目覚めろ『爆炎神機《プロメテウス》』!
ソフィーは冗談で、自分の命を捨てるなんて言ったわけじゃない。
パフを見捨ててまで長生きするつもりはないと、本気で言っている。
「私、パフが強ければ何の問題もないって、ずっと思ってた。パフと一緒にいればいいって、相棒としていつもそばにいるのが私の役割だって思ってた」
彼女の目が、拳と尻尾で破壊を続けるパフにもう一度向けられる。
「でも、違った。私が弱かったから、私ひとりじゃ何もできないから、パフは紫の石にやられた。それで分かったんだ……パフのために自分が強くなる時は、今なんだって」
「ソフィー様……」
「私がパフに触れれば、魔力を分け合える。もしもパフに何かが起きて、死んだなら……」
拳を震わせるソフィーの声は、悲壮な決意に満ちていた。
「その時は、私も一緒に死ぬ。それが、竜と共に生きるオライオン家のさだめだよ」
俺はひどい勘違いをしていた。
ソフィーは甘やかされて育っただけの貴族令嬢じゃない。いざとなれば自分の身を捨てる覚悟、ノブレスオブリージュの持ち主だ。
何よりパフとの絆を大事にしていたオライオン家の一員として、きっと彼女はどれだけ己の体で払える犠牲を払ってでも――それが命でも、支払ってみせるに違いない。
だけど、だけどダメなんだよ。
「だからネイト君、もしも私がダメだったら、後は任せても――」
ちっとも振り向かないソフィーの声を聞いて、俺はもう耐えられなかった。
「――ソフィー!」
俺は後ろから、彼女を抱きしめた。
「ネイト様……?」
テレサが目を丸くしても関係なかった。
頭の中に、ソフィーが死を迎え入れたバッドエンドのスチルが駆け巡ったんだ。
主人公に助けられなかった彼女が斬られ、撃たれ、無残に死ぬさまを。
そんな死を覚悟して、迎え入れるなんて言われて、俺が黙ってうなずけるはずがない。
「あ、あれれ~? ネイト君からハグなんて、だいたーん……」
俺がとんでもなく恥ずかしいことをしているのは分かってる。
彼女が茶化してるのも分かってるけど、こうでもしないと伝えられない。
「ソフィー、俺が君を守る。そのために、俺はこの学園に来たんだ」
『フュージョンライズ・サーガ』の残酷なバッドエンドを迎えさせない、と誓ったあの日から、俺は最高のハッピーエンドを思い描き続けてきた。
ここでパフが死ぬのも、ソフィーが死ぬのもハッピーエンドなわけがない。
「パフも、ソフィーも、誰も死なせやしない。絶対に約束する」
誰も死なない、死なせない――俺が力を示すのは今なんだって、俺の魂が言ってるから。
「……って、ハグはしなくていいよな! ごめん、つい……!」
そうして俺は、勢いのままソフィーを後ろから抱きしめてるのに気づいて、ばっと離れた。
無言でどたばたと手を振る俺に、やっとソフィーは振り向いてくれた。
「……うん、私も無事にパフを助けるって約束するよ♪」
笑ってた。
これから危険な戦いに身を投じるって分かってるのに、ブロンドの髪よりもずっと明るい、太陽みたいな笑顔を浮かべてた。
自信過剰かもしれないけど、俺への信頼だとするなら、それを裏切るわけにはいかない。裏切る瞬間ってのは、ここにいる全員が死んで、最悪のバッドエンドを迎える時だからな!
「よし、やるぜ! テレサ、ソフィー、俺の近くに来てくれ!」
ぱん、と両手を合わせた俺の隣にふたりが立つ。
みしみしと揺らぎ、ぐらぐらと崩れる世界の中で、俺は吼えた。
「パフ、こっちを見ろっ!」
『ウゥー……?』
俺の声を聞いて、パフは手を止めて視線を俺達の方に向けた。
ほんのわずかな間、巨大な紫の竜は黙っていたけど、文字通り刹那の間だ。
『ギオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
ちっぽけな人間を敵だと認識したパフの怒号が響き渡っただけで、空間が揺れた。
「いいか、ふたりとも! 俺がパフの動きを止める! ソフィーはその間にパフに触れて、紫の石の魔力をどうにかしてくれ! テレサは石の魔力が弱まったら斧で砕くんだ!」
「ネイト様、正面からやり合えばひとたまりもないでしょう」
「いいや、小細工なんか通用しねえ! やるなら真正面しかないッ!」
安心しろよ、俺の融合魔法には奥の手がある。
とんでもなく巨大な竜にすら匹敵する、俺が持ちうる最強クラスの魔法――レベル5同士を組み合わせた、攻城魔導兵器クラスの魔法があるんだ!
「火魔法レベル5! 土魔法レベル5!」
右手を焦がす熱を伴う炎の魔力。
金剛石よりもずっと固い鋼の魔力。
それらふたつを手のひらの間で激突させて、俺は魔法名を叫んだ。
「融合魔法――レベル10! 目覚めろ、『爆炎神機』ッ!」
次の瞬間、目の前が真紅と白銀に染まった。
凄まじい地鳴りと共に、足元から鋼の装甲がせり出して俺達を包んでゆく。
ふわりと宙に浮いた俺達の体を、鋼鉄が支える。それはやがて腕となり、足となり、頭や胴体となり、しろがねの騎士の姿となる。
体育館の床に沈み込むほどの重量の、騎士を模したロボットとでもいうべきか。
その隙間から炎が迸り、目に赤い光が灯き、とうとう鋼の機兵が覚醒した。
『オオオオオオオォォォッ!』
鋼で造られ、炎の魔法で動いて雄叫びを上げる巨大ロボット!
これが俺の融合魔法『爆炎神機』だ!
「……なにこれ、すご……!」
「ネイト様、いつの間にこのような魔法を……」
球状の空洞に立つ俺の後ろで、ソフィーとテレサの驚く声が聞こえる。
「皆が寝静まってから、こっそり特訓してたんだよ」
この巨人は俺の動きをトレースして、その通りに稼働する。
これなら、パフの動きも止められる。
ただし、反転世界の中に限るけどな。こんなのが外で暴れたら、大惨事だ。
「よし、行くぞ! ソフィー、ちょっと荒っぽいのは勘弁してくれ!」
「分かった! 後で私がパフに謝っておくから、遠慮しないで!」
ソフィーにそう言ってもらったなら、思う存分戦えるな。
俺が内側でぐっと拳を握り締めると、機兵を睨んでいだパフが動き出した。
『ギイガアアアッ!』
強烈な爪の一撃を、爆炎神機が受け止める。
ミシミシと強烈な音が鳴り、衝撃だけで体育館のガラスが割れる。床が砕けて、反転世界と元の世界の裂け目が一層大きくなる。
『グオオオオオオッ!』
『ギャシャアアアッ!』
ロボットの拳がパフの顔面に命中すると、竜の尻尾が爆炎神機めがけて振るわれた。
内側にまで衝撃が響いたけど、何とか持ちこたえて、さらにパンチを直撃させる。
「おらあああッ!」
『ギュアアアアア!』
すかさず連撃を叩き込むと、とうとうパフがよろめき、壇上に倒れた。
ロボットと竜の遠慮なしの激闘のせいで、体育館はほとんど形を保ってないけど、気にしてはいられない。
ただ、現実世界と半分以上つながりかかってるのは、気にしないわけにはいかない。
「ソフィー、今だッ!」
俺はパフの両腕を掴み、どうにか動きを止めながら叫んだ。
「……うん! テレサちゃん、お願い!」
「かしこまりました。ソフィー様、テレサから手を離さないように」
スライドドアのように開いた爆炎神機の胸元から、ふたりが一斉に飛び出す。
テレサに抱きかかえられ、首元に落ちたソフィーは這いずるように竜の顔に近寄り、ありったけの大声で叫んだ。
「――パフ!」
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