テレサ、乱心!
「あば、げ、ごがッ」
歯の抜けた上級生が、廊下の真ん中でのたうち回る。
誰もが――俺を含めて唖然とする中、血しぶきをかけられた女生徒が目を見開いた。
「きゃあああああッ!?」
そして彼女が狂ったような大声を出すのと同時に、廊下は騒然となった。
先生を呼んで来いと叫ぶ男子生徒、へたり込んですすり泣く女子生徒。
リアクションは様々だけど、誰もが日常の唐突な崩壊に驚愕してる。
俺も何が起きたのかを理解したくはなかったけど、そうも言っていられない。
「うぐッ!?」
なんせテレサが、女子生徒の首根っこを掴み上げたんだ。
「ネイト様に肩をぶつけただけでなく、罵倒まで。もはや生かしておく理由がありません」
「ぶぐ、ぐ、ぐ……!」
「謝罪は必要ありません。その死を以って、ネイト様にお詫びください」
ヤバい。テレサの怪力なら、女子の首をへし折るなんて造作もない。
「よせ、テレサ!」
俺が後ろからテレサの腕を掴んだけど、俺の腕力くらいじゃあちっとも動く気配がない。
彼女の腕は俺よりずっと細い+俺もしっかり鍛えてる+先生がそろそろやって来てシャレにならない事態だから気合が入ってる=それでもテレサは動じない。
巨木を引っこ抜こうとしているかのように、脳が動かすのは不可能だって叫ぶんだ。
「ネイト様、お戯れを」
「うわっ!」
テレサが軽く手を振ると、逆に俺が後ろに吹っ飛ばされた。
2、3回、ゴロゴロと後ろに転がって、壁にぶつかってようやく止まった俺は、もう目の前にいるのが、自分の知るテレサかどうかすら疑い始めていた。
この半年間、テレサが俺に手を挙げたことなんて一度もなかった。暴力なんて、それこそ彼女は自分の身に危機が迫った時以外に使おうとはしなかった。
だけど、今のテレサはどうだ。
俺のためと言って、周囲の反応も無視して、マジで人を殺そうとしてるじゃないか。
「ぐ、こ、この……『スパークリング・シャワー』ッ!」
女子生徒が雷属性の魔法を放った。
静電気の何十倍も激しい音が鳴り響き、テレサに電光が直撃する。
「……反撃とは。ネイト様を傷つけた猿の分際で、小癪でございますね」
でも、その程度じゃ彼女の顔には傷ひとつつかない。
当然だ。テレサが戦闘開始と同時にほぼオートで付与する無属性魔法『パワーサポート』は、単なる身体能力強化だけじゃなく、体を鋼のように硬くする。
まともにやり合ったなら、魔物が口から火を吹こうが傷一つ負わないし、なんなら手刀で魔物の首を刎ねるくらいは容易にやってのけるんだ。
そんな怪力のテレサが、女子生徒の首を絞める力を一層強めてゆく。
「う、風魔法『グリーンゲイル』! 『レッドゲイル』!」
何度上級生が、年単位で学んできた魔法を叩き込んでも、テレサはびくともしない。
緑色の突風や赤色の突風では、テレサを弾き飛ばすことなど能わない。
「ぶ、ぶ、『ブルーゲイル』……うぶぶ……」
「ネイト様、テレサの忠義をご覧ください。あなたのためなら、テレサは何でもやります」
「あががががが……」
そのうち女子生徒が泡を吹き、目が充血してゆく。
周囲の生徒が逃げてゆく中、もう先生が来るのを俺は待っていられなかった。
「雷魔法レベル4、風魔法レベル2!」
右手に雷を、左手に風を集中させる。
ぱん、と勢いよく両手を合わせ、わずかに振り返ったテレサへとかざした瞬間――。
「――融合魔法レベル6、『風雷縛鎖』ッ!」
四方に発生した竜巻の中から飛び出した電気の鎖が、テレサの手足に巻き付いた。
女子生徒の魔法でも、俺の腕力でも動かなかったテレサに、たちまち変化が起きた。
「……これ、は……?」
テレサが女子生徒の首から手を離して、まるでかしずくようにへたり込む。
げほ、ごほ、とせき込む上級生にテレサは手を伸ばそうとするけども、できるわけがない。俺が今使っている魔法は、対人限定の完全な拘束魔法だ。
「風魔法で体を圧迫した上で、雷魔法の電流を全身に送り込んだ。テレサ、どれだけお前の腕力が俺より強くても、痺れてしまえば動けないし、魔法も維持できないだろ」
無言で何度か抵抗を試みたテレサも、少しすると諦めて手を下ろした。
「…………」
「俺はお前の主人として、お前を抑え込む義務がある……これ以上、手を出させないでくれ」
「…………」
テレサは相も変わらず無言で無表情だけど、俺はその真逆だ。
敵に使うはずだった魔法を自分のメイドに使って、辛い顔をしないわけがないだろうが。
「く、この、よくも……よくも属性魔法科のエリートに手を挙げたわね! 貴族主義にも逆らうような命知らずには、お仕置きしてやらないといけないようね!」
そんでもって、まるで空気を読まないのは上級生の女子だ。
「大やけどを負って後悔しなさい! 火魔法『ヒートソード』!」
「余計なこと、すんなっての!」
右手に溜めた赤い魔力を刃の形にして、抵抗できないテレサめがけて放った瞬間に、俺はすかさずそっちに向かってもう片方の手を突きつけた。
すると、小さな竜巻の中から飛び出した5本目の鎖が、炎の刃を勢いよく砕いただけでなく、女子生徒をがんじがらめにした。
「あ、あばばばばば!?」
しかも、テレサよりちょっぴり強めの電流のおまけつきだ。
アニメよろしく髑髏が見えそうなほどの電気を流し込まれた彼女は、吊り上げられた魚のようにのたうち回ってから、廊下にうつ伏せに這いつくばった。
それでも目は俺とテレサを睨みつけてるところを見るに、プライドだけは魔導学園の屋根を貫いて天にも届きそうなほど高いんだな。
「わ、分かってるんでしょうね! あんた、こんな騒動を起こして、口頭注意じゃすまないわよ! 指導室で厳重注意、自室謹慎、退学だってあり得るわ!」
言われなくても分かってるっつーの。
「おい、騒ぎはあっちからだ!」
「熱血的喧嘩鎮圧ゥーっ!」
「先生! 私達、何もしてないのにあいつのメイドが……!」
ようやく先生が来ると、女子生徒はみっともない声を上げた。
おおむねこっちが悪いとしても、何もしてないってのは嘘だろ。
だけど、先生達のほとんどは彼女を信じるに違いない。貴族主義はそれだけの力が学園にあって、多くの場合彼らは生徒を抑圧するだけの格を持たない。
そしてどこにも属していない俺は、学園の治安を乱す小悪党になるんだな。
(ったく、世界が俺を悪役の立場に引き戻そうとしてるみたいだ)
ネイトの本来の役割を思い出しながら、俺は電気の鎖と竜巻を解除した。
幸いにも、テレサは何の抵抗もしなかったし、女子生徒を襲おうともしない。
静かに、静かに俺を見つめていた。
「……ネイト様」
「何も言わなくていい。少なくとも、今はな」
か細い声を、俺はぴしゃりと断ち切る。
どう接すればいいか、今の俺には分からなかった。
結局、俺とテレサには厳重注意の上で処分が下された。
ゴールディング家の次男坊、なんて肩書はもう通用しない。
俺は4日間の『放課後清掃』。休みの日に朝晩各2時間ほど、決められた範囲の清掃をする。生徒は校舎に残っているから、ある種の見せしめとしても機能する。
テレサは1日間の『寮室待機』。読んで字のごとく、俺達で言うところの自室謹慎。
これはあくまで暫定の判断で、相談次第で日数は伸びる。
マッコール先生の必死の弁護のおかげでここまで刑罰が軽くなったのであって、本当なら数日の自室謹慎が妥当だったらしい。
ダンカンの一件じゃあ関与しようとしなかった先生達がここまでの対応をするんだから、やっぱり相当な事態みたいだ。
本当に、マッコール先生がいないと退学もありえたな。
だから俺は、感謝の意も込めて、先生の説教を黙って聞き続けていた。
その隣に座るテレサの顔を――俺は、見れなかった。
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