフィーに、テレサの事情を伝えて、協力してもらわないといけない。


「ソフィーのところに、これを届けてくれ。頼んだぞ」


 彼女を巻き込むのは心が痛むけど、助けを求められるのも彼女だけだ。

 もしも断られても、俺がメイドを助けない理由にはならない。


(……絶対に助けてやるからな)


 固い決意と共に、俺は使い魔が夜空に飛んでいくのをずっと見つめていた。

 ……ところで、気になったことがひとつ。


(テレサ、履いてたっけか?)


 テレサは健康法の一環で履いてない。

 なのに、今日は下着をつけていた。

 ……つまり。

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