ヒロインを救出せよ!
バカみたいに追いかけるより、俺にはうってつけの手段がある。
「ちょっと乱暴な手段を使わせてもらうぜ! 水魔法レベル2、土魔法レベル3、融合魔法――」
青色と鈍色の魔力を手にまとわせた俺は、地面に手のひらを勢い良く叩きつけた。
「レベル5、『濁流大蛇』!」
その瞬間、地面から飛び出した泥の大蛇が、馬車に向かって突進した。
直径だけでそこらの木々ほどもある蛇は、槍の如く牙をむいて突進したかと思うと、馬車の車輪を見事に叩き潰した。
「うわあああああっ!?」
馬車が転げて、馬はいなないてどこかへと走り去ってしまう。
よかった、馬は傷つけたくなかったんだよ。犬とか猫とかが死ぬ映画は観れないからな。
「ぐ、うう……」
「この野郎、よくも……!」
さて、悪党がぞろぞろと這い出てきたな。
敵の数は合わせて4人、そのうちひとりはソフィーを引きずりながら、彼女のすぐ胸元にナイフを近づけている。
人質なんて、古臭くてダサい手段を取るもんだ。
「お、おい! どこの誰だか知らねえが、近寄るなよ!」
「ちょっとでも動いてみろ、オライオンのガキの心臓をひと突きにしてやる! 分かったらさっさとどこかに消えやがれ!」
魔法よりも手にした武器を脅迫の道具にしたってことは、魔法が使えないんだな。
「お前らこそ、ソフィーを解放しろ。そうすりゃ、痛い目には遭わなくて済むぞ」
「何を、何を言ってやがる!」
「投降するのか、しないのか、どっちなんだ?」
猶予は与えてやったつもりだが、さあ、どう答えるか。
「……ふざけんじゃねえ! こうなりゃここで、憎いオライオンに復讐してやるッ!」
なるほど、ソフィーの胸にナイフを突き立てようとするのが答えか。
だったら残念だけど、俺もやるべきことをやらせてもらう。
「じゃあ、こっちも容赦はしねえぞ!」
俺が指をくいっと上げると、地面の中に潜んでいた4匹の泥の大蛇が鎌首をもたげて、誘拐犯達の腕に食らいついた。
「「ぎゃあああああッ!?」」
4人同時に素っ頓狂な悲鳴を上げて、彼らは激痛に悶え苦しみながら持ち上げられる。
蛇がさっきの攻撃でいなくなったと高をくくったみたいだけど、そんなわけがない。
こいつらがふざけた行為に走る前に確実に仕留めるべく、こっそり地面の中に潜ませたんだが、想像以上に効果があったな!
「うわああああ!?」
「こ、こいつ、巻き付いて……息が……!」
大蛇が腕をへし折りながら、4人に巻き付いて体を締めあげてゆく。
言っておくが、この『濁流大蛇』は泥のように柔軟だけど、攻撃をほとんど吸収するんだ。しかも攻撃する時に限っては、ゴムのように硬くなる。
つまりどういうことかって?
あいつらが振り回すナイフや斧なんかじゃ、蛇は倒せないってことだよ。
「ごぼぼぼぼ……」
「ぶくぶくぶく……」
あまり時間も経たないうちに、悪党どもは皆泡を吹いて気を失った。
武器を落として、完全に抵抗しなくなったのを見てから、俺は指パッチンで魔法を解く。
「ふう、大したことはなかったな。と、それよりも……」
大蛇がすべて土に戻ったのを確かめながら、俺は倒れてるソフィーに駆け寄って、彼女を静かに抱きかかえた。
見たところ怪我はなさそうだし、毒を盛られた様子もない。
というか、奴隷商に売り飛ばそうって画策してたやつらが傷をつけるわけもないか。
「……ん……」
そんなことを考えてると、ソフィーがゆっくり目を開けそうになった。
(……まずい)
普通なら大丈夫かって声をかけたり、自分が助けたんだってアピールしたりするんだろうけど、俺の場合はそうはいかない。
なんせこっちは、世間的に見ればドミニクのケツにくっついてるダメな次男坊だ。下手をすれば、「お前がソフィーの誘拐に関わってるんじゃないか」って疑われかねない。
何より、俺の役割はヒロインをハッピーエンドに導く裏方だ。
主人公がいないなら、恋愛フラグなんてのは他のもっとイケてるやつに任せるさ。
「……あ、の……わた……し……」
「しーっ、静かに。屋敷から人が来るはずだから、それまでじっとしてな」
「……あな、た……」
まだソフィーは何かを言いたがってたけど、俺は彼女を馬車のそばに寝かせた。
ついでに誘拐犯は、土魔法でできた泥の縄でしっかりと縛っておいた。泥と侮るなかれ、芯は岩だから並大抵の力じゃあ引きちぎるどころか、身動きひとつ取れないさ。
「俺のことは、誰にも言わないでくれよ……無事でよかった」
ほんのちょっぴり本音を織り交ぜて、俺はさっと屋敷に駆け戻る。
なるべく人に見られないように、さも少し席を外しただけに見えるように。
屋敷の壁に沿うように来た道を戻ってゆくと、ソフィーがいないのに誰もが気づき始めたのか、どたばたと使用人達が慌てた様子で俺のそばを駆け抜けていった。
「何をしていたんだ、ネイト」
そして彼ら、彼女らの奥から、ドミニクが歩いてくるのが見えた。
「ドム! そっちこそ、なんだか騒がしくないか?」
「ソフィー・オライオンの世話人が気を失っているのが見つかって、当の本人の姿が見当たらない。私としては、その情報が出回る直前に、いきなりお前が飛び出して行ってしまった方が気になるがな」
「うっ……」
ドミニクの目線が、俺の心臓に突き刺さる。
多分、俺の兄は知っている。俺がその事件に、深くかかわってると。
「あ、あー……説明はするからさ、ひとまず今日はもう帰らないか?」
「……ふむ、いいだろう。私も役目は果たしたからな」
あれ、案外あっさり提案を呑んでくれた?
「代わりに、馬車の中で全部話してもらおうか。お前がどうやって、オライオン侯爵家の令嬢を窮地から救ったのかをな」
刹那、俺の心臓が絶対零度まで冷え切った。
なんでドミニクが、俺がソフィーを助けたのを知ってるんだ!
「な、ちょ、ええっ!?」
うろたえる俺の前で、ドミニクは鼻を鳴らして笑った。
「ネイト、もう少し平静を保つ練習でもしておけ。秘密が簡単にばれる前にな」
「……あっ」
なるほど、俺はまんまとカマをかけられたわけだ。
ドミニクめ、俺が秘密を抱えてることそのものを楽しんでやがるな。
「い、言っとくけど、全部は話せないからな! 俺だって言えない秘密とか、思春期のあれとか、色々あってだな……」
「フン、分かっている。お前が使った魔法と、キメ台詞だけ聞かせてくれればいいさ」
「……ったくよーっ!」
結局俺は、馬車に戻るまでの間に、ドミニクにこっそりと俺がやったことを一切合切喋る羽目になってしまった。
こうして俺は、ソフィーとの思い出を胸にオライオン侯爵の屋敷を去った。
――超ド級のフラグを立ててしまったことなんて、ちっとも気づかずに。
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