いざ、トライスフィア魔導学園へ
ゴールディング公爵領地から王都アルページュまで、馬車で二日ほど。
他の貴族の領地よりもずっと人の行き交いが多い王都の目抜き通りを、俺――ネイト・ヴィクター・ゴールディングを乗せた馬車がパカパカと駆けてゆく。
どこまでも続く白い石畳の道の端には、露店に家屋に、とにかく何でもある。
ついでに馬車の窓から南側を見れば、天にも届きそうな巨大な王宮。
半年ほど特訓に明け暮れて、ろくに市街地に行かなかった俺にとっては、少し珍しく見える光景だ。
「……今更だけどさ」
ただ、俺にとって一番大事なのはそこじゃない。
青と白を基調にした制服の首元が、少し窮屈なところでもない。
「――テレサもついてくるんだよなぁ……」
俺の向かい側の座席にちょこんと腰かけるテレサの存在だ。
というのも、彼女はゴールディング家の屋敷でお留守番というわけではなく、大歓声とともに俺を見送ってくれた召使いに紛れてるわけでもなく、俺と一緒に学園に行くんだ。
「テレサがついてくると、何かお困りでしょうか」
「いや、困るどころかありがたいよ。こっちの話だから、気にしないでくれ」
きょとんとしているテレサのリアクションの方が、本来普通なんだよな。
(そうだった、ストーリー通りならテレサもついてきて当然だよな。それをすっかり忘れて、俺ってば今生の別れみたいにテレサに甘えて……)
ドミニクと話をした日の夜、結局俺は眠るまでテレサと話をした。
まるで恋人同士みたいに、出会った日の思い出とか、訓練の思い出とか。
次の日、目が覚めた俺の眼前にはテレサがいた。寝顔を堪能させてもらった、なんて言われても、しばらく会わないのなら仕方ないなんて思ってたんだ。
バカな俺は、学園についてくるのを完全にど忘れしてたわけだな。
ストーリー通りに進んでいる展開という点なら安心できるけど、それはそれだ。
(ああ、今思い出しても、顔から火が出そうだ……!)
何日も前のことが頭に浮かんで悶絶する俺なんてまるで気にせず、テレサは窓の外の光景を指さしていた。
「ネイト様、もうじきトライスフィア魔導学園でございます」
テレサの声で顔を上げると、窓の外の風景はすっかり変わっていた。
さっきまでの騒がしさはそのままに、馬車は広い濠にかけられた跳ね橋を渡り、長大な壁の向こう側へと入っていくんだ。
その中にいるのは老若男女じゃなく、俺と同じ年代の男女ばかりだった。
思わず窓を開けて身を乗り出してみると、少し離れたところに真っ白で、屋根が赤く、信じられないほど大きな建物が見えた――あれが、トライスフィア魔導学園だ。
そして濠の内側はすべて、魔導学園を運営するための施設。
つまり王都の中には、学園を運営するためのもうひとつの都市があるんだ。
「……すっげー……」
西洋ファンタジーの中に、どこか近代らしさを感じる世界。
まさしくゲームの中の光景を目の当たりにして、俺の心臓が高鳴った。
「素晴らしい場所ですね。甘味処に料亭、大衆食堂に酒場もあります」
「食べ物ばっかりじゃねーか」
ハハハと笑いながら、俺は馬車の中に戻る。
テレサを茶化しはしたけど、きっと俺の方が何百倍もテンションは上がってるんだ。なんせ、小説やゲームの中でしか体験したことのないファンタジーの空間を、これから嫌ってほど体感できるんだからな。
とはいえ、忘れちゃいけない物事もある。
(おっと、喜んでばっかりもいられないな。ここにはもう、黒幕の野郎がいるはずだ)
そうだ。ここがトライスフィア魔導学園なら、もうゲームの黒幕がいてもおかしくない。そうでないにしても、いずれこの学園が戦いの場になるんだ。
ヒロインも、テレサも、俺が何もかも守らないとな。
(このために半年間、死ぬ気で特訓してきたんだ。やってやろうぜ、ネイト!)
俺が腹の奥で気合を入れ直すと、馬車が止まった。
「ネイト様、到着いたしました」
「みたいだな」
馬車を下りた俺は、芝生を靴底で踏む感覚にすら楽しさを覚える。
右を見ても左を見ても、トライスフィア魔導学園の生徒ばかり。
誰もがピカピカの靴と制服で、これから魔法を学んで一流の魔導士(このゲームでは魔法使いをそう呼ぶ)になるんだって気概に溢れてるんだ。
他には黒いローブをまとってる魔法の先生や、テレサのように生徒に付き従うメイド、売店を営む商人らしい人もいる。
だけど、当然っちゃ当然だが――いかにも怪しいやつ、なんてのはいない。
まあ、今日は入学初日だし、気を張り詰めすぎるのもよくないか。
「テレサ、入学式はもうすぐだっけ?」
「はい。ここから見えます大講堂で、あと1時間ほどで始まります。まだ余裕はありますし、興味がおありでしたら、少し学園を見学なされますか?」
「うーん、それもいいな」
高校の入学式みたいな雰囲気を懐かしみながら、俺は辺りをぐるりと見まわす。
創立からもう200年は経ってる建物なのに、無属性の建築魔法で常にメンテナンスされてるって設定だけあって、どこもかしこも新品そのものだ。
ゲームのグラフィックも、何十年かかければこれくらい進歩するのかな。
「……くん……」
そんな風にぼんやり考える俺の耳に、なんだか遠くから声が聞こえてきた。
俺を呼ぶ声だろうか。
はて、ここにはまだ、俺を知ってるやつはいないはずだけど。
「……ト……くーん」
テレサも、他の生徒達も何かに気付いたようだ。
俺も声がすっかり判別できるようになって、やっと、どたどたと芝生を踏みしめて猛ダッシュしてくる足音が聞こえてくるのが分かった。
どうやらそれは、俺の後ろから迫ってくるようだ。
誰だろうか、なんてのんきに思いながら、俺はくるりと振り向いた。
「――ネイトくーんっ!」
途端に、俺の腹に何かが激突した。
「おごぁっ!?」
いくら鍛えてるっていっても、いきなりみぞおちに大きな物体が激突すれば、俺が苦悶に顔を歪めるのも当然だ。
「だ、だ、誰だよ……!」
がくがく震える足を抑えながら、俺はまだ腹回りにしがみついている何かを見た。
見ず知らずの迷惑野郎なら、一発げんこつを叩き込んでやるつもりでもいた。
だけど、俺は拳を振り上げなかった。
いたずらっ子のような顔で見上げる少女を、俺は知っていたからだ。
「えへへ……来ちゃった♪」
「ソフィー!?」
俺にひっついているその子は――ソフィー・オライオンだった。
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