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次の日の早朝。
カノウと坊は店長に午前休をもらい、泉までランニングをしに来ていた。
「ぜぇ! ぜぇ! カ、カノウ~・・ま、待ってぇ~~」
フラフラとした足取りで走る坊を見てカノウは小さく溜息を吐く。
「だから普段から身体動かしとけって言ったんだよ」
「いや、それでも、都内からここまで、走ってくる、君に体力が、おかしい、よ~」
カノウが普段のスピードで着く時間帯よりも1時間ほど遅れて2人は泉に到着した。
林を抜けて出迎える泉は今日も輝いているように綺麗だ。
「い、いる~?」
まだ呼吸が整わらない坊はカノウの肩で支えながらついてきていた。
そんな坊の事などお構いなしに、カノウは泉の周囲を見渡す。
しかし、そこにトネリコの姿はなかった。
「いや、いないみたいだ」
「そ、そっか~、それは、ザンネン・・・あ~もうダメだ~」
坊は泉の芝に倒れるように寝転がる。
「おい汚れるぞ?」
「だいじょーぶ。 ランニングと聞いて汚れても良い服できたから~」
「はぁ。 しょうがない。 ちょっとここで休憩していくか」
「さんせ~い」
泉の妖精に会いに行くと言い出したカノウに付いていく為、いつもよりも早起きをしたせいか、坊は気持ちよく風がなびく心地よさに一瞬で夢の中へと言ってしまった。
その隙にカノウは以前トネリコとあって会話をした場所に近寄る。
もしも、あれが振られたという意味合いの「なんで?」でなければ、もしかしたら友人からでも認識してくれるかも知れない。
そんな淡い期待で来たものの、そもそも会えない事には何の意味もない。
今回、2回も会えたのは偶然運がよかっただけかも知れない。
噂程度で認識されていない泉の妖精の話だ。
本来ならこんな頻度で来るはずもないかもしれない。
それでも、もう一度会いたいと思った。
「ふ~ん。 ホントにランニングでここまで来てるんだ」
その時、林の影から声が聞こえた。
勢いよく振り向くと、そこには前と同じ白いドレスのような服を着た銀色の長髪であるトネリコが立っていた。
「と、トネリコ・・さん」
「呼び捨てでいいよ。 見た感じ同年代だろうし」
「そ、そっか。 じゃあ、トネリコ」
「うん。 なに? カノウ君」
ズッキューンッ!!
・・と胸に何かが撃たれたような感覚に襲われた。
ただ名前を呼ばれただけでこれとは、自分がまさかここまで惚れこんでいるとは思いもしなかった。
「なに・・どうかした?」
再びトランス状態になっていたのか、トネリコは怪訝な表情を浮かべてカノウの顔を覗き込む。
その上目遣いに再度トランス状態になりかけたが、色々な感情を押し殺して何とか堪える。
「いや、何でもないよ。 それよりも、トネリコもよくここに来るんだね」
「ううん。 普段はそうでもない」
「え? じゃあ今日は気分で?」
「いや・・その・・」
今度はトネリコの方が何か言いにくそうに口ごもる。
「この前・・・さ。 きさ、・・アナタが私に言った事なんだけど・・」
其れは勿論、あの出会って数分の告白の事だろう。
改めて言われてカノウは顔を真っ赤にする。
「あれはその・・・恋愛感情てきな・・あれ・・なのかな?」
「・・・・」
「そ、そっか・・・」
何も返答はしていないが、カノウの表情を見てトネリコはすべてを察したらしい。
そしてトネリコは数秒何かを考える様子を見せて何かを決したような表情でカノウを見る。
「悪いんだけど・・・私そういうの疎くてさ・・それにアナタもその一時の迷い的な感じだと思うから――」
「そんなんじゃないよ!!」
自分でも驚く声量でカノウはトネリコの言葉を遮った。
「いや、自分でも凄く驚いてはいるんだよ! その、だけど、色々とこう・・込み上げる物があってさ! だから・・その・・・ッ」
カノウは何かを決心したかのように力を込めて、トネリコの前に右手を差し出す。
「絶対に、絶対に後悔させません! 君の期待を裏切りません! だからどうか! 恋人じゃなくても友人からでいいので! お付き合いをして頂けないでしょうか!!!!」
友人でお付き合いとは此れいかに?
と言った本人も思ったが、ここまでくれば当たって砕けろ作戦だ。
これで駄目なら諦めよう。
そう考えていると柔らかい何かがカノウの手に触れた。
ゆっくりと顔を上げると、顔を真っ赤にしたトネリコと視線が合う。
「その・・・私も色々と分からないんだけど・・・よろしく」
「~~~~ッ! そ、それは・・友人として?」
嬉しさのあまり飛び跳ねそうになる気持ちを抑え、カノウは質問する。
その質問にトネリコは迷うように首を左右に振り、考えがまとまったのか再度カノウと視線を合わせる。
「じゃあ、お試しでの恋人期間・・という事で、どう?」