思い出した物語
ソフィーとの楽しい時間は、あっという間に過ぎた。
ダンスは苦手だ、なんて言っていた自分がまだ踊っていたいと思えるほど、ソフィーと一緒に居る間は幸せそのものだったんだ。
「……曲、終わっちゃったね」
演奏の区切りがつけば、別の人のところに行く合図。
ソフィーがちょっぴり名残惜しそうに見えるのは、俺の自信過剰かも。
「でも、楽しかった! キミと踊るのは、今までで一番楽しかったよ!」
「そう言ってもらえるとありがたいな。俺も、ソフィーと踊るのは楽しかった」
なんだか嬉しくなって、どちらでもなく歯を見せて笑うと、ソフィーの目が俺の後ろに向いてるのが分かった。
「あ、ばあや……」
きっと、使用人に呼ばれてるんだろう。
彼女は太陽みたいな明るい顔で、最後に俺の手をぎゅっと握ってくれた。
「ごめんね、ばあやが私を呼んでるみたい! ちょっと行ってくるね!」
そうして俺の横を通り過ぎて、広間の外へと出て行った。
再び一人ぼっちになった俺は熱に浮かされたように、ぼんやりとしたまま広間の端に行くと、そのままソフィーが出て行ったのとは別の出入り口からバルコニーに出た。
バルコニーにはほかにも貴族の面々がいて、テーブルの上のビスケットを食べたり、令嬢を口説いたりしてる。
その雰囲気から離れるように、俺は手すりにもたれかかり、小さくため息をついた。
俺みたいな悪役貴族がゲームのメインヒロインと踊れるなんて、まだ夢を見てる気分だ。
「あのオライオン侯爵の一人娘とダンスとは、お前も隅に置けないな」
ぼんやりと星空を見上げる俺の肩に手をかけたのは、ドミニクだ。
「ドム……」
「あのソフィーは、良く言えば天真爛漫、悪く言えばじゃじゃ馬娘だ。私の勘だが、貴族らしくないお前に惹かれたというわけかもな、ククク」
「それって、褒めてんのかよ?」
「もちろんだとも、素直に受け取っていい」
俺とドミニクは並んで星を見上げる。
ずっと教師と生徒、みたいな関係だと思ってたけど、こうしてると兄弟なんだなって実感できるよ。
「4か月で随分変わったな。運よく、世間はそれにまったく気づいていないようだがな」
「運がいいって、どうして?」
「有能であるというのは考えものだぞ。今日みたいに、どことも知れん女との踊りに延々と付き合わされる私を見れば分かるだろう」
「自慢はやめろっての」
自分は有能でモテてますってアピールなんかされて、面倒な顔をしない男がいるかよ。
「まあ、お前にもいずれ分かる時が来る」
ドミニクはもう一度俺の肩を叩いた。
いつものクールでニヒルな長男じゃなくて、本当にアニキ、って感じの雰囲気だ。
「ここに来たのも、お前にとってはきっといい経験だ。世間の自分に対する評価を再確認すれば、あれだけの力を手に入れても驕り高ぶったりはしないだろう?」
「自分に逆らわないように、ってか? 首を取られないかビビってるのかよ、らしくないぜ」
「首を取りに来るなら大歓迎だ。私はいつでもお前の挑戦を受けるぞ」
自信家のようにも聞こえるけど、ドミニクの実力は確かだ。
融合魔法なんてチート魔法を持っていながら、俺はドミニクの無属性魔法『反射魔法』に一度だって勝てなかった。
だけど、ずっと負けてやるつもりなんてない。
ドミニクに勝てるくらい強くなれば、ヒロイン達をもっと確実に守れる――。
「……ん?」
ふと、守るんだって意識が強くなった時、俺の頭にゲームのストーリーがよぎった。
今まではオライオン侯爵家の舞踏会で、ソフィーと会えるかもしれないって気分ですっかり浮かれていたから忘れてたけど、確かここでもイベントがあったはずだ。
ノアが舞踏会に誘われて、ソフィーを見る。
見るだけで踊ってなかったけど、ノアは両親から彼女の名前を聞いて、ここで初めてプレイヤーはソフィーの存在を知るんだよな。
(それで……ノアは人に酔って、今の俺みたいにバルコニーに来るんだ)
ゲームの中の景色が、今この瞬間のように鮮明に頭に思い浮かぶ。
ちょうど今、俺が立っているところが、ノアの立っていた場所だ。
そうしてノアはちょっと疲れてしまって、手すりにもたれかかって、今みたいに真下の庭から少し離れた木々の隙間に目をやったんだよ。
誰もいない、灯りのひとつもない暗闇の中を見つめた。
(ここでトラブルが起きた気がする。そうだ、戦闘シーンがあるくらいの……)
俺もノアの真似をするように、視線を下にずらした。
誰も見やしない闇の奥を見つめるように、目を動かした――。
「――あ」
――そして、見つけてしまった。
ぐったりとしたソフィーを馬車に担ぎ込む男達を。
(……おい)
思い出した。
舞踏会にはオライオン家に恨みを持つ連中が名前と顔を隠して紛れていて、ソフィーをさらおうとしてるんだ。
彼女のばあやに変装して、ソフィーを魔法で寝かせて連れ去るつもりだ!
そしてノアは偶然現場を見て彼女を助けるんだけど――ここに、ノアはいない!
「おいおいおい、そりゃマズいだろっ!」
思考が脊髄を走り抜けるよりも先に、俺はバルコニーを飛び出した。
「ネイト、どこに行くんだ!」
ドミニクの声が後ろから聞こえてきても、俺は止まらない。
ノアがいないなら、このまま放っておくとソフィーがどこかに連れ去られてしまう。
その前に、何としても助けないと!
(そうだ、何で俺は忘れてたんだ! オライオン侯爵家の屋敷は、魔導学園に入学する前の最大のイベントが起きる場所だろ!?)
4か月の間に魔法の知識を詰め込んだせいで、大事なイベントがすっぽり頭から抜け落ちてしまったって言うなら、俺は相当な大マヌケだぞ!
(クソっ! 反省は後だ、とにかく今はソフィーを助けに行かないと!)
召使い達の間をすり抜けて、ぶつかった貴族のおじさん達に謝りながら、俺は駆けてゆく。
オライオン家に来たのはこの姿だと初めてなんだが、ゲームの中じゃあ「グラフィックがいいねえ」なんて言いながらうろついてたからよく分かる。
幸いにも、裏口への道筋もゲームの通りで、そう遠くない。
階段を下り、調理場やいくつもの客室を通り過ぎて、廊下をひた走る。
そして一番奥の外に繋がる扉を乱暴に開いて、林の中をダッシュしていくと、視界の中に木々や雑草以外のものが飛び込んできた。
(……いた!)
整備されているなんてお世辞にも言えないほど乱雑に拓いた道を、なんだかひどく焦った調子でどこどこと走る馬車だ。
間違いない、あれがソフィーをさらった奴らだな。
「待て、お前ら!」
俺が声を張り上げると、馬車が一層早く動き出した。
「おい、誰かが来たぞ!」
「急げ、急げ! 奴隷商のところまで行けばこっちのもんだ!」
おまけに、こっちまで誘拐犯の声が聞こえてきやがる。
奴隷商にソフィーを売り飛ばすなんてふざけた計画を実行するつもりなら、交渉はやめだな!
逃げようとしたのを後悔するくらい、乱暴なやり方で止めるだけだ!
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