淡く燃ゆりて儚く散る
落武者山という名の山がある。
嘘みたいな名前だが、調べた限りでは実在する山らしい。
その落武者山では「本当に出る」という噂がまことしやかに語り継がれている。
発生源は定かではないが、ネットの片隅で忘れさられたころに度々話題になるその話は、心霊スポット愛好家の間では有名だった。
その噂の真相を確かめるべく、仲良し三人組である、タイラ、クメジマ、ミナモトの三人はわずかな情報を頼りに噂の心霊スポットに向かっていた。
「ねえ、まだ着かないの~……」
紅一点、クメジマが痺れを切らして訊いた。
「地図上ではこのあたりだって出てるんだけどな……。ミナモト調べてみてくれよ」
タイラは助手席に座るミナモトにいった。
「ああ」とスマートフォンをポチポチして「どうやら、この峠を越えたくらいから落武者山みたいだな」と答えた。
「だってよ。もう少しの辛抱だ」とタイラ。
「それより、その人魂が出るとかって話本当なの。もし嘘だったらとんだ骨折り損の何とやらじゃん」
「それを確認するために来たんだろ」
何はともあれ三人の乗った車は落武者山に到着し、路肩に止めて日が暮れるのを待つことにした。
山は日が暮れる前から夜のような薄暗さに包まれていたが、本当に日が沈んでしまうと真っ暗闇になる。
「よし、行くか……」
「うん……」
タイラとクメジマは威勢を張っているがビビっていた。
一方ミナモトはいつものように無表情である。
道路はコンクリートで舗装され、対向車とすれ違ってもギリ大丈夫な車幅は設けられているものの、凹凸があり蛇行する道は、けもの道のように進み辛い。
ライトだけが照らす夜の山は、幽霊を信じていない者でも元始的な恐怖を感じさせる。
お化け屋敷をじっくり堪能する人のように、ニ十キロほどの速度でゆっくりと進む。
「な、何か出そうやな……」
クメジマは顔を引きつらせながらいった。
「そりゃあ、出るって言われてるからな……不思議じゃないだろ……」
タイラも同じように顔を引きつらせながら答えた。
そのとき「ギャッ!」とクメジマが運転席側に顔を出した。
「驚かすなよっ……!」
「違う違う違う……出たの、何か黄緑色に光る何かが森の中を飛んでいたの!」
「嘘いうなよ……」
「本当だって……」
「おい、車止めてくれ。あれ」
そのときミナモトが森の中のある一点を指さした。
そこには見まがうことなき淡い黄緑色の光が、有象無象に飛び交っていた。
「火の玉……」
クメジマとタイラは助手席側に乗り出して、呆然と火の玉をしばらく見つめていた。
「いや、違う……あれって……」
「きれやな~」
「ホタルだ」
山道を貫くように川が流れ、その川の上空を数えきれないほどのホタルの儚げな光が幻想的に浮かんでいた。
まるで地上にできた天の川のように。
「そうか、わかったぞ」とタイラ。
「なにが?」とクメジマ。
「出るっていう火の玉の正体だよ。きっとホタルのことだったんだ。ホタルは綺麗な水でしか生きられないっていうだろ。幽霊が出るって話を流すことで、人を遠ざけて山の環境を守っていたんじゃねえか」
「そうか! きっとそうや。名推理やな」
「俺の灰色の脳細胞が覚醒したようだな」
「そんなもん誰だってわかるだろ」
三人は日頃見ることのできないホタルの光を、憑りつかれたように見入っていた。そのとき、車の窓をとんとんとノックされた。
不意を突かれた三人は内臓を飛び上がらせ、以心伝心一斉に振り向くと……そこには全身を被毛に包まれた山男のような熊が車の中を覗き込んでいた。
「「ぎゃあああああああああ!」」
いるかいないかわからない幽霊よりも、目の前に実在する熊の方が何百倍も恐怖。タイラはアクセルべた踏みで、車を急発進させた。
その音にビックリした熊も一目散に逃げだした。
クマにとっては幽霊などより、人間たちの方が何百倍も恐怖だったとさ――。
* *
後日、タイラとクメジマは「どうだった。火の玉は出たか?」と訊く友人に笑いながら「出たぞ。あの山には近づかない方がいい。噂通り本当に出る」と釘を刺した。
「マジか……」
「マジマジ。しかも熊も出るで」とクメジマも念を押す。
「それはやべーな……」と盛り上がる三人を横目に、ミナモトは車の窓や車体にべったりついている、人の手形のような跡を見つめていた――。