5. 械奇兵団・雷闘ピカン
燃え盛る炎の中に立ち上がる紫紺の巨大な人影。
それはビリビリと放電しながらミユズの方へ手を伸ばした。
「……おまえが……ダミアン……か?」
低くしわがれた声で巨人はそう言い、歩み寄る。
息を呑むミユズ。その背中で守られるグラノアが言う。
「違うわ、ピカン! この子はミユズ。我々が捜してるダミアンじゃない!」
ミユズが振り向いて訊く。
「え、ええ? あなたは、この化け物を知ってるのか?」
うなずいてグラノアは答えた。
「彼は……械奇兵団・雷闘ピカン。面識があるわけじゃない。雷を操る塔の男……導きのページに名前があった。目的が同じなだけ……あっ! ミユズ!」
再び前を向いた時、ピカンと呼ばれる大男は右手を振り上げ、掌を眩く光らせていた。
そのおぞましい姿も露わになる。
ゆうに二・五メートルを超える背丈、太く頑強な銀色の四肢、厳つい顎、細く光る赤い目、冷血さを醸す青い装甲、ボロボロのジャケット、金属部が剥き出しの関節、手首に鎖が巻かれ、ボルトが突き出た鉄塔の如き体躯。
ピカンは械奇文を唱えた。
「……この道は真っ直ぐ、天国へと繋がっている。時空を超えた門よ、開け。通りは炎と憎しみに……」
ミユズは身構え赤く染まった瞳で彼を睨みながら呼んだ。
「グラノア!」
「なに?!」
「……さっき、(この子)って言った」
「え、ええ? ぁ。ごめん、なさい、つい」
「子供扱いして」
後ろからペコリと謝るグラノアの手をミユズは握りしめた。
その時すでに猛り狂う風が頭上から迫っていた。
ミユズはそのままグラノアを岩影へ投げ飛ばし、重い雷の拳を両手で受け止めた!
瞬間、グラノアの眼前で光の柱が地を割って落ちてゆく。
彼女は裂け目まで這い、消えた二人の行方を目で追った。
拳を繰り出したピカンとそれを受け止めたミユズは地殻を突き抜け別空間へ……。
* * *
強風に包まれながら、ピカンは追憶の西部をさまよっていた。
除隊した彼は国境近くに住みつき、移民帰化局での仕事を手にした。
かつてサームズ戦役のシンボルだった高い高い鉄の見張塔に昇り、警備するのが勤めだった。
彼の相棒はボブ。その部署では十年も勤めている先輩だ。
直立不動の無口なピカンとは違い、ボブは一見厳ついが話せば社交的でくだけた男だった。
並んで立ち、空いた時間にボブは訊いてきた。
「よう、ノッポさん。肩に力が入りすぎてる。そんなんじゃ長くもたないぜ」
「あ、ありがとう」
「聞いたぞ。三十五過ぎてきみは一人なのか。何故結婚しない」
「してたがずっと前に死なれた。病気は恐ろしい」
「……すまん。気を悪くしたな。許してくれ。実はおれも同じだ。村をナパームで焼かれ、妻も親戚も失った。一人、おれは残された」
休日前の夜のバーで飲み、二人は打ち解けた。
ピカンは随分と独りでいて、人恋しくなっていた。
「ひとつお願いがあるボブ。おれと友達になってくれないか」
「ああ。もちろん」
「ありがとう。……このボルシチ美味い。今日はおれが奢るよ。さ、食べてくれ」
「うむ。酒もいいがやはり食い物だ。おれたちは食い物から気力を授かる。ピカンよ。飢えというのも恐ろしく、凄い力を持っている」
「力……か」
「ああ。彼らは密入国斡旋業者に有金はたいて石ころの道を裸足でも越えてくる。何度送り返してもだ」
ピカンは真面目に働いた。
夜でも遅れることなくカードを差した。
望遠鏡に映る不審な影を見つけ、山や谷まで追った。
家族連れの農夫、子供の手を引く若い母親、ボロを着た幼い兄弟、麻薬の密売人……。
ボブと連携して峡谷で待ち伏せし、彼らの越境を阻止した。
ある夜、見張塔の個室に黒髪の若い女が待っていた。
ボブに捕まり、送り返されるのを待っていた。
ピカンは彼女を一目見て、亡き妻のことを思い出した。
送り返される前にピカンは小声で彼女の住まいを訊いた。
休みの夜に電話で約束をとり、密かに越境してバーで彼女に会った。
ルイーザと名のった彼女を見つめ、ピカンは酔いしれた。
「おれにできることがあればなんでも」
「家族がいるの。なんとかしてほしい」
それから何日か経った夜、ピカンの運転するトラックの荷台にルイーザとその弟と母親が乗り込んだ。
計画通りに暗闇の沿道を抜けたつもりが、突如現れたジープに追いつかれた。
クラクションを鳴らされピカンは脇に寄せ、停める。
土煙の中、ジープから降りてきたのは制服姿のボブだった。
「よぅ、ノッポさん。こんな夜更けにどこへ?」
「やあボブ。あんたこそ、非番じゃなかったのかい?」
こめかみに汗が垂れた。
余裕綽々でマッチを擦り煙草に火を点けるボブに悟られまいとピカンは車を降りる。エンジンは切らずに。
「ピカン、きみが連休とるからおれが仕事になったんだ。旅行か? こんなトラックで」
「……い、いや、頼まれ物を運んでるんだ。……知り合いの引越しの手伝いさ」
「ほぉ。たとえば……どんなものを?」
「家具だよ」
「ふぅん。……きみにも知り合いがいるんだな。今度紹介してくれよ」
「あ、ああ」
トラックの周りを回って幌が震えるのを眼鏡の奥から見つめるボブ。
薄い月明かりに煙が揺れる。
ピカンは背中に隠した護身用の銃に手を伸ばしていた。
ボブは微笑みながらもその空気を感じ取っていた。
「ピカン。実はきみを調べてくれと、上に頼まれている」
「何だと?」
「うむ。だが、きみの経歴は……書類上『12022年10月11日、ウェストン・ベイにて戦死』となっていた。今から一年ほど前のことだ」
黙りこくるピカンをボブはしばらく待ったが、それ以上は詰めなかった。
「何か事情があるんだろう? もういいよピカン。それより俺はあの時……嬉しかったんだ」
「は? 何のことだ?」
「誰かに友達になってくれと言われたのは、初めてだった。それが本当に嬉しかった……」
その数ヶ月後、ピカンは仕事を辞めた。
ボブにはひと言だけ挨拶し、別れた。
あの時のトラックで旅に出た。ルイーザを捜す旅に。
移住者が住む町の飲食店やバーを尋ね歩いた。
長い黒髪の女を見ては前に回って確かめる。どこかで働いているはずだと。
旅の途中で嫌な噂を耳にした。
浮浪者や不法入国者たちの不穏な死。
彼らを殺したくて殺す奴らがいるという、なんとも解せない腹立たしい話を。
やがてその頭目の名が〝ダミアン〟だと何人かに聞かされる。
そしてついにピカンがたどり着いたのは遺体安置所。
黒髪も瞼も小麦色の肌もなにもかも、ルイーザは妻によく似ていた。
* * *
強風に煽られ、ピカンは中空で身動きがとれないでいた。
彼の電撃を轟々と弾き返す竜巻。
竜巻の奥から光る目が、彼を睨んでいた。
「……おまえは、ミユズと言ったな。なんという力を秘めているんだ。おれの拳を受け止め、嵐を呼んだ」
「……よくも……ぼくの家を……父さんと母さんの家を!」
「奴はおれの大事なものを奪った。ダミアンはルイーザを殺したんだ」
白昼、見渡せば峡谷。
明らかにアシュリの地とは違う、風の流れ。
どこまで移動したんだろうとミユズは足元を見つめた。
「え?」
宙に浮かぶ足先――自分の体に驚き、ミユズはジタバタと慌てた。
無意識からふと我に返った時、再びピカンの放電を浴び、ミユズは岩場に叩きつけられた。
「うわっ!」
座して先ほどまでの気概も失せ、ミユズはうろたえる。
ピカンは彼の前に降り立ち手を伸ばし、力を放とうとする。
「ダミアンらしき強烈な械奇波動を感じ、アシュリまで来たのだが……おまえは本当に違うのだな?」
「ぼくはミユズだ……」
「しかしあれほどの力を持つおまえが何者なのか。見極めなけばならん」
雷を呼ぶピカン。
両掌を胸の前に、ミユズに照準を合わせた。
張り詰めた力がギシギシとその身体を揺らした時、突然現れた〝腕〟がピカンを羽交締めにした。
見上げるミユズが呼ぶ。
「グラノア!」
水面から浮き上がるように徐々に姿を見せてゆくグラノア。
時空移動は械奇族特有の次元転移術。
彼らは声紋とキーワード、または強い思念によって限定的に磁界を制御し、自身や物体をワープさせる。
光や音、電気、気流を動かし、反重力場を生み出すこともできる(械奇術。治療や救護に使用する際は械奇療術と呼ぶ。――あの時グラノアはイゼルの左膝関節の血腫を別次元に移動させたのだ――)。
グラノアはなりふり構わず歯を食いしばってピカンの脇腹にも足を絡めた。
「もう、どこに行ったかと思ってやっとたどり着いたわ! こんな国境近くの西の果てに」
「邪魔をするな! 小娘!」
ピカンは唸り、彼女を電撃で弾き飛ばした。
「きゃーーっ!!」
「グラノアァ!!」
立ち上がったミユズが跳ぶ。
再び風が巻き起こった。
その後を追うピカン。
伸びた太い腕に掴まれ、ミユズは断崖に投げつけられた。
なんとか岩場に着地したグラノアが叫んだ。
「ミユズ、その腰の……カイジュウベルトにタッチ! 早く!」
「……ぅ、うう……」
膝を立て起き上がろうとするミユズ。
「そのわたしがデザインして作ったステキな髑髏っぽいベルトにタッチして引き込むのよミユズ!」
「はぁ?」とピカンが首を傾げた。
「……うぅ……か……怪獣?」
「そ、そうよ、〝懐柔〟ベルト。……倒すんじゃない、ピカンを手懐けて味方につけるの!!」
グラノアの怒号に気圧され、ミユズはベルトに触れた。
ピカンが吠えたてた。
「なんだおまえらグダグダと! さあミユズよ! おまえの本性を見せてみろ!」
次の瞬間、爆風がピカンをさらった。
なす術もなく彼は呑み込まれる。
大きなうねり、巨大な竜巻。
そこには怒りや嘆き、叫びやすすり泣きが渦巻いていた。
まるで情念の粒子が身体を突き抜けるように――。
《――ここに敵意はない。心を開いてくれピカン。寄り添おう。ぼくはあなたを理解する》
《――ガキが、一人前の口を》
《ぼくも一度死んだ身。あなたと同じだ。あなたの物語を聞かせてくれ》
《おまえは……その力は》
《力を合わせよう。同じ目的を果たすために――》
……やがて砂埃をたてながらミユズがぐるぐると地表に転がった。
グラノアが駆けつけ、憔悴したミユズの意識を確かめる。
西部の砂嵐が荒野を過ぎてゆく。
ピカンの姿は消えた。
その代わりにミユズの左手に青い硬質のグローブが装着されていた。