ダンカンの嗚咽、ソフィーの覚悟
ゲームの中でも戦闘が頻発する第2体育館にソフィーがいるって、俺の勘は当たってた。
ところが、こんな事態はまるで想定できなかった。
「……あれが、パフかよ……!」
少し離れたところでへたりこむソフィーと、今しがた俺がぶん殴ったダンカン、血反吐ぶちまけてぶっ倒れてるあいつの取り巻き。
そして、パフ――を何倍にも大きくして、凶暴なフォルムにした、大怪獣みたいな竜。
ところどころ紫色に光っている部位があるから、何が起きたかはだいたい察せた。
「テレサ、ソフィーの無事を確かめて、こっちまで連れてくるんだ」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げて、テレサがソフィーに駆け寄る。
彼女も怪我してるみたいだけど、あいつらよりもひどくはないな。
「ソフィー様、お怪我はございませんか?」
「わ、私なら大丈夫……でも、パフが変な宝石を取り込んで、あんな姿に……!」
やっぱり、か。
俺が予想していた通り、ダンカンはカフェで揉め事を起こしていた時から紫の石を持ってたんだ。いや、下手をすると入学より前から持ってた可能性すらある。
それを使ってソフィーを痛めつけて、パフに何かをしようとした。
だけど予想外の事態が起きて、石を取り込んだパフが暴走した。こんなとこか。
無理もないよな。俺が進めていたゲームの中盤になっても、石のすべては解明されてなかったんだ。最序盤の小悪党に制御できる代物じゃねえよ。
『ウゥー……』
(こんなの、ゲームの中でも一度も見たことがない。俺がまだ確かめてないイベントが順序を無視して発生してるのか、それとも……)
パフは沈黙しているように、俺達になんか見向きもしてないけど、多分攻撃でもしようものなら空間そのものを破壊するくらいの強さを見せつけてくるはず。
迂闊に動けない中、まずはテレサが無事に、ソフィーをこっちまで運んできてくれた。
「ネイト様。ソフィー様をお連れしました」
「ありがとうな、テレサ。ソフィー、あれはパフで……間違いないな?」
俺が聞くと、ソフィーが力なく頷いた。
「うん……ごめんね、ネイト君……私があの人達に負けなきゃ、パフは……」
「ソフィーが謝ることじゃねえさ。パフをあんなにしたのはダンカンだろ。俺達が気にするべきは、あいつをどうにかして元に戻してやるってことだけだ」
なるべくオブラートに包んだが、どうにかしないと反転した世界どころか、学園でも大惨事が起きるかもしれない。
でも、パフはソフィーの大事な相棒だし、殺すなんてもってのほかだ。
なるべく傷つけずに止める手段を俺が模索してると、ダンカンがやっと声を上げた。
「ご、ゴールディング……なん、で……?」
ずるずると這いずり、こいつが聞きたい内容なんて、最後まで聞かなくても大体分かる。
「何でここが分かったかって? 教えてやる義理はないけど、今回だけ特別だ」
ま、ダンカンからすれば驚きだよな。第三者が紫の石の能力を知るわけがないし。
けど残念ながら、俺は第三者どころか、元ゲームプレイヤーだぜ。
「紫の石でできた空間はな、『紫闇空間』って呼ぶんだよ。同じ空間の中に別世界を創り出すんだが、中で過剰に魔法を使うと空間側が耐え切れずに裂け目ができる……で、俺は外からここを見つけられたってわけだ」
『フュージョンライズ・サーガ』の大きなイベントは、学園内で騒ぎにならないように石が創り出した空間で起きる。で、主人公はその裂け目に飛び込んで問題解決。
そのシステムを知ってるからこそ、俺はここに入ってこられたんだよ。
「な、な、何でそんなに詳しいんだ……!?」
「そういう設定なんだよ。とにかく今は、お前に構ってる余裕はないんだ。黙ってろ」
俺がそっけなく言い放つと、ダンカンはぷるぷると震え始めた。
「……どうして……」
「ん?」
「どうして、どうしてっ! 僕は変われないんだ、うまくいかないんだ!? いじめられたくない、やり返したい、変わりたいって思うのがそんなに悪いことなのか!?」
そして、俺を睨みながら、涙と鼻水まみれの顔で叫んだ。
俺の隣でテレサとソフィーが冷たい目で睨むのも構わずに、ダンカンという男は、己が変わることを許さない環境への怒りを爆発させた。
「子供の頃から地味な見た目と気弱な性格で、ずっといじめられてきた! だから学園じゃあ、見た目も悪く見えるように変えたんだ、ムカつく連中は魔法で従えてやったんだ! なのに……なのに、なんでうまくいかないんだよぅ……!」
叫び声が嗚咽になり、ダンカンはひんひんと喚いた。
こいつはこいつなりに、俺のように運命を良くしようとしたのかもしれない。
努力もしたし、手段も選ばずにあらゆる策に手を出してきたんだろう。
だからこそ、ダンカンのやったこと、やってきたことは許されるもんじゃない。
「……変わらなかったからだろ」
何より、変わったと思い込んでるのはこいつだけだ。
本来のストーリーから、ダンカンの本質はちっとも変わっちゃいないんだ。
「本当に変えないといけないのは、強い心なんだよ。お前はずっと一番大事で、一番難しいものから目を逸らして、弱い心を誤魔化して……変わったのは、見てくれだけだ」
「……うっ……」
「もう一度、自分を見つめてやれ。分かったらどいてろ、危ねえぞ」
「……うぅ……!」
すすり泣きながら、ダンカンは体育館の端まで足早に逃げ出した。
ちょっときつく言いすぎたか。でも、これから起きる戦いに巻き込むよりはましだ。
『ギイイォオオオッ!』
まるでこんな世界にいるのが我慢ならないと言うかのように、パフは体育館の壁に向かって拳を振るい、尻尾で殴りつけた。
間違いない。パフはこの空間を壊して、外の世界で大暴れするつもりだ!
「……ネイト君、パフが取り込んだあの石って、なんなの?」
隣に立つソフィーが、俺に問いかける。
彼女の声は、はきはきしたいつもの調子じゃない。真剣で、鋭い声だ。
「あの石は、持ち主の魔力を無理矢理増幅するアイテムだ。だけど、本当は魔力そのものを汚染してる可能性がある……ありゃダンカン達が考えてるより、ずっと邪悪な石だよ」
魔力ってのは、この世界じゃ体を巡る血液兼神経みたいなものだ。もしもそれを汚して支配できたなら、生物の体を支配するのも造作ない。
今のパフは、仮説が正しいなら、魔力そのものに意識を乗っ取られてるってわけだ。
「どうしてそんなに詳しいの?」
「ちょっと調べ物をしてた、とだけは言っとくよ」
予約者特典の設定集を読んでたのを、勉強と呼ぶなら、だけどな。
しかもネタバレ防止で、最低限の情報しか載ってなかったんだよな、あれ。
「ふーん……とにかく、ネイト君の話が本当なら、私がなんとかできるかも」
特に言及してくれなかったソフィーは、俺とテレサの前に躍り出た。
彼女がきっ、と見据えるパフは、まだ破壊に夢中になってる。体育館の壁や、何もない空間にひびが入ってるところを見るに、もうじき反転した世界は崩れる。
その前にソフィーが言う、パフを止める方法が俺には思い浮かばなかった。
「オライオンの血筋は、召喚した竜と魔力を共有する竜人族の末裔なの。パフと私の中にはつながりがあって、パフから私に、私からパフに魔力の受け渡しもできる」
だけど、ソフィーの血筋の話が出た途端、俺はすべてを察した。
オライオン家の先祖は、竜の特徴を受け継ぐ人――竜人族だって言われてる。
召喚魔法の祖ともいえる存在で、普段はつながりがないけど、人間と召喚獣を魔力でつなげるのは竜人族だけ。オライオン一族にだけ伝わる、不思議な力だ。
だったら、もしも魔力をつなぎ合わせて、どちらかが――。
「……まさか……!」
目を見開く俺に、ソフィーは振り返って言った。
「――パフの紫の魔力を、私が肩代わりするよ」
自身を犠牲にすると、その目が確かに告げていた。
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