12. カシュナの覚悟
ミユズとグラノアはダミアンの真実を知った――。
はるか昔、械奇王ダミアンは創造神オルガに試される。
世の安寧のために愛する者を生贄に捧げよと。
連れ添っているグラノア婆と包帯猫ピスタの力を封じ、差し出せと。
もしそれができなければ一族を滅ぼすと言う。
しかしダミアンは声に背いた。
怒ったオルガはダミアンの心を引き裂き、結果的に彼を悪鬼へと変貌させてしまった。
ダミアンは無意識に破壊と殺戮を繰り返し、抵抗するグラノアそしてピスタと戦った後、ストームアックスの廃墟へ逃げ隠れる。
徐々に自我を取り戻していた彼は、そこで生まれ変わるために不死身の血伝説を広め、自分に適合する宿主を待った。
訪れた男たちは数多。
ブランという男の次に現れたアモンこそ、ダミアンが待ち望んだ者だった。
オルガは再び言う。
「おまえの一族を救うために今度は息子のミユズをわたしに差し出すのだ」
アモン=ダミアンは訊ねる。
「またわたしを試そうというのですか?」
「その昔、おまえはグラノアとピスタを捧げなかった。わたしは怒り、おまえの心を裂くとおまえは悪鬼へと変わった。わたしの誤算だった。だからもう一度チャンスをやる。今度はおまえの息子ミユズを生贄に……」
ここ、ヒト族世界の創造神オルガは械奇王ダミアンの存在を脅威と見ていた。
ダミアンたちが彼の世界に蔓延り、彼の文明を壊し、彼の創った〝ヒト〟を脅かすものと。
オルガのダミアンに対する疑念は、彼さえも予測できない方向へ向かってしまった。
最後にロカボロと対峙するダミアンは、父親を救おうと暴れるミユズを抑えながら、械奇術で自身の『神を畏れる心』をロカボロの電子頭脳に転移させた。
神に背く意思など微塵もない正直な心を。
そうしてオルガはついに理解した。
オルガはダミアンを赦し、械奇族を見守った。
彼らが世界を脅かすことはない。
恐怖が蔓延ることはないと信じて。
ヒトと寄り添うダミアン王の心を知り、オルガは地下へ還った。
* * *
――いったい幾つもの列車が走っただろう。
夢や希望をのせて、どれだけの町を走ったろう。
どれだけの人が心を弾ませて乗っただろう。
約束の地を信じて、そんなものはないのに、それでも信じて。
何もかも失ったと思っても、まだ失うものがあると気づいた人たちがまだ、健気に列を作る。
生まれた時から人が争うのを見てきた。
束ねられ教え込まれてきた。境界線に立つようにと。
神は何のために我々をおつくりになったのか。
『いつか神に祝福された水と葡萄をいただくという希望を心に持っていない人は、人と呼べるだろうか』と、主人は言っていた。
えらく回りくどい言い方だったけど、彼の話すことも、話し方も、あたしは好きだった。
今はもうその気持ちだけでいい……――。
そんなことを考えながら、カシュナは列車を降りた。
駅を出て、無法者の街をさまよい歩く。
コートに隠した拳銃はいつでも抜ける。
元兵士だった仲間たちから扱い方を充分に習った。
六十歳のわりには肩も強く、センスがあると言われた。
《Happy Halloween》のネオンを尻目に犯罪者集団〝ディモンズ〟の巣窟と思われる酒場を訪ねる。
中には十人ほどの男女がヘラヘラふざけて酒を飲んでいた。
仮面を被り、奇抜な仮装で笑っている。
カシュナは彼らを見回し、とりあえずカウンターの椅子に腰を下ろした。
――仲間を面白半分に殺したのはきっとこいつらだ。やっと捜し当てたよ……。
ウォッカをたのむ。すると一人が寄ってきた。
「おい婆さん。そこはオレの席だ。汚ねえからさっさと失せろ」
顔を半々赤緑に塗った禿頭の男。
カシュナは冷めきった目でそれを睨みつける。
「なんだぁ婆さん、文句あんのか?」
「ふん。まったく怖かないねぇ。あんたらとは生きる信条が違うんだ。このガキどもが」
「……は、はあ? なんだと? ババアなめんな!」
カシュナも声を荒らげた。
「リーダーは誰だい?! どこにいる。ここへ連れておいで!」
「クッソ!」
仲間たちがぞろぞろ立ち上がった。
いきなり瓶を床で割り、鋭利に威嚇する男。
唾を吐き奇声を発して椅子を蹴る女。
しかしカシュナはうろたえない。
彼女は辺りを見渡すと同時にコートから手にした拳銃を振りかざした。場内は騒然となる。
「イカれてんぞこのババアは!!」
カシュナは負けない。
「あたまを連れてこいって言ってんだよ!!」
連中をかき分け、まるで肉の塊のような大男が前に出てきた。
「……オレだ。ははは。オレを殺しに来たってのか?」
身もすくむ、ホッケーマスクから覗く異様な目つき。
カシュナは息を呑んだ。
「……あ、あんたが」
「撃てよ婆さんよ。オレがディモンズ十三代目のリーダーだ。その度胸をかって撃たせてやるぜ。さあ! さあ! マスクをとって見せてやる。この醜く潰れた顔をびびらずに撃てるか? ああ? ハァーッ、ハッハ!」
「あ、あんたらがあたしの家族を! 仲間を殺したんだ!」
「あ? あ〜あ。そうそう、てめえらみてえな汚れを排除しなきゃよ。オレらが社会のために清掃員に代わって」
「やっぱり!! ブッ殺してやる!」
そこに割り込む指先。
彼らはゴーストのように現れ、すっくと立ち、カシュナが構えた拳銃の銃身をグニャリとゴムのように捻じ曲げた。
「へ?」
カシュナが見上げた先にはブラジが。
オールバックの紳士ルー・ブラジが静かに銃を奪い取った。
「いけない。カシュナさんそれだけは」
突然、鳩が豆鉄砲食らった目のディモンズたちは慌ててブラジを囲んだ。
「ヤロウ!」
しかし、さらにその周りを囲むのはヒトの姿に戻したピカン、ウォールンそして包帯猫ピスタ。
懐柔ベルトから解放され、再び実体化した彼ら。
グラノアとミユズも並んで立つ。
固まったカシュナが手を伸ばして呼んだ。
「ブラジさん!」
「こいつらはわたしの友だちが相手をします」
……ディモンズは械奇族の精鋭が殺さぬ程度にお仕置きし、がっつり全員警察に突き出した。
* * *
川のほとりで二人、ブラジとカシュナは並んで座り、しばらく黙っていた。
ブラジはグラノアに感謝していた。
心配だからカシュナを捜そうと言ってくれた。
思い詰めたカシュナを見つけて、間一髪止めることができた。
ブラジは実は、まだあきらめてはいなかった。
どうしてあんなことを、とは訊かないことにした。わかっているから。
ただ彼女の気持ちに寄り添うのだ。
たとえ亡き御主人の代わりになれなくても……と。
「カシュナさん」
うつむく彼女は小さく答える。
「……そう、ブラジさん。ごめんね、ほんとに……」
「あの……とにかく……」
「……?」
「とにかく……わたし、阿漕な商売はもうやめます。貿易の仕事だけで真面目にやり直そうと思ってます」
「そう。それがいいわ」
カシュナはうんうんうなずいた。
ブラジは背筋を伸ばして言葉を絞り出した。
「それで……い、一回ウチで、食事でも、どうかなぁ〜って、思って。わたしこれでもね、料理好きなんですよ。目玉焼きとかね」
「……え? ぷっ。他には?」
「ぇ、えーと……。トマト搾ってジュースにするとか」
カシュナはそっと肩を寄せた。
ブラジは腕を回して胸元に引き寄せた。
「カシュナさん。いっしょに暮らそう」
ブラジが纏う風に身を委ね、彼女は今度は素直に返事をした。
「……ありがとう。ブラジさん」
次回予告
グラノアの願いは械奇族とヒトとの均衡。
傍らでミユズも静かに手を合わせる。
ある日二人のもとにやって来た蜘蛛男。
贖いの時。孤独な彼にひとすじの光が射しかかる……。
次回、第13話『械奇ポスト』
……時空を超えた門よ、開け!