魔法学園、入学前夜
オライオン侯爵家での舞踏会の一件から、さらに2か月が経った。
俺はソフィーとの出会いをばねにして、一層鍛錬に励んだ。
貴族の世界ってのは、思ってるよりもずっと危険だ。親が恨みを持たれていたら、その子供に危険が迫るし、ましてやこれから向かうのは悪の巣窟なんだから。
主人公がいない世界と考えただけで、俺の覚悟というか、気持ちはずっと引き締まる。
「テレサ、もっと、もっとだ!」
「一度休憩を挟みましょう、ネイト様。焦ってはなりません」
大斧を担いだテレサに諭されて、やっと俺は休憩を選んだ。
だけど、その後にはすぐ訓練を再開した。兵士がすっかりへばっても、メイド達が「魔力不足でーす」なんて言ってさっさと帰っても、俺は融合魔法を発動し続けた。
ここまで追い込むのには、もちろん理由がある。
もう数日ほどで、俺はトライスフィア魔導学園に出発するからだ。
ここでできることをひとつでもサボって、その末にヒロインが死んでしまったら、俺はきっと一生悔やんでも悔やみきれない。
転生という機会を得たんだから、俺は限界まで自分を高めたい一心だった。
「……ネイト様、まだお続けに?」
とうとうテレサも魔力を消耗しきったようで、いつもの無表情に汗が垂れていた。
俺もあまり魔力量が多くないから、実を言うと相当へとへとだ。
こんな時に、ステータス画面で体力をチェックできればいいんだけど、相変わらず浮かんでいるのは名前と魔法しか表示しない、役立たずの画面。
しかもテレサには見えていない――だったらなおさら、数字を知りたいんだが。
「魔法の長時間維持が、今日の訓練の目的だからな。テレサは先に戻っててくれ、もうちょっとしたら俺も部屋に戻るからさ」
「ですが……」
「気持ちだけ受け取っとくよ、テレサ……ああ、だったら、寝る前にホットミルクを準備してくれると嬉しいな。あれ1杯で、ぐっすり眠れるんだ」
俺がそう言うと、テレサが小さく頷いた。
「……かしこまりました」
ちょっぴり納得していないながらも、背を向けて屋敷に歩いてゆくテレサの後ろ姿を眺めて、少し悪いことをしたかな、と俺は思う。
でも、ここが俺の追込み時だ。
もっと強い融合魔法は、頭の中にいくらでも浮かんでくる。
それを形にして、強大な敵を倒せるだけの力にしておかないと。
「火魔法レベル4、水魔法レベル5……」
レベル5。俺が今、発動できる属性魔法の最大値。
これをコントロールした融合魔法を、俺が発動しようとした時だった。
「随分と精が出るな、ネイト」
不意に、ドミニクの声が聞こえた。
振り返ってみると、いつの間にか彼が、俺の正面に立っていた。
「ドム! 何してるんだよ、そんなところで!」
「それは私のセリフだ。もう使用人達も寝る時間だぞ」
ドミニクがすたすたと俺のところに歩いてきて、手のひらをぽん、と叩くと、たちまち俺の魔力は霧散していった。
レベル5クラスの魔法を制御するには、まだ集中力が足りないみたいだ。
はあ、とため息をつく俺の額を、ドミニクは軽く小突いた。
「何を焦っているかは知らんが、入学式の前に過労で倒れたら本末転倒だぞ。せっかくの晴れ舞台を屋敷のベッドで迎えたいのなら、好きにするといい」
「そんなつもりはないけど……まだ、強くなれると思ってるから。こんなところで止まってる場合じゃないんだ」
「半年前からそうだったな。お前は何かに駆り立てられるように、いきなり力を欲した」
俺の周りをうろうろと歩きながら、ドミニクが話を続ける。
「お前を変えたものはなんだ? ただ見返したい、だけではないのだろう?」
じっとドミニクに見つめられて、俺は言葉を詰まらせた。
今ここで、俺がゲームの外から転生してきた人間で、バッドエンドを迎える人を全員助けるために戦う力を身に着けようとしていると言えれば、どれほど楽か。
ただ、その一言だけで何かが変わる可能性は十分にある。
良い方向ならまだしも、最悪の方向に舵取りされるかもしれないんだ。
「…………」
だから俺は、何も言えずにいた。
わずかな沈黙の後に、ドミニクが先に口を開いた。
「……私がもし、この国そのものに暗雲が立ち込めていると勘付いていて、それを変えようとしていると聞いたら驚くか?」
「えっ?」
「多くは話してやれんが、ミトガルド王国には今、何かが起きている。魔物の数が急激に増え、犯罪者の脱獄も多くなり、国王や領地を統べる者に反旗を翻す連中が現れつつある。国そのものが、混迷に向かおうとしている」
淡々と話すドミニクの目には、いつになく燃えるような意志が宿っていた。
「王国や他の領地をどうこうしてやるつもりはないが、私の領土だけは話が別だ。こんな時までのんきに方々をふらついているあの両親に、この土地の民を守れるはずがない」
「ドム……」
「ネイト、お前にだけは話しておく。私は神聖騎士団の外部顧問となり、さらなる権力を得る。そしてもっと強い力を手に入れる……領地の民に安寧を与えるに足る、力をな」
神妙な顔つきのドミニクから、俺は目を離せなかった。
神聖騎士団は、国の治安を守る最大の組織だ。少し前からスカウトされてたのは知ってたけど、領土の安全を条件に、提案を呑んだみたいだな。
領土の安全を守ることを考えているのはとても素晴らしいことだけど、俺にとってはそんな意志そのものが不安材料だった。
だって、ドミニクが黒幕に操られる理由は、その気持ちを利用されたからなんだ。
物語の中盤、ちょっとした事情で学園に来たドミニクは、何者かと交渉する。彼は言葉巧みな挑発に乗ってしまい、黒幕の操り人形になってしまう。
普段のドミニクを知っていれば、簡単に騙されるはずがないとは思うけど、きっと何か怪しい魔法を使われてしまうんだ。
そして彼は、感情を制御できなくなり、暴走して――死ぬ。
最期まで領地の人々を愛しながら、灰になって死んでしまう。
そんな結末を知っているからこそ、俺はつい口を開いた。
「ドム、俺は……」
だけど、俺の声は遮られた。
「――ネイト、私はどんな風に死ぬ?」
すべてを見透かすような、ドミニクの一言で。
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