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休憩時間を知らせる鐘の音が鳴る昼時。
今日も食事処はギルドの職員と冒険者が大勢混み合い賑わっていた。
その分、毎度のことながら厨房で働く従業員達は今日も忙しい仕事に追われていた。
「おいカノウ! A定食とC定食の材料切っといてくれ!」
「分かりました!」
「悪いカノウ! それが終わったらホールに出て食器の回収と席の掃除お願い!」
「はい! 分かりました!」
「カノウッ! そろそろ洗い場見てきてやれ! 坊が泣き始める時間だ!!」
「おまかせください!!」
そんな中、従業員の指示をいつも以上のスピードと的確な動きで仕事をこなすカノウに同僚達は怪訝な眼で眺めていた。
「どうしたんだアイツ? 昨日とは真逆で俊敏な動きをするじゃないか。 お前何か知ってるのか?」
声をかけられたのは今も忙しく大きなフライパンを振って料理を作っているカノウの先輩だ。
「ん? あぁ、なんでも昨日振られたと思っていた相手から告白の返事をOKが貰えたんだと」
「なんだって?! はぁ・・あのカノウがな~」
同僚は何処か遠い目をして満面な笑みを浮かべて洗い場へと入って行ったカノウを視線で追う。
「あのカノウがあそこまで惚れこむなんて、一体どんな女なんだろうな?」
「それが何でもう噂の泉の妖精らしいぞ」
「え?! あの泉の?! ただの噂じゃなかったのか?!!」
「どうやらそうらしい。 告白の返事をもらった際に坊の奴も妖精サンを見たらしい」
「はぁ~~~~なるほどな~~。 それならあのカノウが惚れこむのも納得がいくな~」
そんな2人が話し込んでいる間にも厨房に寄せられる注文は更にスピードが上がってくる。
「おい、そろそろボサッとしてないで働け」
「アイアイ。 それにしてもそっか~。 泉の妖精の噂は本当だったのか~」
同僚は手渡された注文票を見て次に早い料理を作る準備をする。
「じゃああの噂も本当なのかな? 勇者の正体が魔王っていう」
「・・・」
◇ ◆ ◇ ◆
「お疲れ様でした!」
「でした~」
今日もいつも通りの夜まで仕事を終えたカノウは、いつも以上に軽やかな動きで店を後にした。
その仕事を終えても元気な様子を見せるカノウの背後には口から魂が抜け出そうになるほどの疲れを見せた坊がフラフラとした足取りでついていく。
「なんだよどうしたんだ坊? いつも以上に酷い顔だぞ?」
「そういう君はなんでそんなに元気なんだよ~」
「毎日ランニングしている成果だな!」
出勤した時間からこのテンションである。
いつもなら仕事も嫌で低いテンションをなるべく一定基準を下げないように努めている癖に、今日は朝から晩までずっと満面の笑顔だ。
その理由は分かっている。
この世界で一番幸せ者だと言わんばかりのオーラを放っている男に、恋人が出来たからだ。
一度は振られたと思い込んでいた相手から、再会すると承諾されたのだ。
そんなまさかな展開になれば、ほとんどの男なら舞い上がるのは理解できる。
しかし、一点だけカノウは恋人となったトネリコにある条件を出されていた。
「それよりもさ~。 本当にいいの~?」
「え? なにが?」
「だって恋人と言っても期間限定の恋人なんだろ? それも期間以内に両方の心が違うと思ったらすぐに恋人関係を解消する事が条件の」
「・・・」
つまり、お互いまだ何も知らない赤の他人なので、恋人としてお付き合いをしている間に気持ちが冷めたら関係を終わらせる条件を付けたのだ。
その期間は昨日から1ヵ月間。
今も上を見上げれた浮いているように見える月が再び満月になった時。
お互いの気持ちが恋をしていると自覚をしていなければ恋人を続けれないのだ。
「だいじょーぶッ!」
しかしカノウはそんな心配はまるでないように親指を立てる。
「俺がトネリコの事を冷めるとかまずない!」
「じゃあ相手の気持ちはどうするんだ? 一か月後なら彼女はもしかしたら――」
「そこは何とかするさ!」
「何とかって~?」
「そこはがむしゃらに頑張る! それだけ!!」
結果的にはノープランと言う事なのだが、坊はこれ以上の事は何もいわなかった。
恋というのは生きて行けば誰もが通る心の成長だ。
それは準備をしてから受け止めるものではなく、いつも突然とやって来て自覚する。
ならば、これ以上野暮な事を言って考えさせるのも無駄な事なのだろう。
「・・・一か月後を楽しみにしておくよ」
「おぅ! 大船に乗った気持ちで見ててくれ!」
そうして2人はその日はいつもより早めに家に帰った。
実は昨日、カノウはトネリコと泉から離れる前にとある約束をしていた。
それは恋人なら誰でもするデートだ。
明日に備えて早く寝て準備をするらしい。
その晩、カノウは緊張しすぎて一睡もできなかった。