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太陽が天辺にまで昇る昼時。
カンカンッと鳴り響く昼の合図と共に、カノウの仕事はピークを迎える。
「オレ、Aランチね」
「私はBね。 あ、お米は少な目でお願い!」
「俺は大盛で」
次から次へと厨房へ送られる注文票は各従業員が慣れた動きで受け取りながら次々と料理を仕上げていく。
「カノウ! 悪いが野菜切ってくれ!」
「わかりました。 全部同じ大きさでいいですか?」
「あぁ、頼む!」
先輩従業員に頼まれた野菜を出して、どの料理でも扱える大きさに切り分けていく。
もちろん、すべての野菜を同じ大きなは無理なので、それぞれに適した大きさを見定め、周囲の動きと作っている料理を大まかに見定めた切り分け、野菜ごとにボールへ分ける。
「切り分けた野菜置いときます!」
「サンキュー! じゃあそろそろ皿洗いもヤバい事になってるだろうからそっち頼むわ!」
「了解です」
指示された皿洗いする場所に向かうと、先輩に言う通りそこはすでに地獄と化していた。
「あ、カノウ~。 助けてくれ~」
使い置かれた食器の山から泡だらけの手だけが出てカノウを呼ぶ。
「こうなる前に早めに応援呼べよ。 坊」
坊、とは疲れた様子でヘラヘラと笑みを浮かべつ男の呼び名だ。
「しょうがねぇでしょ~。 この時間は経った15分で客を回すいかれた定食屋だぞ? 呼ぶ前に皿がここに運ばれてくるんだよ~」
「定食屋・・と呼ぶのも怪しいけどな」
カノウが働いている店は、多くの冒険者が集う冒険者ギルドの本部所が建てられており、この店は冒険者ギルドが経営する食事処なのだ。
元々はギルドで働く従業員の食事場所だったのだが、折角なら食事処として経営しようと考えたギルド長の提案によりギルドの食事処兼、一般的な定食屋として開店された。
しかし、訪れる客の大半は現役の冒険者。
その為に経営としては成功だが、このように大食いの冒険者が一瞬で食べて帰ってしまう為、皿洗い担当はどれだけ急いでも仕事が増えていくのだ。
「ちくしょ~。 訴えてやる。 この状況を見て見ぬふりする店長を必ずいつか訴えてやる!!」
「はいはい。 文句は仕事を終わってからにしような」
「じゃあカノウ後よろしく」
「今度は俺が坊を訴える側になるがいいか?」
「さ、仕事仕事」
それでも皿を洗いながら文句を言う坊であるが、彼はあくまでも只のアルバイトであるにも関わらず店長は他の従業員からの信頼は厚く、週に2回ほどしか出勤しないのにアルバイトリーダーとして雇われている優秀な従業員だ。
実際、この山のように積まれた食器の量を早急に片づけてホールに食器が回るのはすべて坊の判断能力と仕事の器量が優秀だからだ。
「そういえばさ~。 お前知ってる? 泉の妖精」
その言葉を聞いてカノウは洗っている皿の手を止める。
「泉の妖精?」
「そう~。 ほら、国境近くにある林で囲まれた泉があるだろ? そこには夜に行くと綺麗な女性の姿をした妖精が出現するんだって」
「女性・・妖精・・」
カノウは昨晩見た泉に立つ女性の姿を思い出す。
昨晩、カノウは日課としているランニングをしていた。
その日は不思議と体が軽く感じていつもより長めの距離を走っており、気が付けば国境近くまで足を運んでいた。
その際になんとなく立ち寄った泉に近づくと彼女の姿がそこに合った。
「お~い? カノウ~?」
「あ、いや悪い。 それで? 泉の妖精がなんだって?」
「あ~、その泉の妖精に合うと誰もが恋に落ちるってだけの話」
「恋に落ちる?」
「そ~。 その泉の妖精は誰もが見惚れる美貌で老若男女問わずに相手の心を奪うって噂」
「それ、何処までがマジな話?」
「さ~? ただの噂だからな~」
坊は別に信憑性もない話だと話を終えると再び仕事に対する不満と愚痴をこぼす。
「妖精・・あれが・・」
しかし、カノウの耳にはすでに坊の声は右から左へと流れ出ていた。
それは勿論、昨晩見た女性が噂の泉の妖精だと認識したからであった。