アラーナとの対峙
ダンカンが自主退学してから、3日が経った。
ドミニクの地獄の勉強会が功を奏してか、今のところ授業はさほど難しくない。
特殊魔法科は属性・無属性両方の性質を持っていることが多いので、魔法の基礎を学ぶ時間も増えるんだけど、それでも半年前に体験した特訓の方が何倍もハードだ。
実践授業も、融合魔法があればばっちりだ。
マッコール先生も熱血的に感動して、毎度汗くさい体で強く抱きしめてくれる。
見た目やトラブル続きで周りから怖がられている点以外は、楽しい学園生活だよ。
「……もうじきだな」
さて、そんな俺――ネイト・ヴィクター・ゴールディングは、属性魔法科の生徒が行き交うトライスフィア魔導学園の南校舎、その2階の廊下で壁にもたれて立っていた。
通り過ぎていく生徒達は、どうして特殊魔法科の生徒がいるんだろう、って顔をしてる。
もちろん、昼休みに食事もとらずに、他の学科の見物に来たわけじゃない。
「もうじきでございますね。アラーナ・ビバリーはここを通るでしょう」
テレサの言う通り、俺はダンカンに石を渡した張本人にして、ゲームの役割から大きく逸脱したキャラ、アラーナに会いに来たんだ。
というのも、彼女はゲームの中だとダンカン以上のモブキャラなんだよ。
ネイトと関わりもなければ、主人公に貴族のすばらしさを説いて、反論されて逆ギレする――で、ぶっ飛ばされて再起不能になる。
その過程で彼女は『紫の石』を使っていないし、持ってもいないのに、ダンカンが言うにはアラーナから石を手に入れたって言うじゃないか。
だったら、直接会って話したくもなるだろ。
「それにしてもテレサ、よくアラーナが良く通る廊下なんか突き止められたな?」
「ネイト様のお願い事とあれば、遂行するのがテレサの指名でございます」
「さすがは俺の専属メイドだ、助かるよ」
で、俺はテレサにアラーナと会える方法を模索してくれ、って頼み込んだわけだ。
すると彼女は、貴族主義のエリートがどこにどのルートを通るのか、どこで待ち伏せていれば鉢合わせられるのかを調べてくれた。
まったく、この有能メイドに俺は頭が上がらないよ。
「……ところでネイト様、今日はソフィー様とご一緒ではないのですね」
すると、思い出したようにテレサがつぶやいた。
確かに俺とソフィーは友人関係だけど、物騒な話には巻き込めないな。
「いくら抱き着き魔でも、四六時中俺と一緒じゃないさ。あいつだって友達がいるし、そっちの付き合いを優先した方がずっといいと思うぜ」
それにソフィーはいまや、特殊魔法科のマドンナだ。
明るい性格と愛らしくて美しい容姿、何より稀少な出自と魔法。
貴族主義でなくても、多くの男子生徒はメロメロになってたし、女子生徒はやっかむどころかソフィーの明るさに惹かれて、気づけば仲良くなってる。
そんなこんなで、3日もしないうちに、ソフィーの周りには友達が溢れてた。
ゲームの中じゃあ主人公のノア以外と話しているところをあまり見かけなかったけど、ソフィーの性格上、友達がたくさんいる方が普通だよな。
俺はどうだって?
元が悪役貴族なんだぜ、誰も必要以上に近寄らないさ。
「あれだけ友達が多いのは、ちょっとうらやましいけどな」
思わずぼやいた俺の手を、テレサが握った。
「ネイト様にはテレサがおりますので」
「……気持ちは受け取っとくよ。悪いな、らしくないことを言っちまった」
くしゃり、とテレサの頭を撫でた時、まとまった足音が廊下の奥から聞こえて来た。
つかつかと歩く誰かの後ろについてくるような音は、俺が会いたいやつが来た証拠だ。
「おっと、ビッグゲストのお出ましだ。テレサはここで待っててくれ」
「お言葉ですがネイト様、東洋ではこのような状況を『飛んで火にいる』……」
「『夏の虫』、だろ? 大丈夫だ、俺は虫よりしぶといからな」
まったく、『フュージョンライズ・サーガ』の世界には日本があるってのかよ。
どうにもしっかりしていない世界観の造り込みにひとりで苦笑しながら、俺はテレサにひらひらと手を振り、向こうの廊下と歩いてゆく。
生徒の話し声が騒めきになり、俺を指さすようになるうち、相手はやって来た。
「……あんたがアラーナ・ビバリーだな」
内巻きの青いロングヘアとごてごてした装飾の改造制服、狐のような顔つき。
俺の目の前でたくさんの生徒を引き連れて歩いているのが、ダンカンを利用して石を複数の生徒に渡した――ビバリー男爵家の3女、アラーナ・ビバリーだ。
「私はあなたを知らないけど、何か用かしら?」
「ビバリーさん。こいつ、確か入学式の日にカフェでダンカンともめた生徒ですよ」
「……ああ、例のトラブルメーカーね」
アラーナはともかく、後ろの10人は下らない子分達はすっかり臨戦態勢だ。
「それじゃあ、ゴールディング家の出がらしはダンカンを退学に追い込んで、今度は私を標的にするのかしら? さながら狂犬ね」
「こっちはちゃんとしつけられてるんだ。理由もなきゃ、噛みつきやしないさ」
「……あら?」
「あんたは爵位ひとつで上下関係が決まる貴族主義を、実力でのし上がってきたんだ。そんな奴にいきなり乱暴事を吹っかけるほど、こっちはバカじゃないつもりだぜ」
テレサの調査が正しければ、アラーナはゲームの中とはまるで違って、雑魚キャラどころか魔法の実力を鍛え上げて、学園の中でしっかりとした地位を築いている。
というか、貴族主義全体の中でも“実力主義”が明確化してきているみたいだ。
いくら実家がデカかろうが、それに見合った礼儀も才もないやつは地に落ちる。
ダンカンみたいに気づかないままだと、知らない間に裸の王様になり下がるのも珍しくないらしい。
「公爵家の恥さらし、ネイトとか言ったな……」
「ビバリー様に突っかかるなんて、何を考えているのかしら」
ついでに言うなら、魔法の実力が伴っていても、世間からの評価が低くてトラブル続きの俺が見下されるのも当然というわけだな。
「誉め言葉として受け取っておくわね。話はそれだけ?」
「いいや、これからが本題だ。ダンカンに石を渡したのは、あんただよな?」
俺としちゃ、こっちが本命の話題なんだ。
紫の石の話をした途端、アラーナの眉間にしわが寄ったのを、見逃すはずがないだろ。
「……石ころを渡す? 何かの暗喩かしら、それとも罵倒?」
「そのままの意味だよ。あんたはダンカンに紫の石を渡したんだ、本人から聞いたんだから間違いはないと思うんだけどな」
「石ころがどうしたというんだ! お前、何を言っているんだ!?」
「ビバリーさんに難癖をつけるというなら、容赦しないぞ!」
しもべ達は口々に喚きながら、魔力を手や胸元に溜め込む。
そりゃあ、俺は嫌われ者だって自覚してるけど、ちょっと気性が荒すぎやしないか。
「……よしなさい」
そんな連中を諫めたのは、ビバリー本人だ。
「ゴールディング、だったかしら。あなたの妄言に付き合うつもりはないわ。ここでもし、私が先生を呼べば、あなたは今度は生徒指導室に連れていかれるのよ?」
「俺だって騒動を起こすつもりはない。ただ、真実を聞いておきたいだけだ」
しらばっくれようが何だろうが、ここで真相を聞いてやる。
俺が廊下をどかないと察したのか、アラーナは小さく頷いた。
「……宝石をいくつか、彼の入学祝いに渡したわ。見惚れてしまうような紫色の――持っているだけで、力が奥から湧き上がるようなものをね」
やっぱり、アラーナが紫の石をダンカンに、しかも何個も渡してたんだ。
にやりと吊り上がったいやらしい笑みが、その証拠だ。
「ついでに、私が話すことはもうおしまいよ。私はあなたを、これから無視し続けるわ」
「なんだと?」
「あなたはトラブルメーカーだもの。絵本の中の愚かな悪党ならいざ知らず、自分の立場を崩壊させるような厄介者に、わざわざ近づく理由があるかしら?」
そんでもって、こいつは予想外だ。
アラーナは俺が思っているよりもずっとしたたかで、厄介な強キャラだったんだ。
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