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4.小さな魔族

 朝になった。窓から見える木々には小鳥がとまり、愛らしい声で鳴いている。

 そんな明るい外の様子を、レイナはぼんやりと見るともなく見ていた。一晩、いろんなことを考えていた。この窓を割って逃げようか、とも思った。でも、今の状態で再び外の世界に出ても、体力の回復まではかなり時間がいる。また魔物に襲われでもしたら今度こそ命がないかもしれない。だったら、「殺さない」と断言された今、この屋敷で全快を待ってから逃げだすほうが得策に思えた。魔族に血を与えなければならないという屈辱にさえ、耐えればいいのだ。

 レイナはため息をついた。

 あの日、魔物に襲われた夜。一匹二匹ならそれほど苦戦しなくても倒せる。油断していたとはいえ、こんな痛手を被るとは大失態だ。でも、五匹もの魔物が一度に襲ってくることなど、今までなかったのだ。多くの魔物たちは単独行動を好み、そのうえ知能が低い。ゆえに、複数で協力して獲物――レイナ自身のことだが――をとろうとはしない。でも、あの夜の魔物たちは、チームワークを持っていた。おかしいのだ。何か、自然でないことがおこっている。

(まさか、あの男が何かしたというの……?)

 レイナの頭に金髪の男が浮かんだ、その時、部屋の扉が開けられた。はっとして振り返る。

「あ! 起きられるようになったんですね!」

 そこには、嬉しそうに顔を輝かせる魔族の少年がいた。その無邪気さに、レイナは目を細める。

「もう立って平気ですか? 傷、痛みません?」

「ええ、少しふらつくけど、平気よ。ありがとう」

 レイナは、なんだか、自分がやさしい気持ちになっているのに驚いた。相手は魔族だというのに……。

 少年は、湯の入った器とタオル、そして小さな瓶を抱えていた。それらをテーブルに置くと、くるりとレイナに向き直る。その姿にレイナははっとした。

「ロビン!」

 思わず叫んでしまった。そしてその誤りに気付く。

「あ……ごめんなさい、……」

 きまりが悪く、レイナは足もとに視線を漂わせる。しかし、少年は気にしていないようだった。明るい声で答える。

「ぼく、レイナ様のお知り合いに似てますか?」

「ええ……とても」

 言いつつ、レイナは懐かしい面影に思いを馳せていた。少年のこげ茶の髪や、子どもらしい動きの端々に、似通ったところがありすぎる。

(調子が狂うわ……)

 心のなかで、つぶやいた。

「あの、ところで、背中の傷の具合を診にきたんですが……」

 レイナは我に返って、少年に向き直った。意図していることを理解して、少年に背を向けるようにしてベッドに座った。あの瓶はおそらく、先日背に塗られた、ものすごくしみる薬だろう。でもそのおかげか、すでにかさぶたができているのだから、傷の治りはずいぶん早いように思われる。

 レイナはシルクの夜着の胸元を広げ、背に滑らした。この少年になら、なぜか安心して任せられた。それは、彼からかすかな魔の気配しかしないからか、愛しい者に似ているからなのか……。レイナは、肩越しに、少年がはっと息を呑むのを感じた。

「主に、お会いしたんですね……」

 首筋に二つあいた、小さな傷に気付いたのだろう。少年は気遣うように言った。その様子に、レイナはなんだかおかしくなってしまって笑った。だって、あの人の使い魔なら、あの人がレイナをここに連れ込んだ理由ぐらい十分に知っているはずだからだ。

「ええ、昨晩ね。驚いたわ、吸血魔族って本当にいるなんて思ってなかったから……」

「……ごめんなさい」

「まあ、なんであなたが謝るの?」

 レイナはやっぱりほほ笑んで、少年に顔を向けた。

「それと、レイナ様なんて呼ばないで。私よりずっと小さいあなたに、様なんてつけられたら困ってしまうわ。ねえ……セルヴィ?」

 少年――もといセルヴィは、一瞬嬉しそうに顔を輝かせたが、すぐに慌ててレイナに詰め寄った。

「いけません、レイナ様は主のお客人なんです。丁重におもてなししくちゃ。主に怒られてしまうもの……」

「あら、あの人は私のことを“糧”だとおっしゃったわ。ということは、あなたは食料にまで敬意を払うのかしら?」

 ちょっとからかってやると、セルヴィは困ったように眉をさげた。レイナは笑顔で続ける。

「とにかく……私のことはレイナと呼んで。それがだめならレンでもいいわ。小さいころ、そう呼ばれてたの」

 セルヴィはずいぶん迷った結果、レンという愛称で呼ぶと決めた。さっそく呼ばれたその響きがレイナには懐かしく、やさしく。すさんだ心に体温が戻ってきて、ほっこりと、湯気を漂わせるように感じた。

 ……でも、この切なさはなんだろう?

 レイナは、純粋な“大切にしたい”と思う気持ちの裏で、理由の分からない小さな罪悪感にちくりと刺された気がした。



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