11. 神に試される王
ミユズの懐柔ベルト内の世界では……月臣ウォールンが闇卿ブラジと話していた。
「あの時、駅で。ブラジさん、確かにあなたに会ってたんです」
「きみはカシュナさんが連れてたあの少年だったか。そうか。弟くんが……」
「おれは自分を責めています。クミルを死なせたのはおれだと。おれは心に闇を抱えて生きてきた。親も町も社会も恨み、憎んできた。元凶はそんなおれの憎悪にある。おれさえいなきゃ……おれさえ」
正直で誠実な声の震えだった。
ブラジはそっとウォールンの肩をさすった。
「クミル君はきみが頼りで、何が起きても好きだったさ。きみが元気でいないと彼はもっと悲しむ。それは嫌だろう?」
「……はい」
「人は想い出を頼りに生きている。みな同じだと思う。わたしもそう。自分を蔑むことだって……。うまくは言えないがクミル君も今でもきっときみを見ている。縁は離れない。共にあるんだ」
そう慰めるブラジの厚い胸でウォールンは思いきり泣いた。
そしてたどり着く、そこは東部の街の地下。
ミユズとグラノアの二人はウォールンの案内で地下水路を行く。
感覚を研ぎ澄まし、冷たい暗がりを進む。
やがて立ちはだかる袋小路の石壁。
ミユズの心の中でウォールンが囁いた。
(どこかに仕掛け扉が。確か……この辺り……いや、違うな。ここ……ん? 違う)
ミユズもグラノアも壁をあちこち手で押すが、見つからない。
困惑で顔をしかめる二人。
すると雷闘ピカンがミユズの左手をライトアップした。
(どうだ? 何か見えないか?)
ミユズは左手の甲で周囲を照らした。
(うーん。ドアノブなんて、ないし)
ピスタがニャーゴと指差した。
(あるわけなかろう。ほれ、あそこの下をよく見てみぃ。なにか光っておるぞ)
それは五メートルほど先の溜まり水に見え隠れする、小さく反射する光。
近づいて目を凝らし手を伸ばすとそれは、
(百ペネ硬貨! 傷がある、これはおれのだ、おれとクミルのお金だ!)とウォールンが声を弾ませた。
ミユズとグラノアは顔を見合わせ微笑んだ。
その硬貨はあの時ウォールンのポケットから落ち、足元で石と石の間に挟まっていたのだ。
ここだ。入り口が見つかった。
* * *
対峙する二人。〝ミユズ〟とロカボロ。
しかしロカボロは見破った。
「目の前に立つおまえはミユズの姿をした偽者だ」
と。ロカボロは言う。
「おまえはアモンだな。そしておまえの中に存在るのは械奇王ダミアンだ」
街に入ってここに来るまで、アモンはずっとミユズの姿になっていた。化けていたのだ。
「欺いたなアモン。またしてもおまえは逆らった」
彼は細胞配列を変え、ゆっくりと姿をアモンに戻した。
「あなたはロカボロ……いや、その向こうにいるのは創造神オルガ。……神よ、わたしは一族を守るためなら何でもする。誰も犠牲にはできない」
……それは一年前、この世界の創造神オルガは(ロカボロの姿で)アモンに言った。
「おまえの一族を救うためにおまえの息子をわたしに差し出すのだ」
アモン=ダミアンは訊ねる。
「またわたしを試そうというのですか?」
「その昔、おまえはグラノアとピスタを捧げなかった。わたしは怒り、おまえの心を裂くとおまえは悪鬼へと変わった。わたしの誤算だった。だからもう一度チャンスをやる。今度はおまえの息子ミユズをわたしに生贄として差し出すのだ」
しかしアモンは欺いた。自らミユズの身代わりになった。
「そのように、アモンよ。おまえたち械奇族は姑息でやはり得体が知れない。わたしはおまえたちの存在を研究したが解明できなかった。だが暴れるおまえを見てわかった。おまえが放つ波動火焔〝械奇砲〟はわたしの作った文明を焼き払う。地磁気を操る械奇術はわたしの制御する重力場を狂わせる。そんなおまえたちにわたしの世界を壊されては困るのだ」
「そもそもわたしにその意思はない! 信じてください!」
オルガは疑ってやまない。
オルガは身代わりロボット・ロカボロを再び操作する。
アモンは身構えた。
老人の姿であるロカボロの肩が腕が、脚が膨張してゆく。
それは次第に黒く刺々しい巨大な鉄の塊に!
十メートル……十五メートル、白い空間で巨人ロカボロはアモンを見下ろし声を響かせて言う。
「アモン……いや、正体を晒せダミアンよ! おまえを潰さなければ話は進まない。おまえを封じなければ!」
その時だった!
「父さんっ!!」
突然ミユズが現れた。
中空から見えない扉を押し倒すように、グラノアとともに。
「ミユズ!! な、何故ここに?!」
「父さんこそどうして?! ずっと待ってたんだよ! 何故こんなところに!」
「……ミユズ……おまえは、まさか、械奇族なのか……?」
混乱してミユズの気持ちが爆発する。
「母さんを悲しませて! いったい何を考えてるんだ!!」
その隣りでグラノアは冷静に見極めた。
「……やっぱり……あなたのお父さまの中に、ダミアン王がいる」
「え?!」
グラノアは指差した。
「よく見て。お父さまの周りを。燃え盛る赤いオーラにダミアンさまの姿が見える」
変貌し巨大化したロカボロに合わせるようにアモンも変身した。
それはまるで身も心もダミアンと化すようだった。
唸り声をあげ巨人が組み合う。
舞台はダミアンの術で郊外の採石場に移された。
* * *
広大な採石場に暗雲が立ちこめる。
ロカボロは黒い岩山のようにダミアンを押し潰していた。
ダミアンは仰向けで抵抗しない。
白い空間から消えた彼らを追ってミユズとグラノアも駆けつけた。
「父さん! あなたは、父さんなんでしょ?」
ミユズがロカボロの下敷きになっているダミアンを呼ぶ。
彼は声を絞り出し、手で払った。
「……な、何故来た……おまえたちまで巻きこんでしまう。来るなミユズ!」
「ダミアンさま!」叫ぶグラノア。
「……グ、グラノアか……わかるぞ……よくぞ、無事でいてくれた」
ロカボロが一度宙に浮き、さらにとどめを刺そうとダミアンを圧し潰す。
「う、うぐぅっ!!」
地響きに転倒するミユズたち。
「父さん、どうしてこんなことに?!」
「……神は……一族の存続のためにおまえを捧げよと言われた……だが、おれにはできなかった」
耳を劈く金属音。
杭打ち機のように上下する黒い巨人。
ミユズは立ち上がった。
「父さんは……ぼくが守る!」
ロカボロの呼び声が天地を揺るがした。
「械奇兵団! ミユズを捕えよ!!」
突如出現する数多の械奇族。
ロカボロにスカウトされた異形の者たちが次から次へと行手を阻んだ。
「ダミアンの息子よ〜〜! おまえを捧げれば〜〜 おれたちは生き残れるぅ〜〜」
唸りながら立ちはだかる彼らにミユズの怒りが爆発した。
「邪魔をするな!!」
彼らを退け、ミユズはさらに進んだ。
その目は炎の如く、両掌が眼前のロカボロへ向けられる。
大気がうねり、それはミユズの周りに渦巻いていった。風が叫んでいた。
「……この道は真っ直ぐ、天国へと繋がっている。時空を超えた門よ、開け。わたしたちはこれまでの哀しみの轍を悼み、贖いの時を待ち、この魂に寄り添おう。この波動は真っ直ぐ、地獄へと繋がっている。来たれ、偉大なる我らが主よ。時空を超えて我に力を授け給え。地を割る雷光を、天を震わす叫びを、闇黒の力を――」
ミユズによる械奇文の詠唱にロカボロは震撼し、硬直した。
「何?!」
「――〝械奇砲〟!!」
ミユズの腕から放たれる光――黒い渦に包まれた赤い電光がロカボロの岩盤のような身体を半壊させる。
伸びた光ははるか山脈の尾根を削りとり、爆風が地平線に轟いた。
飛び散って地に叩きつけられるロカボロ。
それは内部の機械が露出し、ジリジリと火花を散らした。
意識を失っていたダミアンがむくりと顔を上げた。
怒りに支配されたミユズに愕然とする。止めなければと。
「やめろミユズ、やめるんだ!!」
四肢に力を漲らせるミユズは、違う何かに変わりつつあった。
「ミユズ!」
ミユズは金属の砲身と化した右腕を伸ばし、次を放つ用意をしている。
うろたえる巨人ロカボロを潰す用意を。
稲光と咆吼と闇のオーラが吹き荒れていた。
次に放ったエネルギー弾はロカボロの、歪んだ頭部をかすめた。
遮ったのはダミアン。
身を挺してロカボロを庇った。
はっとミユズは息を呑む。
瞬間、ロカボロの腕から放たれる誘導弾ミサイル。
しかしミユズに命中するも、白甲ピスタの包帯が弾き返した。
かつてダミアン王を守り抜いたという超装甲。
ガードが解除されるとミユズはダミアンに手を伸ばした。
しかし爆煙に薄っすらと浮かび上がるのは彼ミユズに砲身を向けるダミアンの姿。
元の背丈に戻した彼も同じように構えていた。
「……この道は真っ直ぐ、天国へと繋がっている。時空を超えた門よ、開け……」
囁くようなダミアンの詠唱が土煙に紛れる。
「父さん、どうして……」
「ミユズ。これ以上、暴れるんじゃない。ロカボロ……あの機械の塊は創造神オルガの身代わり。神の分身。我々は受け入れなければならない。しかしわたしは抵抗した。すべてはわたしの罪だ」
隣りに立つグラノアがミユズの手を握ってなだめた。
「我々が神を畏れる心を、忘れてはいけない」
ダミアンはうなずいた。
ミユズは膝をつき、顔を伏せた。
我を忘れ暴走した自分を恥じた。
「ぼくは……ぼくは、ただ父さんを守りたかった。でも、なんてことを……」
その時、起き上がるロカボロが声を轟かせた。
「やめるんだダミアン、撃つな。わかった。今、おまえの覚悟を知り、わたしを崇める心を理解した。ミユズに手を下してはならん」
次回予告
創造神オルガはヒトの世の安寧を願い、地下へ還る。
一方、旅人カシュナはついに仲間を殺した悪の集団ディモンズのアジトへ辿り着く……。
次回、第12話『カシュナの覚悟』
……時空を超えた門よ、開け!