竜と彼女の絆
かっと目を見開いたパフは、抑えられているのも構わずに暴れ出す。
「ダメ、振りほどかれちゃう……!」
「テレサがいる限り、心配はございません。魔力の中和にご集中なさってください」
「う、うん!」
それでもソフィーがなんとか竜の顔にしがみつけているのは、テレサが怪力で支えているのと、俺の爆炎神機がパフに馬乗りになっているからだ。
だけど、はっきり言って狂ったように暴れるパフを抑えるのは難しい。
しかももう、反転世界と現実世界の狭間がなくなってるんだ。
「頼むぜ、ソフィー……爆炎神機の腕力でも、長くはもたねえ……!」
このままだと先生達が騒ぎを聞きつけて、すぐにでもやってくる。
歯軋りするほど力を込めて俺が叫ぶと、ソフィーが頷き、パフの手に触れた。
「パフ、聞いて! 私だよ、ソフィーだよ!」
すると、パフの体から湧き上がってきた紫色の魔力が、ソフィーの手を介して彼女の中に入っていく。まるでそれは、毒を吸い取っているかのようだ。
なら、毒を吸い取る側であるソフィーはどうなるか。
「ぐ、う、ああああああっ!」
『ガアアアアアア!』
彼女とパフが悲鳴を上げるのは、ほぼ同時だった。
紫の石の魔力が駆け巡り、ソフィーとパフの肌を焼いているようだ。竜ですら悲鳴を上げる激痛に、並の人間が耐えられるはずがない。
なのにソフィーは、唇から血が出るほど食いしばって、必死に耐え続けてる。
「ごめんね、辛いよね、苦しいよね! でも大丈夫だよ、私が何とかするから!」
大粒の涙を零しながら、焦点の合わないパフの目を見つめて、すぐ近くで声を上げる。
ずっと背負い続けてきた後悔を吐露しながら、親友への想いを叫びながら。
「パフだけを苦しませたりなんてしない、パフがいつも私の代わりに戦ってくれるなら、その苦しみは私も背負う! ソフィー・オライオンとして、パフの親友として!」
爆炎神機の腕がミシミシと音を鳴らし、俺の魔力が限界に近づき、テレサの無表情が苦悶に染まりつつある中、ソフィーがパフの首筋にしがみついた。
「だからパフ、いつものあなたに戻って……!」
ひびのような光が全身に奔り、もう限界かと思った、その時だった。
「……テレサ、石が!」
パフの口から、巨大な紫の石が飛び出してきたんだ。
恐らくだけど、パフの魔力を吸い上げてあそこまで肥大化したんだと思う。そうじゃないと、人間の頭ほどもある石のサイズに説明がつかない。
もっとも、石の光は弱々しくて、今にも尽きそうなほどだ。
「光が弱まっております、これなら破壊も可能かと。ネイト様、許可を――」
だったら、待ってやる理由はない!
「ぶっ壊しちまえ、テレサ!」
「――かしこまりました」
テレサは勢いよくソフィーから離れて、空間魔法で引きずり出した大斧を掲げて――。
「カティム流斧闘術、『隕石穿』」
思い切り石に向かって振り下ろすと、紫の石が砕け散った。
その瞬間、パフとソフィーを苦しめていた光が、パッと消えた。
『ゴ、ガ、ガアアアアー……』
パフのサイズが少しずつ、少しずつ元に戻ってゆくのを見届けながら、俺は爆炎神機を解除した。というか、魔力を使いすぎて、維持がもうほとんどできなかったんだけどな。
鋼と炎が消え去る中心で、俺は肩で息をする。
「はあ、はあ……爆炎神機の維持も限界だったけど、ギリギリなんとかなったな」
「石の方は無事に破壊いたしました。ソフィー様とパフ様の方は……」
だけど、斧をしまったふたりの名前を聞いて、俺は疲れも忘れて顔を上げた。
「ソフィー、パフ!」
石の魔力がふたりを汚染してしまって、手遅れになったんじゃないかと思ったんだ。
途切れた息を整えもせずにパフのもとに駆け寄ると、パフは目を閉じて倒れ込んでいた。
『……ぎゃあう』
――でも、確かに生きていた。
竜のそばにへたり込み、俺に振り向いたソフィーは、泣きすぎて目が腫れていた。
「パフ……よかった、本当によかったよう……!」
そしてもう一度、かけがえのない親友にしがみついて泣いた。
とにもかくにも、ソフィーもパフも、命を落とさずに済んだってわけだ。
「紫の石も、ドラゴンと人間の魔力を一度に汚染するにはキャパシティ不足だったってことか。そこにテレサの一撃が加わって、砕けたわけだな」
「ネイト様、こちらの破片はテレサがお調べいたしましょう」
「ああ、頼むよ――」
灰のようにさらさらと粒となり消える石の中で、なぜかまだ形を保っている破片を、テレサが掴み上げた時だった。
「な、な、なんだねこの騒ぎは!?」
体育館の入り口から、先生が何人もやってきたんだ。
「やっべ……」
ひどい汗が額を伝った。
そうだ、紫の石が創り出した空間はすっかり壊れてて、体育館にはとんでもない被害が出ていた。
壁も、床も、天井も穴だらけで、爆弾で吹っ飛ばしたようなありさまだ。
ソフィーとパフを助けるのに必死すぎて、現実世界に戻ってるのを忘れてた。
そりゃあ、ロボットと竜が大暴れする轟音を聞いたら、先生も駆けつけるよな。
「外出禁止の時間帯に、しかも体育館をこんなに破壊して、一体何をしていたんだ!」
「しかもまたお前か、ゴールディング! 前評判は良くなかったが、やはり……」
「お前達、説明してくれっ! 破壊は確かに青春の一部だが、これはやりすぎだぞっ!?」
心配げなマッコール先生はともかく、頑固そうな先生達が喚き散らす中、俺はどう言い訳をしたものかと思案を巡らせる。
説明したいのはやまやまだけど、話せば彼らもトラブルに巻き込んでしまう。
かといって、怪我をしたソフィーとパフの処置が遅れれば、こっちもどうなるか。
(紫の石のことを話すわけにはいかないし、ソフィーは衰弱して説明どころじゃない! こうなったら、俺が責任を被って、ソフィーとパフだけでも早めに医務室に……)
どうしたものかと俺達が黙っている中、静かに声が上がった。
「――僕がやりました」
後ろからゆっくり歩いてくるダンカンが、そう言ったんだ。
「ダンカン!?」
俺やテレサすら驚くのを見もせず、ダンカンは説明を始める。
「オライオンさんに仕返しをする為に、取り巻きを呼んで魔法で脅そうとしましたが、制御できずに体育館に被害を及ぼしました。その時の衝撃で、彼女と竜が傷つきました。悪いのは全部僕です……彼女と皆に、まずは治療を施してください」
果たして彼の言い分は、ほとんどが嘘だった。
合っているのは仕返しをするところだけで、他はほぼダンカンのでっち上げだ。
それでも、ダンカンがどうしてそんな説明をしたのかを理解できないほど俺は間抜けじゃない。彼は、自らが罪を被って、俺達をかばっているんだ。
さて、こんな説明をされれば、先生達は疑問を抱きつつも頷き合うほかない。
「……そ、そう言うなら……メイジャー君、こっちに来なさい」
ひとりの先生に連れられ、ダンカンは俺を一瞥もせず、とぼとぼと体育館を出て行った。
残ったマッコール先生達はソフィーやパフを担ぎ、なるべく揺らさないように、しかしいそいそとダンカンと逆方向に去ってゆく。
「他の生徒は先生達が運ぼうっ! ゴールディング、熱血的におぶさるんだっ!」
「いや、俺は歩けますんで……うわ汗くさっ」
俺はマッコール先生に背負われ、最後に体育館を出た。
むわっと妙な匂いのする背中の上で脱力しながら、俺はため息をついた。
(……ひとまず一件落着、か)
隣をすたすたとついてくるテレサの足音だけを聞きながら、俺は目を閉じる。
――ソフィー・オライオンを助けられた、確かな安心感と共に。
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