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ミユズと械奇王  作者: 宝輪 鳳空
13/13

13. 械奇ポスト ※ FA掲載。

 アモンは生まれつき身体が弱かったが、幽体となっていた械奇王ダミアンを受け容れたことで力を得た。

 そしてアモンの中で、ダミアンは正気を取り戻した。

 アシュリの地の澄んだ空気と緑にダミアンは打ち震えた。

 そこははるか昔、王族の馬が飼われた高原。

 アモンの血は確かに、忘れられた王族の末裔であると感じとっていた。


 アモンは体内にいるダミアンを意識できるようになってから二年、時折彼と話をする。

 生きていることは素晴らしいと話をする。

 家族は素晴らしいと話し、話し相手がいてこそ楽しいと、その一日を振り返る。

 家に帰り、待っている人がいることに感謝する。

 待っていてくれた妻イゼルに感謝し、抱きしめる。

 気丈な彼女に心からすまなかったと謝り、強く抱きしめた。



 * * *



 ミユズとグラノア、包帯猫のピスタは今、アシュリの高原の地にいる。

 次元転移で行き来するピカンとウォールン、ブラジみんなで家を建てた。

 前よりも少し広く頑丈な木造建屋を。

 入り口にはグラノアが作った新しいポストを設置した。



 グラノアは丘の上から望む緑の美しさに感動した。

 並んで座るミユズもあらためて、一時的に離れたアシュリの豊かさを知る。

 その傍らではピスタが毛づくろいならぬ包帯づくろいに余念がない。


 小鳥のさえずりと野花と虫たちの春の息吹を少しでも長く味わいたいのに、携帯電話の着信音がリンリン鳴り出した。

 グラノアがウエストポーチから出して電話に出ると、寂しそうに語りかけるのは彼女のパパ。


「全然電話くれないなぁ。元気にしてんのか?」

「おととい喋ったじゃないパパ。元気よ。ちゃんと食べてる?」

「ああ。コンビニで買いだめしてるから。適当にな」

「カップ麺ばっかじゃダメよ。野菜も食べなさい」

「はーい。ありがとよ」

 と、父は娘の明るい声にそうかそうかと癒されるが、のちに聞き流せない局面にぶち当たる。


「……な、な、なんだってえ? そこに住むぅ?」

「そうよ。気に入ったの」

「ま、まさか……やっぱり、〝男〟ができたんだな!」

「ガラの悪い言い方。そうよ。お友だちのミユちゃんはかわいい男子」

「なんにぃ〜?!」


 ……とまぁ、そこは父と娘のよくある話でして。


 ミユちゃんはパパにしっかり挨拶し、近いうちアルムズ・タウンへ行くことも約束した。



 * * *



挿絵(By みてみん)



 次の日の朝。千の石段を登ってアモンがやって来る。

 パンパンの郵便バッグを肩にかけて。

 かわいい骸骨っぽいポストに微笑み、アモンはミユズの家の玄関を叩いた。


「郵便でーす! おーい。ミユズ。いるか〜?」


 寝起きのミユズが出てきた。

「はーい。おはよう父さん。……あれ? ポスト気づかなかった?」


「わかるさー、あれグラノアが作ったんだろ?」

「ははは。趣味の世界。いいでしょ?」

「うむ。最高だ。だが、手紙が入りきらなくてな。ちょっと、凄いことになってる」


 アモンは肩からバッグをゴソッと玄関に下ろした。

 しゃがんで中をミユズに見せているとグラノアも奥の部屋からやってきた。


「おはようございます。ダミ……アモンお父さま」

「おう。グラノアも見てくれ。この量」


 それはミユズ宛ての手紙とハガキ。


「うわあ、何これ! えー、(ミユズ様……ご相談があります……)(ミユズさま、是非わたしの話を……あのヒトを恨んでも恨んでも恨みきれません……)うっわー、まさかこれ全部」

 と言ってゲゲゲと引いてしまったグラノアにアモンが手を広げて笑った。


「評判だな。おまえたちのことが既に全国に知れ渡ってる。亡霊網(ゴーストネット)は情報が早いぞ」


 ミユズも頭を掻いた。

「でもどこでどうやって〝相談所〟とか〝お助け稼業〟とかになってんだよ」


 猫のピスタがスカスカになった郵便バッグに興味を示して中に潜ろうとするのを、アモンがコラコラとその足を引っ張りながら言う。


「……みんないろいろ抱えてる。みんなの願望が歪曲したんだ。話を聞いてもらいたがってる。ピカンたちをなだめたように、そうしてやれよ。ブラジもウォールンもおまえのそういう健気なとこに心を動かされたんだ。……ほら、これなんてデカデカと」

「え?」

「(あなたさまこそ新たなる械奇王)ってさ」




 全国津々浦々、呼ばれたり迎えが来たり、訪ねてきたり。

 彼ら械奇族の悩み、憂鬱、悲しみ、怨みつらみをミユズは聴いた。

 聴いていっしょに考え、寄り添った。

 時にはヒトの叫びや黄昏を聞きつけ、風となって訪ねていった。

 少年の劣等感や切ないメランコリィにも、道や人生(みち)に迷った少女にも手を差し伸べた。



 彼らの疑念や求める声と向かい合ってミユズは自分のこととして考える。


 答えは、あるのだろうか。


 もし答えが風に舞っているとしたら、それは目には見えない木の葉のようだ。

 舞ってはすぐに散ってゆく。

 風を操り、纏う力も真理の前にはなす術がない。


 答えは歴史にあると父は言った。

 我々が歩んできた道にあると。

 奪ってきた道。踏みとどまって譲った道……。


 吹き荒ぶ風に手を伸ばし、この世の計り知れぬ大きなうねりを感じとり、しあわせを願うこの大河の果てを信じて、目を凝らして掻き分けて、それぞれが個の生の答えを懸命に掴まなければ。

 この手で掴もうとしなければ。


 ミユズはそこまで考えて、疲れて今日も眠りについた。



 * * *



 そして今日の来訪者は……思わずみんなで、


「怪奇! 蜘蛛男!」

 とのけぞるほど、黒い体に八本足の不気味な男が玄関の前に立って、泣いていた。



 ミユズは蜘蛛男を小ぢんまりとした応接間に通して、ソファに座らせ、お茶を差し出した。

 わしゃわしゃ動く脇腹辺りから生えてる足(腕)にピスタが反応して隣りに座ってじゃれている。

 バケモノとして長く惨めに生きてきた様子がボロボロの身体と爪とひしゃげた声でわかる。

 キッチンでお菓子を選びながらその蜘蛛男を見ているグラノアが皿を落とした。

 ガシャン!

 驚いてミユズが立ち上がった。


「大丈夫?」

「え、あ、ああごめんごめん、手が滑っちゃって」



 ミユズに促され、蜘蛛男は話を始めた。


「……そう。何百年も昔のことです。おれは自分の母親を、年老いた母親を山へ捨てました。結婚して、子どもができて、でもひどく貧しくて……生活苦で……よぼよぼの母親まで養うことができなくて……それで山へ捨てたんです」


 泣き出す蜘蛛男。

 フレキシブルに動く足にピスタがびっくりして飛び上がった。


「でもそれから……暮らしはもっと悲惨になりました。やがて子どもは非行に走り家出、妻はパート先で浮気、おれの会社も倒産して、結局おれは一人に。借金取りに追われ半殺しにされ、鬱いで酒浸りになりました。そしてある日、ふらつきながら山へ行ったんです。母を捨てた山へ。いるはずもないのに捜したりして。悔やんでも悔やんでも元には戻らない。おれはなんてことを、なんてことを……。母に謝りたい……と、おれはその崖から身を投げました」


 その肩に、ミユズはそっと手をやった。

「それで……あなたは械奇族に」

「はい。岩に叩きつけられて顔も潰れて死んだと思いました。でも目が覚めたら、こんな姿に。どんな気がする、どんな気がする? と、取り巻く亡霊たちが嘲笑っていました。そう。これはおれへの神罰です」

「後悔の念が。……今でもずっと引きずってらっしゃる」


 ミユズはその爪の状態を観察していた。

「自分でも自分を傷つけて。苦しみましたね」


 蜘蛛男はうなずき、気を鎮めた。



 昼下がりの乾いた風が窓を吹き抜ける。

 鳶が高く鳴き、遠く尾根まで響かせた。



「……ミユズさん。話を聴いていただいて感謝します。誰にも話せなかったから。なんか、ほんの少しだけ落ち着きました。とても、あなたに会えてよかった。ここは、そう、やっぱり景色もいいし、癒されるところですね」

「いつでも来ていいんですよ」


 ミユズは微笑み、蜘蛛男も喜んだ。


「……母は明るくて優しくて楽しくて、お洒落なヒトだった。おれはいつも困らせてばかりで……」


 そう言って嗄れ声で咳こむ蜘蛛男にミユズはお茶をすすめた。


「……ありがとうございます。いただきます……」

 そこで歩み寄るグラノア。

「ちょっと待って」

 手には羊羹と一升瓶を持っている。


「……こんな日には、清酒がよいわ」


 ミユズが笑う。

「出た。でもグラノア、羊羹は合わないよ」

「だってこれしかなかったもん。……さぁ、蜘蛛男さん。飲みなさい」


 優しいグラノアに蜘蛛男はペコリと頭を下げ、たくさんの手で合掌をした。

 涙目でグビグビ飲む蜘蛛男を見つめ、彼女は静かに言った。


「……きっと、お母さまは恨んでなんかないわ。あの時……いえ、その時捨てられたことでほんの少しでもあなたのお役に立てたのだもの。恨んでないわ」


 ほろ酔う蜘蛛男は号泣する。言葉が出ない。

 グラノアも一杯飲んでひとつ諭した。


「〝神がレモンしか与えなかったらレモネードを作ればいい〟」

「……え?」

「……そんな姿でも、望んでなかったでしょうけど、大切にしなさい。影のようにしか生きられなくても、与えられたものはあなたにしかない大切なもの。いい? 大切な命よ。ありがたく受け入れなさい」



 傍らでミユズはグラノアを見つめた。

 清酒に誤魔化す彼女の慈悲を見た。




挿絵(By みてみん)



 * * *



 ミユズとグラノアは旅立つ。

 母イゼルはもう一度息子を送り出した。


「ミユズ。たとえあんたが何であろうと、あたしの息子さ。あたしと父さんの息子。ただ無事に帰ってきてくれるだけでいいんだよ」

 



 二人はまず……延ばし延ばしになっていたアルムズ・タウンへ。グラノアのパパのところへ。

 旅の途中で美味しいものを買っていこうと決めた。

 グラノアの笑顔が、ミユズは最高に嬉しかった。





 おしまい。





挿絵(By みてみん)




挿絵(By みてみん)



 * * *



親愛なるサトミ☆ンさま(ユーザID1913777)からファンアートをいただきました!


挿絵(By みてみん)


80年代アメリカンダイナーでのミユズとグラノア。色鮮やかでポップなアート♪ 僕の過去作キャラなども描かれていて感動しました!

差分イラストとしての『わしが包帯猫ピスタじゃ版』も掲載します。


挿絵(By みてみん)


素晴らしい絵で僕の作品世界を楽しんでいただいて光栄です。本当にありがとうございました!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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