野狐だった神使の話
落葉の目立つ季節になってきた。参道から拝殿の前まで、くすんだ色味の葉っぱが散らばっている。
わたしは社務所から発掘した箒で、日課の掃き掃除を済ませた。それにしても最近は、終わった頃には手が冷えきっている。
「ただいま。今日も焼き芋できそうなくらいの落ち葉だったよ」
「おかえりなさいませ、緋彩様。芋でしたら、そろそろ供物で届く頃かと思いますよ」
「外、寒かったでしょ。早くおいでよ。……わ、冷たい」
迎えてくれた黄金に、ぎゅっと手を握られる。確かに、今日は一段と温度差がある。
社の中は黄金の力が及んでいて暖かい。とはいえ、本来は神様のいるところであり悪い気がする。社務所は環境を整えれば住めるらしいので、そのうち移動するつもりだ。
「実乃里、あれやってくれない?」
「承知しました、我が主」
身軽に宙返りした実乃里さんは、狐の姿になった。それもいつもより大きい。くるりと丸くなって、誘うようにふぁたりと一つしっぽを揺らす。
わたしは遠慮したものの、肩を抱いてうながす黄金と、美しくも柔らかそうな実乃里さんの身体に負けて、その中心に背を預ける。
「これは反則……。あったかくてふわふわ……」
「魔性の毛並みだよね」
黄金の言葉にこくこくとうなずく。呼吸に合わせてゆったり上下する金の毛並みは、暖かい上にさらつやで触り心地が良い。
「実乃里さんすごいね。神使ってこんなこともできるの?」
「普通の神使はこういうことはできないよ。実乃里は特別だから」
「ええ。私は生粋の神使ではなく、元はただの妖狐でしたから」
それはずうっと昔の話。
あやかしの仔狐が一匹、この狭間で親とはぐれた。探し回っても親はとうに仔狐を見捨て、体力を消耗するばかりだった。
社の片隅でぐったりとうずくまる仔狐をみつけた黄金が、その子を保護した。暖かな寝床と食べ物、そして神気を与えたのだ。
「保護はともかく、神気まで与える神はそういないものですよ」
「だってそうでもしなきゃ、実乃里は死んじゃってたよ。子供だったからこの狭間にも馴染みきれてなくて、神気を分けるしか方法が思いつかなくて」
黄金が与えた神気によって、実乃里さんは一命をとりとめた。だが、まだ幼いのに力を得ては、強いモノに屠られる。今さら野に生きることはできない。
「ですから私は、黄金様に一生仕えると決めたのです」
「その時に俺が、名前をつけたんだ。俺は、秋の豊かな実りを司る神だから。その神使にぴったりな名前でしょ?」
妖狐だけあって、実乃里さんは多彩な術を使えた。
「じゃあ、狭間を夕方に留めたのとか、雷を落としたのとかも?」
「主の狭間に神使が干渉するなど、してはいけないのですがね。必死さ故か、出来てしまいまして。雷は、黄金様の権能を少々アレンジした術です。神使には戦う手段が少ないもので」
雷は作物を成長させると信じられていたことから、稲妻とも呼ぶ。それを黄金の豊穣の権能になぞらえたものらしい。
黄金の助けになれるようにと、実乃里さんがこの狭間を仕切るために編み出した術なのだった。
「私の主は後にも先にも、黄金様だけですので」
「黄金、愛されてるね」
「俺は緋彩も実乃里も、どっちも大事だよ」
「うん、知ってる」
黄金はとても優しい。神様だからという理由だけでないのは、今の話だけでもよくわかる。成り行きで花嫁になったわたしのことも、大切にしてくれている。
だからわたしも実乃里さんも、黄金に尽くすことで恩を返したいし、彼を大切にしたいのだ。黄金は見返りも、ましてや自分が大切にされることなんて、きっと望んでいないのだろうけれど。
「実乃里さん。黄金に助けられた者同士、よろしく」
「もちろんです、緋彩様」
「えー、ふたりばっかりずるい。俺もいれてよ」
わたしの含みのある言い回しに、わかっているとばかりの実乃里さんの返答。考えていることは同じだろう。
内緒話でもするように、わたしと実乃里さんは笑い合ったのだった。