開戦!
信じられない話だった。
なのに、『フュージョンライズ・サーガ』のいち登場人物であるネイトの体が、俺の予想を紛れもない真実だと告げていた。
白い髪が逆立ち、心臓がバクバクと嫌な音を鳴らして、現実を教えてくれた。
ネイトの破滅の運命を、腰巾着だったダンカンが背負っている、と。
(俺が悪役じゃなくなったから、ダンカンが代わりに選ばれたのか……なら……!)
このまま物語が何事もなく進行するのなら、俺の役割をおっ被ったダンカンがどうなるかなんて、言うまでもない。
(ダンカンがネイトと同じ立場なら……利用されて、最後は死ぬ!)
こいつは黒幕の手駒になって死ぬ。
誰よりも惨めに、泣きじゃくり、喚き散らしながら死ぬんだ。
「ゴールディング? 何をぼんやりとしているのですか?」
ダンカンの声を聞いて、俺ははっと我に返った。
とにかく、悪役の立場を捨てた俺の責任があるなら、忠告だけはしておいてやらないと。
「……ダンカン、悪いことは言わないからここは退け。後悔するぞ」
「はぁ……どうやら一度、痛い目に遭わないと貴族主義の力が理解できないようですね」
案の定、ダンカンもあいつの取巻きもこの場を離れる様子はない。
むしろ貴族主義の連中の苛立ちを一層募らせるのに、貢献してしまったみたいだ。
「お前達、少し遊んであげなさい」
とうとうダンカンの後ろにいた取り巻きが、利き手に魔力を溜めて俺に近寄ってきた。
「よせ、魔法なんか使えば今度こそシャレにならない事態になるぞ! 他の生徒を巻き込めば退学どころじゃねえ、王都警邏隊だって飛んでくる!」
「いいや、誰も止めません。我関せずが一番安全だと、皆知っているのですよ」
言いたくはないけど、見れば分かる。
心配そうな女子生徒にただ傍観してるだけの男子生徒、悲鳴を上げる子、貴族の強さを見たいと目を輝かせてるやつ。学園の誰が来ても、きっと同じだ。
山ほどいるけど、先生を呼ばない野次馬ばかりだからな。
「それに乱暴なんてしない――僕達は、ただ魔法の見せ合いをして、たまたま不運な事故を起こしてしまうだけなんですからね!」
こうなればもう、こっちも無抵抗とはいかない。
イカレた学園のゲーム世界らしい現実に呆れながら、俺がソフィーの隣で構えた瞬間。
「――おや、こんなところに溝鼠が」
鋭く冷たい声とともに、俺とダンカン達の間に物凄い衝撃が奔った。
カフェ全体が揺らぐほどの勢いで床に叩きつけられ、割れ目に突き刺さっていたのは、俺の身の丈ほどもある大斧、ベノムバイト。
だったら誰がこんな派手な攻撃をしてのけたのかは、明白だ。
「申し訳ございません、ネイト様。駆除に失敗いたしました」
テレサだ。
細い腕に血管を迸らせて、常軌を逸した筋力で斧を振るうテレサだ。
「どうやら先ほどから、主に向かって唾をまき散らす害獣がうろついているようですので。少しの間お待ちください、テレサがしっかりと処分し、庭に捨ててまいります」
ああ、こりゃまずい。
ソフィーといた時より、どんな時よりずっと、テレサが無表情でキレてるぞ。
「害獣……まさか、僕達のことか? メイド風情が、僕達を害獣と?」
「近頃の鼠は人の言葉を発するのですね。テレサ、驚きでございます」
「な、ナメやがってっ!」
「公爵家のメイドだろうが、魔導学園じゃあボコボコにされたって文句は言えないぞ! よその家の長男に盾突いたなら、なおさらだ!」
ダンカンのしもべがぴーぴー喚いてるが、そりゃこっちも同じ理屈だ。
「だったら俺からも言わせてもらうぜ。うちのメイドに少しでも触れてみろ、入学初日から王都の医療所のベッドに叩き込んでやるぞ」
テレサの前に立つ俺に、もう容赦してやる気持ちはひとつもない。
悪事を働かせない手段は説得だけじゃない――恐怖で改心させるってのも、ありだろ。
「自分で言うのもなんだけど、俺はかなり強いぞ。特に、俺の命よりずっと大事な人が危ない目に遭いそうなときにはな」
俺がはっきりそう言ってやると、後ろから「はひゅ」とか変な声が聞こえた。
「……ネイト様。テレサが、命より大事でございますか」
「そりゃそうだろ? どうしたんだよ、急におかしな声出すなよな」
「も、申し訳ありません。ですがネイト様、まずはあなた様のお命を最優先にお考え下さいませ。テレサはネイト様にそう想っていただけるだけで夜も眠れないほど喜びに満ちますがメイドとして主の命以上に大事なものはございませんのでご理解くださいますよう」
「どうしたどうした、なんだその早口は」
暴走するテレサの話を軽く聞き流していると、ダンカンが鼻で笑った。
「ははは、これはおかしな冗談ですね。メイド如きが、主である自分より大事だと?」
「当たり前だろ。理解しなくていいぞ、するだけの脳みそもないだろうからな」
俺が挑発すると、ダンカンの嘲るような顔つきに怒りが満ちた。
自分は人に好き勝手言うくせに、言われるとキレるなんてのは都合がよすぎるな。
「……ここでちんたらと話すのも、時間の無駄でしょう。マッコール先生がここに来ても厄介ですし、本来の目的を果たすべく、ここは決闘といきましょうか?」
『決闘』。
ダンカンが口にした途端、辺りが一層ざわめいた。
「魔導士の決闘……まさか貴族が、知らないはずはないですよね?」
知ってるさ。ゲームシステムとして、だけどな。
ゲーム内じゃあ経験値をゲットするために生徒同士で戦う『魔法訓練』と同様の戦闘に入る前のシステムのひとつで、こっちはゲームオーバーに直結するイベントのようなものだ。
この世界にももちろん導入されていて、魔法学園じゃあ「なにかあったら決闘なり魔法のぶつけ合いなりで解決しろ」なんて言われてるとか、いないとか。
……いや、今更ながらかなり物騒だな。
理屈としては分かるが、いきなり決闘なんて普通に考えてかなりおかしいだろ。
まるで、自分に都合のいいように話を無理矢理矯正してるみたいだ。
「言うことをコロコロ変えやがって……」
「魔法の見せ合いによる事故なら、罰則がありえます。しかし、そこのメイドが攻撃を仕掛けて来たなら、こちらは決闘として受けましょう。双方合意のもと、参ったと言うまで魔法をぶつける決闘です。立会人は必要ないですね?」
「まるでこっちが、先に危害を加えたみたいな言い方だな」
「勝者が結果を決めるのですよ」
どれほどの実力者かは知らないが、ダンカンは負ける未来なんて微塵も想像してない。
「そちらはテレサとソフィーを含めて3人。こちらは……おや、たまたま僕に従う生徒が4人いますので、5人でどうでしょうか?」
――そしてこいつは、この期に及んで、まだ言うのか。
「……いい加減にしろよ」
俺はもう、ダンカンとまともに話してやる気はなかった。
並び立つソフィー、パフ、テレサも同じだ。
「魔法の見せ合いでも決闘でも、どっちでもいい。やるなら外に出るぞ」
「決めるのはこちらですよ」
「周りに迷惑がかかるだろ」
「決めるのは! こっちだと! 言っているでしょう!」
喚き散らすダンカンの後ろから、4人の男子生徒がずんずんと近寄ってくる。
「そら、決闘はもう始まっていますよ! ぼんやりしていたら、魔法で顔を焼き……」
ていを成していない決闘。
宣言よりも先に炎属性の魔法を使おうとした連中。
痛い目に遭わないと分からないなら、骨の髄まで理解させてやる。
「――やるぞ」
「はい」
「うんっ!」
『ぎゃう!』
俺の一言をきっかけに、もう十分我慢した方だと言わんばかりに――。
「竜魔法! 『ているくらっしゅ』っ!」
ソフィーの指示を受けたパフの尻尾。
「カティム流斧闘術、『彗星打』」
テレサの斧による殴打。
「融合魔法――『電風拳』!」
そして風と雷をまとった俺の拳が、見事に生徒の体を『く』の字に曲げ。
「「「――ごっぎゃあああああああーッ!?」」」
敵を一撃で、窓からカフェの外に叩き出した。
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