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月夜に誓うは血の契り  作者: 木乃梢
番外編
55/59

“鎹” 前編―王女さまはご機嫌斜め

「かすがい」と読みます。

前後編の2話完結。

 城をぐるりと囲む、美しい庭園。その一角に佇む、趣のある東屋があった。先ほどそこに用意されたお茶会のセットをせっせとチェックしている女性の姿を、王女スカーレットはじっと見ていた。

「あなた、この銀器、まだ曇っているわ。もう少し綺麗に磨いてちょうだい」

「失礼いたしました。すぐに磨いて参ります」

 東屋の傍に立っていた侍女長が足早に去っていくのを確認してから、スカーレットは女性に声をかけた。

「ママ、今日はどんなお客さまが来るの? パパもいっしょなんて、いったいだあれ?」

「まあまあ、スカーレット。飛び上がるくらい嬉しいお客さまよ。お母さまもお父さまも、とっても楽しみなのよ」

 女性――スカーレットの母イデラは、どこか答えをはぐらかして、気もそぞろだ。誰がどう見たってウキウキしているのが分かる。

「お父さまも、もうすぐこちらにいらっしゃるはずだわ。スカーレットも楽しみにしていてね」

「パパ、お仕事平気なの? わたしと遊んでると、いっつもプリプリした宰相さんがおむかえにくるのよ」

「フフ、そうねえ、あの人はいっつもあなたの所に逃げてくるからね。でも、さすがに今日は宰相さんも手が出せないんじゃないかしら」

 意味深な言葉にスカーレットがどういうこと、と言いかけたとき。

「やあイデラ、精が出るね」

「パパっ!」

 スカーレットは、ゆっくりと歩いてくる父に駆け寄った。父はスカーレットを軽々と持ち上げて、抱っこしてくれる。

「あなた、公務は、もう?」

「ああ、なんとか終わらせたよ」

 穏やかな父ジェフリーが、スカーレットは大好きだった。彼はこの国の王さまで、本当はとっても偉いのに、スカーレットが時々読む絵本の王さまみたいにふんぞり返ったりしないし、太ってもない。おひげも生やしていないのだ。

「さあさ、そろそろお客さまがいらっしゃるわ。席について待っていましょう」

 イデラはまるで、自分のはやる気持ちを抑えるように言って、東屋のベンチに座った。そんな母を見ながら、スカーレットは父に耳打ちする。

「ママは、さっきからわたしのことなんて見えてないみたいなの。ねえパパ、どんなお客さまが来るの?」

「ママの大好きな人だよ。だから、落ち着かないんだ」

「えー? ママの大好きな人はパパでしょう? ねえ、かくしてないで、スカーレットにも教えて」

 父王に甘えるスカーレットだったが、イデラがぱっと立ち上がって東屋を出て行ったのにびっくりして、母を視線で追いかけた。あんなに舞い上がる母を、スカーレットはあんまり見たことがない。

 やがて、嬉しそうに高まった母の声が聞こえてきた。

「まあまあ、いらっしゃい! ごめんなさいね、ここまで来るのは大変だったでしょう?」

 それに答える声は、小さいのか聞こえない。スカーレットは父に抱かれたまま、二人の人物を見つけた。男の人と、女の人だ。イデラが楽しそうに話しかけているのは女性。イデラを挟んで反対側を歩いてくるのは、黒い髪で背の高い男の人だった。その腕には子どもを抱えている。

 三人が傍までやってきて、ジェフリーも嬉しそうな、優しい声で口を開いた。

「いらっしゃい、レイナ、ヴァスカ殿」

 スカーレットは、“レイナ”という名にぴくりと反応した。

「ジェフリー様! ご無沙汰しておりました」

 明るく笑う女性は、澄んだミントグリーンの瞳が印象的な、美しい人だった。金茶の髪が陽の光に輝いている。みんなが語る通りの容姿をしている。これが〈誇り高き女神〉と御大層な異名を持つハーシェル侯爵夫人か、とスカーレットは思った。

 スカーレットは、この〈女神〉と一度だけ顔合わせしたことがあるらしい。しかしまだスカーレットが生まれたばかりの頃で、記憶にはないのだ。ただ、物心ついたときからその疑いたくなるような素晴らしい・・・・・話や噂は、城の者や両親から耳が痛くなるくらい聞かされているのだ。父ジェフリーは言う、『お前もレイナのような、強く正しい女性になりなさい』。母イデラは言う、『レイナは本当に素晴らしいのよ。人として、女として、彼女ほど崇高な存在を私は知らない』。侍女たちは言う、『〈誇り高き女神〉が陛下のお父上の危機を救い、この国を守ったのですわ』。みんなは、スカーレットにレイナの素晴らしさを語って聞かせる。レイナのようになれ、レイナのような素晴らしい女性に、存在に……。

(みんなしてレイナ、女神さま、って、なによ! ニコニコしてて、ちょっとキレイなだけじゃない!)

 スカーレットは、自分でもよく分からないが彼女のことが好きになれなかった。少々ご機嫌ナナメになって女性から目を逸らした。しかし、相手はそんなスカーレットを見つけると、反対に嬉しそうに目を輝かせる。

「まあ、スカーレット様、大きくなられて……!」

「そうか、生まれたばかりの頃以来だものね。――さあスカーレット、ご挨拶なさい」

 そう言って、ジェフリーはスカーレットを芝生の上に下ろしてしまった。そんな彼女の目線に合わせようと、レイナも屈みこんでくる。それがまた子ども扱いされているようで、癇に障る。ツンと横を向くスカーレットだったが、レイナはお構いなしにスカーレットの“ご挨拶”を待っている。――仕方ない、王女の威厳を保つためよ! スカーレットはしぶしぶ、ドレスの端をつまんでとびっきり優雅なお辞儀をして見せた。

「こんにちは、スカーレット・メイベル・エスニフです」

 ちょっと驚いた顔をした後、レイナもたおやかな礼をした。

「ご機嫌麗しく、スカーレット王女殿下。私はレイナ・ローズクレア・ハーシェルと申します。お久しぶりに御目文字叶い、大変嬉しく存じます」

 なんの負い目もない、まぶしい笑顔を見せられて、スカーレットはますます居心地が悪くなる。ただ、返された挨拶はちゃんと淑女に対するものだったので、少し気が晴れた。

「そして、こちらが夫のヴァスカと――」

 黒髪の男性が目だけで会釈する。その人の気取らない、媚びない態度はスカーレットの気に入った。

「私たちの息子の、ローウェルです」

 それまで、ヴァスカの胸にすがりつくようにしていた小さな塊が、もぞもぞと動いた。顔は見せない。照れているのだろうか。イデラの歓喜の声がスカーレットの耳をつんざいた。

「まあ、この子が……! やっと会えたわ! うふふ、照れているのかしら」

 ヴァスカがローウェルの体をくるりと反転させて、イデラに見せた。

「まあ、なんてかわいい子!」

 ローウェルは大きな声にびっくりしているのか、目をぱちくりとさせている。

「髪はヴァスカさんにそっくりだけど、目はレイナ譲りね。間違いない、将来、とんでもない美男子になるわ!」

 キャッキャと楽しそうに話すイデラに連れられ、レイナはぐいぐいと東屋に引っ張られていく。そこに残されたのは、男二人と、子ども二人。

 スカーレットは父のズボンをキュッと握りしめて、無愛想なヴァスカをジェフリーの足越しに見上げた。ジェフリーとヴァスカはしばらくのあいだ、じっとお互いを見つめあって話さなかった。

 やがて、ヴァスカの方が小さな笑みを口元に乗せた。その彫像のような美しさに、スカーレットはドキリとする。

 ジェフリーも、彼に釣られるように笑っていた。そして、そっとスカーレットを抱き上げてくれた。

「お互いに、得難いものを手に入れたようだね」

「ああ……あなたには、感謝している」

「ハハハ、それはこっちのセリフだよ」

 男二人は肩を並べて歩き出し、盛り上がる女性二人をゆっくりと追いかけた。腕の中から見上げた父親の顔が、すごく遠いものに見えて、スカーレットはちょっと寂しくなった。



複雑な子どもゴコロ、なのです。

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