9. 白甲ピスタ
はるか昔、数千年前〝ダミアン〟はある国の王だった。
ある時病いに伏し、最期を迎えた彼は愛する飼い猫たちとともにミイラにされた。
しかし争いの絶えない国内外を王として憂いていた彼の思念はいつしか闇に具現化する。
彼はヒト世界の影に生きる械奇族の王ダミアンとして蘇った。
そしてそれに追従する猫もいた。それがピスタだ。
ピスタの念は変異し、その巻かれた包帯に移っていた。
包帯こそが、本体なのだ。
夕闇で世を忍ぶ、ダミアン。
幾千万年経ってもこのヒトの世は変わらない。
彼は、包帯で猫の姿を形作るピスタを撫でながら、従者グラノア婆に言う。
「欲に満ちたヒトの世にこそ我々の存在意義はある。苦悩は続くがそれでも共に生きていかねばよ」
グラノア婆様はうなずく。
「あなた様は一族のシンボル。わたしを拾ってくださった。どこまでもついていきますじゃ」
ピスタも誇らしく言う。
「もちろんわしも王と共に」
一族のほとんどが復讐者だったが、ダミアンは彼らをなだめ、寄り添った。
孤立させてはダメだと話を寄せた。
そうして彼らはやがてヒトを見つめ、見守るようになる。
長い年月でヒトは彼らの異形に化け物、怪物、魔物、ゴースト……と恐れるも、転じて神の化身とも考えはじめた。
ヒトと械奇族は暗がりで程よく距離を保っていた。
しかしある時、ダミアンは変わってしまった。
彼は頭を抱えながら唸り声をあげる。
「このおれが支配者だ!」
ダミアンは風を操り雷を呼び、建物と町を破壊した。
牙と剣を光らせ、抵抗するヒトも同族も殺した。
ダミアンはまるで悪魔と化した。
逆らい反撃するグラノア婆を追い詰めた後、ダミアンは械奇術で彼女を赤ん坊の姿に変え、はるか遠くへ弾き飛ばした。
戦いの末、ピスタはダミアンを全身(包帯)で縛りあげる。
暴れるダミアンの気を吸いとるもトドメを刺せずにいたピスタは不意をつかれ、ぐるんぐるんに丸められて地の果てまで投げ飛ばされた……。
……で、ピスタはなんとか生き残り、地を這うようにさまよい、まだどこかで生きているであろうダミアンの噂を聞きつけ、ストームアックスの建物へ行き、かち合った怪しい男ピエルに襲いかかり、腹が減ってたので精気をつまみ食いする。
そしてその直後訪れたブラジに問答無用で斬られるハメになった……というわけだ。
「よく喋る猫ちゃん♪」
これまでの長い長い経緯を説明したピスタをグラノアはムギュッと抱きしめた。
「こらー、痛いってよ。しかしあの婆様があんたかい? ということは若かりし頃はなかなかむぞかったんやの」
「……むぞ、か?」
「……かわいいっちゅう意味や」
「わからんて。変な訛りで昔から個性的よねあんた。ホントお口無いのにどうやって喋ってんのかしら」
「だからわしは喋る包帯やて。猫いうても中は空洞やからな。わかりやすく言えば古妖怪記に出てくる一反もめんみたいなもんや。それにいろんな形になれるで。わはは」
ぺちゃくちゃ昔話に花を咲かせる彼女と一匹を、ミユズは傍らでシラ〜っと見つめた。
「はいはい。楽しそうでなにより」
しかし、ダミアン王は何故心を失ったのか。
謎を解かなかければ……グラノアのためにも。ピスタのためにも。
そうミユズが心で呟いた、その時だった!
漆黒から巨大蝙蝠が現れた!
彼らの前に静かに舞い降りる。
大きく広げた黒い翼はふわりと外套に変わり、蝙蝠からヒトの外見に。
オールバックの髪と端正な顔立ち。
ヘッドライトに照らされるスラリとした彼こそ〝闇卿ブラジ〟だ。
ピスタがグラノアの腕からちょこんと飛び降り向かって行った。
「おうおうおう! てめえだ! やいやいやいわしを斬りつけおって! 今度こそ逃さねえぞ!」
「……わたしの屋敷の前でこんな夜更けにガヤガヤうるさいと思って来てみたら……」
一歩踏み込んだブラジは赤い瞳を点にして、また下がってしまう。
「おまえはまさか、あ、あの時の……!」
「そーさブラジ、ストームアックスでキサマよくも」
「ひぃっ!」
途端に血相を変えて後ずさるブラジにミユズとグラノアが手を伸ばした。
「あ、あのブラジさん、こんばんは、是非お話が」
無視してブラジは直ちに飛び立とうとする。
彼はピスタにびびってる。とてつもない恐怖を感じて。
再び蝙蝠のように翼をバサッ!
「待てぇーーっ!」
ピスタが手を、いや包帯を伸ばした。
秒でブラジを捕まえる! 続いてダミ声で械奇文の詠唱!
「……この道は真っ直ぐ、天国へと繋がっている。時空を超えた門よ、開け!!」
ピスタはブラジを引きずり込んだ!
空間を越えはるか南部の砂漠地獄へ!
ピスタの尻尾を握るミユズ。ミユズの足を掴んでグラノアも後に続く!
* * *
灼熱の砂漠。
ピスタにぐるぐる巻きにされたブラジが砂漠に転がった。砂埃をたて唸り声をあげて。
手も足も出ないと思ったが、牙だけは発動できた。
口に入り込む包帯をガブリとひと噛み!
テクタイトの牙が超振動でピスタの包帯(おそらく首あたり)を焼き切った!
「いててててっっ!」
締めつけが緩まったところをブラジは鉤爪で切り裂き、後方に跳んで脱出した。
ピスタは悶えながら噛まれた首あたりと切られた身体を械奇療術で修復。
間合いをとりながらブラジは爪を引っ込め、敵意はないと両手を広げた。
「ま、待ってくれ! あの時確かにわたしはピエルという男を斬りつけた。復讐だった。決してきみを狙ったわけじゃない! まさかきみが生き物だなんて……わからなかった。察したよ包帯くん。きみも同族なんだね? 悪かった、わたしが悪かった! 許してくれ!」
身をよじって修復しながらピスタは唾を飛ばした。
「くっそ、おめえも『きみ』『きみ』ってどっから目線や! 『包帯くん』だとぉ! ざけんなあ! わしはピスタじゃ、ピスタ様じゃ! 何千年も先輩やぞー! おめえみてえなヒヨっ子ヴァンパイアになめられてたまるかあ! ほいでまた切りおってからに……!」
時空移動にいっしょについてきて砂に埋まっていたミユズとグラノア。
二人は這い出てピスタをなだめた。
「まぁ、まぁ、落ち着いてくださいピスタ先輩!」
「ピスタちゃん、短気は損気よ! お話ししましょうよ〜」
「だ、黙って見てろグラノア婆!」
「『婆』言うな! てかあんたさぁ、やたらプンスカ怒りすぎよ。なんか変なクスリやってない?」
「はあ? ……」
はてと考えてみるピスタ。
あのピエルって悪党は確かにかなりの薬物中毒者だった。
小味が効いてなかなかクセになる精気だったな……と。
実はちょっとラリってるピスタだったが、呂律は回ってる。意志ははっきりしていた。
「とにかくこのブラジを潰す!!」
「チッ! 聞いてくれない。闘うしかないのか!」
陽炎に頭をもたげながら、ブラジは戦闘モードに切り替えた。
金色に逆立つツノ、目は赤く、銀色の牙が伸び、膨らむ装甲から金属の回路が脈打つ。
発散する闇のオーラが白昼に滲んでゆく。
かたやピスタは全身を細くドリルのようにねじらせ宙に浮かんだ。
「ハッ! ブラジよ、そんな弱っちい波動でわしに歯向かうか!」
「あ、あんたこそ……」
突如、ブラジは翼を広げ、空へ跳ぶ!
たちまち姿が見えなくなるのをピスタが追う。
全身は銛のように細く尖ったピスタドリルとなる!
「逃げるな卑怯者!」
昇ってゆくピスタ。
追いつかずに逃したと思った次の瞬間、眼前に現れるブラジが大きな翼を武器に、鎌のように振り下ろした!
しかし、ピスタはそれを受け止め、跳ね返した。ブラジは反動で回転しながら落下し、砂地に叩きつけられた。
ピスタも降りていき、ドリルの姿を保ちながら勝ち誇った。
「ガーッハッハ! なんださっきのは。テレポートなんぞ子供だましな手を。呼吸の乱れでバレバレじゃ。この可聴域をなめんなよ」
「……ぅ、うぐっ」
「そしてわしの〝白甲〟の二つ名はこの身体をダイヤモンド以上の硬度にできる故。あの時は食事中で気を抜いてたがな。本気で臨めばどんな攻撃でも弾き返すこのボディ! そう……かつて械奇王ダミアン様の盾ともなった超硬装甲よ」
と、言いながら思い出にふけるピスタ……だが、ふと薄ら寒さを感じたのは気のせいか。
身体の糸が一本引っ張られていた。
「……あんたを構成している糸がほどけたら、どうなるのかな?」
そう言って横たわるブラジは顔を上げ、掴んだ糸をさらに引っ張った。
ちゅるちゅるとピスタはほつれてゆく。
「ぐえっ、や、やめろー!」
「はーっはっは! 丈夫な械奇糸でも糸は糸!」
「マジぶっコロす!!」
さらにキレたピスタは逆上の回転ドリルと化し、直ちにブラジに襲いかかった。
起き上がったブラジも両手の鉤爪を伸ばし、真っ向迎え討つ!
光で目も眩み――突き抜ける刹那。
両者が突き刺したそれは――ミユズの手――瞬時に間に入ったミユズの手のひらだった。
グラノアが叫んだ。
「ああ、ミユズ! なんてことを!」
右手にピスタドリルを。左手にブラジの鉤爪を。
しかし、光り輝くミユズは笑って返した。
「大丈夫さグラノア。いい加減ぼくも我慢の限界だった。見るに堪えない喧嘩だ。こうなったら二人まとめて懐柔する」
……そしてブラジもピスタも、ミユズが纏う竜巻の前に降参し、身を委ね、ダミアン王の真実を探す旅に協力することになった。