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7.湯浴み

 屋敷の主はさっさとスープを飲んで、席を立って行ってしまった。レイナの分のカップと茶を手に厨房から戻ってきたセルヴィは、空っぽの席を目にして苦笑した。

 青年には紅茶だったようだが、レイナにはハーブティを淹れてくれたらしい。爽やかな香りがほっとさせてくれる。

「セルヴィ、あなたは、朝食は……?」

「あ、ぼくはこれからです」

 どうやら主の食事が終わったらいつも一人で食べているらしい。自分に対してまで主従関係でいようとするセルヴィに、レイナはちょっと寂しくなった。

「一緒に食べましょう。一人より、二人のほうが食事も楽しいわ」

「でも……」

「私も、あなたと一緒に食べたいし」

 レイナの笑顔を見ると、セルヴィも困ったように微笑んだ。そして、じゃあ、と言って自分の分を持ってきて、レイナの正面の席に座った。こんなとこ見られたら主に怒られちゃうかも、と言いつつ、セルヴィは嬉しそうだった。二人は朝食を楽しんだ。

 片づけを手伝おうとレイナも厨房に入ると、セルヴィが止めた。今度は頑として、レイナに水を触らせなかった。

「そうだ、レン、よかったら湯殿に行ってきてください。ここはぼく一人で十分ですから……レンはゆっくり、湯浴みでもして。ね?」

 そう言って、レイナは半強制的に湯殿につれて行かれた。替えの夜着(これだけはたくさんあるらしい)と清潔なタオルを置いて、「そこの薬草を入れてください」と言い残してセルヴィは厨房に戻って行った。ついたてからのぞいてみると、広い浴槽に湯がたっぷりとはってあった。かごに入っていた薬草を浮かべると、いい香りが広がる。熱い湯は背の傷に染みそうだが、傷口を清潔にすることも大事だ。レイナは覚悟を決めて、今朝、セルヴィが施してくれた包帯と湿布を丁寧にはがし、着ていた夜着と一緒にかごに入れた。

 あまり湯に浸かる習慣に慣れていないが、恐る恐る足を入れ、ゆっくりと肩までつかった。体の先端から、じんわりとあたたまってくる。傷は思ったより染みなかった。浮かべた薬草のおかげかもしれない。もうもうと立ち込める湯気を胸一杯に吸いこみ、ほっとする。

 湯浴みをするのだってかなり久々なのだ。寒い冬でも川で震えながら沐浴し、髪だけは水を通していたが、あまりいい効果はみられなかった。自慢だった髪は、今では結いあげる人もおらず、ちゃんと手入れをする時間もないのでぼさぼさだ。泥と汗でところどころからまっている。傷を負っている左肩をかばいながら、それら汚れを手櫛で丁寧に落としていく。

 昔に本で読んだ「髪には魔力が宿るらしい」という伝説を思い出してからは、もともと伸ばしていた髪をずっと切っていない。森の中を追われて走るたび、何度切ろうかと思ったか分からない。枝に絡まってもなお走るから、皮膚がはがれるんじゃないかという痛みにも何度も耐えた。そうしてでも、これだけは失うわけにはいかなかった。魔力のためだけではない。

 愛しい人に愛された、髪だった。

『陽に透けると黄金の川だね。まるで女神様だよ、レイナ』

 その人の指にからめられた髪の感触を思い出し、レイナは人知れず真っ赤になった。ああ、あの人は生きているのだろうか……。彼の命まで奪われてしまっていたら、自分は今度こそ、地の底に身を落としてでも仇を討たねばならない。

 全てが終わったら、二人で暮らせるだろうか。いや、それは無理かも知れない……きっと、自分の仇を果たしたら、彼はレイナを軽蔑し、憎しみの対象にするだろうから。それを思うと、仇を討つのも恐ろしくなる。でも、あの男がやったことを思い出すと、やはり、怒りがふつふつと湧き上がる。

 ある人たちの仇をなすか、ある人との平穏を守るか。

 どちらも愛する者たち。どちらをとるかは、まだ、分からない。

(とりあえず、今は……今は、ここで少し休憩しよう)

 レイナは目をつぶった。

(今は、彼への想いだけでもきれいに残しておかなくちゃ……)

 やさしい面影を想い出していた。やわらかい笑顔。レイナを女神だと称したが、そういう彼のほうがずっと神々しく、美しいとレイナは思っている。彼への想いは、真剣で、本物だった……。

 カタン。

 軽い小さな音に、はっと現実に返った。セルヴィだろうか? ついたてのほうを振り返り、レイナは息を飲む。

 そこには、一人立つ、黒い青年がいた。



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