10. 悲しみは酒で散らして
ミユズの父アモンはひたすらに鋼鉄の都市セントブレストを目指した。
〝ロカボロはその中央街区の地下にいる〟と言う友の声を頼りに歩いてきた。
――ロカボロよ……悪鬼討伐団長とは。どうしてもおれを排除するつもりか……とアモンは首をさする。
吹雪く裏通りの赤煉瓦を踏みしめながら息子のことを想う。
失いたくない気持ちで胸が締めつけられる。
ミユズを危険に晒すことはできなかった。
アシュリの地に居てほしかった。
『ミユズ。おまえはおれが生かす』
そして妻イゼルのことを想う。
『会いたい。おまえを愛している』と。
立ち入り禁止区画の瓦礫に洞穴への入り口を見つけた。
そこまで支えにした友=亡霊たちはおとなしく身を引いた。
ロカボロはどう迎えるつもりなのか。
思いを巡らせ暗闇を進む。
アモンは薄明かりの階段を下りてゆく。
気が遠くなるほど長く、長く。
時の感覚がなくなった頃、眩いほど白い空間にたどり着いた。
そこに、ぽつりと椅子に腰掛ける老人……ロカボロがいた。
* * *
* * *
グラノアは海の見えるカフェテラスにステージを切り替えた。
思えば落ち着いて食事もとっていない。
腹が減っては戦はできない。
ポテトは半端だった。
メニュー表を見ながら彼女は首をひねる。
「……モチ……メンタイ……ピザ?」
なんだこれはと興味本意で注文してみる。
「あなたはなにがいい?」
「……うーん」
向かいのミユズはお疲れ気味。
「……これ。カツオノタタキ」
「お、おー。なんかわかんないけどシブい。じゃ、飲み物は?」
「オレンジジュース」
「えー、合わないよ〜? まぁいいや。わたしはこの……清酒で」
カフェでこんなもの出るのかとケラケラ笑いながら他にもたのみ、二人で海を眺めた。
風が心地いい。
空は蒼く、雲は穏やか。
グラノアの緑色の髪が帽子の下で揺れる。
グラノアは姥捨山でダミアンに拾われたという。
実の息子に捨てられたが、ダミアンに拾われたと。
「……少しずつ思い出してる。それは何百年も前の話。仕方なかったのよ。わたしは重荷だったから。足も悪かったしわたしがいなくて息子家族が幸せに暮らせるんだったら、それでいいと思った」
帽子をとり、平気に笑って言う。
「だからミユズ。ちょっとだけあなたを羨ましく思ってる。お母さまと、すごく仲良くて」
と、言葉を詰まらせる彼女の目をミユズは見つめた。
うまくは言えないが、ミユズは心の中で《今はぼくがいるよ》と強く思った。
グラノアは彼にうなずくと、清酒を瓶ごと飲み干した。
* * *
楽しく食べながらグラノアはテーブルに広げた藁半紙にペンを走らせる。
彼女はここに来てあらためて記憶と導きのページを整理した。
はるか昔。
ダミアンとの最後の戦いが脳裏に浮かび上がる。
彼女を赤ん坊の姿に変える直前の彼の目、瞳の奥へ迫る。
暴れ回るダミアンだったが一瞬、そこには切ない思いが、悲しみが滲んだ。
グラノアを見つめる、そしてピスタを見つめる……まなざし。
――グラノア……遠くへ行け……
……生きろ……ピスタも……
――え?!
――おれは……悪の心に蝕まれたこのダミアンは……しばらく身を隠す……そしてロカボロを捜す――
アルムズ・タウンを発つ時、亡霊が紡いだ導きの最初のページには
〝ダミアン王は生きている。南方、アシュリの地へ逃げた〟
と、あった。しかしいたのはミユズ。
強い波動を秘めた、風を操る械奇族の若者。
雷闘ピカンもダミアンを捜して時空を超えてアシュリに来た。
その後引きずり込まれたピカンのホーム=西部での戦い。
次のページをめくると
〝東へ。猛る波動あり〟。それは月臣ウォールン。
そして次、
〝北に闇卿ブラジがいるだろう〟と。
棚ぼたで包帯猫ピスタにも再会した。
懐柔ベルトを介して、グラノアとミユズは三人プラス一匹とミーティングを開いた。
バックルをタッチすると彼らの姿が固有色でテーブルの周りに投影される。
それはグラノアとミユズにしか見えない。
塔のように高く、重機のように厳つい無口なピカン。
狼のような獣人のウォールンは今は心静か、穏やかでいる。
ブラジはまるで蝙蝠の化身。猫のピスタとは和解した。
ピスタはミユズに引き込まれたことによりクスリが抜け、まともな感情を取り戻した。
包帯猫の姿で年長らしくあたたかい目でみんなを見守っている。
「ダミアンは謎の老人ロカボロを捜しているはず」
と言ってグラノアは皆に自分のこととこれまでの成り行きを話した。
ブラジも、ストームアックスで狂人ピエルから聞いた話を反芻し、
「ダミアンという名が〝悪の王〟として裏社会で一人歩きし、犯罪者集団の間で信奉されたのだ」
と、皆に諭した。
「ピカン、ウォールン。本当のダミアンは我々が聞かされた首謀者ではない」と。
ピスタは「わしも本心ではダミアン王を信じたい。彼は何か理由があって悪鬼と化した。何か理由があるんだと……」そう涙ぐんだ。
彼ら械奇兵団の元締め〝ロカボロ〟は神出鬼没だ。
しかしその中でもウォールンはロカボロに導かれ、隠れ家へ行ったと言う。
まずはその東部の街へ行こうと皆で決めた。
しゃっくりをしながらグラノアはミユズに訊いた。
「ひっく、、……ミユズ。あらためて教えて。あなたのお父さまはアモン。お母さまはイゼル。それで間違いないのよね?」
「え? それが何なの? 今になって」
アタリメをしゃぶって念押しする。
「確かよね」
ジュースを飲んでコクリとミユズは答えた。
「間違いないよ。ちゃんと戸籍を見たことがある」
「そう。ひっく、、。それならいいの」
彼女はもうひとつ気になっていたことをブラジに訊いた。
「ブラジさん。カシュナさんて、知ってる?」
ブラジは目を丸くしてうなずいた。
「もちろん。……え、どうして? 彼女となにか、お知り合い?」
「やっぱり。うん。お友だち〜」
グラノアはニカッと笑ってもう一本お酒をたのみ、列車で出会った時の話を聞かせてあげた。
* * *
丸渕眼鏡に禿頭の小柄な老人ロカボロ。
電子音が混じるしわがれ声でその侵入者に訊いた。
「……その姿は……〝ミユズ〟か?」
対する彼はうなずいた。
立ち上がり歩み寄ると、ロカボロは凝視して笑った。
「偽者め。おまえはミユズではなくアモンだ。そしてその奥に潜むのはダミアン。すべてお見通しだ」
次回予告
ミユズとグラノアはついに謎の老人ロカボロの隠れ家を探し当てる。しかしそこにはミユズの父親アモンの姿も。明かされるロカボロの正体、械奇王ダミアンの真実……。
次回、第11話『神に試される王』
……時空を超えた門よ、開け!