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ただの村人は勇者を救いたい  作者: 黄田 望
第一章 【 泉の妖精 】
4/16


 まだ太陽が昇りきっていない明朝。

 カノウは日課のランニングをしていた。

 前回は寝坊してしまい朝のランニングが出来なかった分、夜に走っていた。

 そのおかげで噂になっている泉の妖精に出会えたので内心では少しラッキーと思っていた。

 それからも夜にランニングに出ようと思っていたが、ここ一週間ほど仕事が忙しくて夜は家に帰るとそのまま寝てしまう日常を過ごしていた。

 しかし、今日は仕事が休みの為、夜は前と同じ時間帯にランニングを行い泉まで走ろうと考えている。

 もしかしたら、もう一度だけでも噂の泉の妖精に出会えるのではないかと期待に胸を膨らませて。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にかその泉の近くまで走っていた。

 噂では泉の妖精が現れるのは夜のみ。

 まだ太陽が昇っていない明朝とは言え、すでに空は少しずつ明るくなってきている。


 「いる訳ない・・けど」


 カノウはあの日、泉の妖精と呼ばれる女性であろう人物が落としたペンダントをポケットから取り出す。

 壊れていた繋ぎ部分は坊に紹介してもらった店で直してもらっていた。

 本当は次の日にも返しに来たかったが、あそこの店は誰もが認めるブラック企業と言わざる得ない仕事量を押し付けてくる。

 その為、ここまで走ってくる体力がどうしても残す事ができなかった。


 早朝の為いるはずのない事は分かっていたが、ただ何となく林を抜けて泉の方へ足を運ぶ。 

 すると、泉の近くで人影が動いているのが見えた。


 「・・・まさか」


 足取りが少し早くなり遠目で見えた人影に近づいていく。

 林を抜けて泉に出ると、カノウがほとんど駆け足で近づいてきたのに気付いた人影が驚いた様子で振り向いた。

 其れはあの日、カノウが見惚れていた泉の妖精であろう銀色の長髪に真っ白なドレスような服を着た人物だった。


 「え・・・っと・・」 


 言葉が出てこない。

 会えるはずのないと思っていた際に、まさか探していた人物がいるとは思ってもみなかったせいだ。

 いつの間にか早歩きから駆け足へとなっていたカノウの息が少し荒い。

 傍から見たら完全に不審者である。

 現に泉の妖精はカノウの事を怪しい人物を見る眼で見ていた。


 「あ~いや、別に怪しい者じゃなくて。 え~と・・・」


 心臓の音がうるさい。

 それはここまでランニングしたせいでも、駆け足でここまで近づいたせいでない事はカノウ自身が理解している。

 カノウは今、緊張しているのだ。

 目の前にいる泉の妖精と呼ばれた少女の前に。

 聞きたい事は頭の中にあるのに、どれから聞けば良いのか全く整理がつかない。

 そうして、カノウが導きだしたセリフは――


 「ご、御趣味・・わ?」

 「・・・・ハ?」


 顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 というか穴があったら入りたいくらいこの場から立ち去りたい。

 もっと聞くべき事は他にあるはずなのに、テンパって出たセリフはこんなお見合い相手に聞くような最初のセリフになるとは。


 「き・・・アナタ、誰ですか?」

 「え? あ、えっと、俺はカノウ。 ケント・カノウっていいます」

 「・・そう。 私は、トネリコ」

 「トネリコさん、ですか。 あはは、えっと・・トネリコさんは、こんな朝早くから一体何を・・?」

 「ちょっと探し物を」


 トネリコはそう言って再び何かを探すように芝をかけ分けながら地面を見渡す。

 しゃがみ込むせいで綺麗なドレスのような服が地面について汚れていた。

 その汚れ方もかなりの時間を探しているせいでドロドロになっている。


 「あ、もしかして探し物って、これですか?」

 

 そういってカノウが取り出したのは以前拾ったネックレスだ。

 ネックレスを取り出したカノウに視線を向けるとトネリコは驚いた表情を一瞬浮かべてたがすぐに冷静な表情に戻ってゆっくりとカノウに近づく。


 「そう。 悪いんだけどそれ、返してほしい」

 「もちろん! はい」


 そういって手渡そうとすると、泥だけになったトネリコの手を見てカノウは止まってしまう。


 「なに?」


 急に動きを止めたカノウに怪訝な表情を浮かべる。


 「あの、よかったら後ろ向いてくれませんか?」

 「・・なんで?」


 純粋な疑問にトネリコは警戒を見せた。


 「あぁいや! 別に変な事をするとはではなくて! その手で受け取られるとネックレスが汚れるんじゃないかと思って! 大切にしてる物みたいだし!」

 「・・・それで、なんで後ろ向く必要が?」

 「あぁいや・・その・・・」

 「?」


 何か言いにくそうに口ごもるカノウに首を怪訝な表情をしながら首を傾げるトネリコ。


 「その、失礼でなければ・・首に付けようかと・・おもいまして」

 「・・・」


 真っ赤になった顔を見られないように下を向くカノウはトネリコの表情が見えない。

 出会って数分も経っていない男に急にネックレスを付けようかと聞かれれば普通なら気持ち悪がるのが当たり前だ。

 自分で言っていて何を言っているのだろうと考え再び恥ずかしさが込み上がる。

 

 「・・・わかった」

 「え?」


 数秒も沈黙の末、返ってきた答えは予想外の言葉にカノウは顔を勢いよく上げる。

 その時にはトネリコは後ろに向く。

 見える首筋がとても色っぽく見えて、今度は羞恥心よりも煩悩が込み上げてきた。


 「そ、それじゃあ・・失礼しまうす」


 如何わしい感情を押し殺してカノウは腕をトネリコの前へと広げる。

 その際に彼女の良い匂いが漂ってきて折角押し殺して煩悩が込み上げてきそうになった。

 何とかありとあらゆる感情を押し殺してネックレスを取りつけ終わったカノウは、正に境地を脱した冒険者のようなやり遂げた優越感に浸っていた。

 その瞬間だった。

 トネリコはゆっくりと振り返ると、小さく微笑んでこう言った。


 「ありがと」


 それは別になんの変哲もない感謝の言葉。

 しかし、カノウはトネリコから言われたその感謝の言葉にありとあらゆる感情が込み上げ頭が真っ白になった。

 そして、何の整理もつかないままカノウは自然と口にした。


 「好きです」


 また、静かな朝の時間が流れた。

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