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47.彼の血

 二人の力は均衡していた。魔族の戦いは、体技もあれば魔力の遠隔攻撃もある。レイナの見慣れてきた騎士の闘技とは全く別物である。次にどんな攻撃が繰り出されるか予想ができない。速すぎて二人の動きが見えないこともあった。

 レイナはただただ、ヴァスカを見守ることしかできない。

 ――ヴァスカが来てくれた。

 それだけで、こんなにも心強いなんて、レイナは考えてもいなかった。ただ、彼の目的はレイナを助け出すだけでなく、ゼデキアに対する復讐を果たすことでもあるのだ。ゼデキアを倒せば、セルヴィとヴァスカは、奴に封印されてしまった自分たちの魔界での“居場所”を奪還できる。そうすれば二人は魔界に戻って、使い魔とその主人という召喚関係を元に戻し、本来の姿――双子に、戻れるのだ。それこそがヴァスカの唯一で最大の願い。これが叶えばきっと、セルヴィの願いも同時に叶う。彼の望みは、自分が成長できないせいで苦しんでいる大切なヴァスカを解放してあげること。

(私なんか、入る隙間もないくらいの兄弟愛だわ)

 感傷的になって、そんなことを思った、その時……

 ドンドンドンッ! ――思考をかき消すかのように戸が鳴った。

『陛下! どうなさいました? ここをお開けください!』

 外から男の声がした。ドアは絶えず叩かれる。

(そんな、どうしよう!)

 この闘いの音を聞きつけたのか、人が来てしまった。

 城の者にとってゼデキアは国王だ。そんな彼と闘う怪しい庭師の格好をしたヴァスカは、どう見たって味方ではない。ゼデキアの相手だけで精一杯なのに、他に人が来てはまずい。ちらとヴァスカを見れば、少し戦況が悪そうだ。ゼデキアに押されている。

(機会を見て、私の〈白き力〉を使えれば……)

 この数日、精力を他でもないゼデキアに奪われていたのだから、大した加勢にはならないだろう。それでも、一瞬の隙でも作れれば、ヴァスカがどうにかしてくれる。そう思った。集中して戦況を見つめていた時だった。

『どうした? 仮眠室で何か……』

 耳に入ってきた声に一瞬にして全神経が持って行かれる。レイナはハッと扉を再び振り返った。

(まさか、まさか……いいえ、でも、ここは王城――!)

『お、王太子殿下! 実は、先ほどから何やら大きな物音がいたしますので、心配になり……』

 ああ、やはり……扉の向こうに、彼の人が。なんてことだろう。こんな状況で、彼の声を聞くなんて! ……だけど、もしかしたら、彼なら事情を話せば分かってくれるかもしれない。

 そこでふと、自分の思考のずるさにレイナは首を振る。

(馬鹿! なんてひどいことを。私は彼を傷つけた、突然行方不明になって、お尋ね者として全国で指名手配されて。彼がショックを受けなかったはずがないわ、それなのに、私の声を聞けば分かってくれるかも、なんて、そんな卑怯な考え……ああ、でも、どうしよう! ヴァスカを救うには、この闘いを切り抜けるには、どうすれば――)

「やめろ……!」

 ヴァスカの苦しげな叫びを聞く。はっとしてレイナは振り返った。目の前にゼデキアの身体。悲鳴を上げる間もなく側頭を殴られた。脳が揺れる。そのまま壁に身体を打ちつけ、レイナは床に倒れ込んだ。

「くそっ……!」

 ヴァスカもまた床に倒れ、思うように身体が動かなかった。手酷い攻撃を受けたようだ。悔しそうに絨毯を叩きつけた。

 ゼデキアは落ち着いた足取りで扉に近づくと、内側から軽くノックした。

「そこに誰がいる?」

『――陛下?! ああ、ご無事で! あの、中で一体……』

「誰がいるかと聞いている」

 少し苛立った声でもう一度言うゼデキア。護衛の騎士なのか、男は王の怒りを感じ取り慌てふためいている。

『父上、ジェフリーでございます。ここにいるのは私と、この近衛兵1名のみです』

 すかさず、といった感じでジェフリーが口を開いた。

「ジャフ、その近衛とやらを連れてここから離れろ。〈白の聖僧〉たちに、城を覆う結界を解き、代わりにこの部屋だけを囲えと伝えろ。この部屋には、絶対に、誰も入れるな」

『――御意に。しかし只事ではありますまい、お話くださいませんか』

「うるさい、黙って従え! 話すことなどない!」

 もはや王としての振る舞いも面倒になったのか。“賢王”はいずこ、彼はただの魔族“ゼデキア”となって怒鳴った。

 扉の向こうは数秒沈黙し、やがて小さな話し声と足音とともに二つの気配が遠ざかっていった。

 ゼデキアが振り返ると、ヴァスカはフラフラとしながらも立ち上がったところだった。レイナの横をゼデキアが通り過ぎる。そのとき、彼も無傷ではないことをレイナは悟った。荒い息遣いと少し重そうに足を引きずる音。そうして、二人はまた、無言で対峙した。

 レイナはぐらつく頭を支え、上体を起こした。一瞬胸によぎった希望は、ゼデキアによって追い払われた。あのように父王の怒りを聞いては、おそらく王太子という立場ではどうすることも出来ないだろう。ジェフリーに頼ることはできない。いや、それ以前に、レイナが自分の存在を使って彼に訴えかけることは、彼の尊厳を貶める。ヴァスカを――ジェフリーではなく愛した男を助けるために、以前心を通わせたその情に訴えるのは、あまりに、卑怯だ。

 レイナが見守っていると、ゼデキアがふと、思い出したように話出した。

「お前、親父が死んだことは知ってんのか?」

 ぴくり、とヴァスカの眉が動く。

「……そうか、知らないか。当たり前だよなあ、お前はもうずっと、魔界に縁がないから」

 そのあまりの気安さに、レイナは嫌な予感がした。まるで友に話しかけるように、昔を懐かしむように、壁のない声。何か聞いてはいけないことが、ゼデキアの口から出てくる気がした。

「お前たち“喜びの御子ら”がいなくなって、予想外のことが起きたんだよ、ヴァスカ。意外にも、あの冷血な男が、悲しみに暮れたのさ! 信じられるか? 親父は、嘆いて、悲しんで、そうしているうちにどんどん身体が老いていった。人間みたいに髪が白くなり肌がたるみ、背が曲がって縮んだ。それまで半永久的な命を以って若さを保っていた身体が、たった数カ月で、人間で言う何十年もの年をとったのさ。そうして衰弱で死んでいった……人間に魔の魂を持って行かれたんだと、皆に笑われた。俺はそんな親父の恥を背負って、宰相を継いだ」

 心臓が、痛い。ゼデキアの話から、レイナは再び“何か”を掴みかけていた。根拠のない予想だった。信じられないという思いが巡って、その事実を飲み込めない。

(だって、まるで、“親父”って呼び方が……ヴァスカのお父さんの話なのに、すごく、親しげで……)

 ヴァスカは、くっと鼻に皺を寄せた。ゼデキアの背後のレイナをちらと見て、再びゼデキアを睨みつける。どこか焦っている。

「それ以上、何も語るな……俺はお前たちの話など、聞かなくていい」

「“お前たち”だって?」

 ゼデキアは、ヴァスカの目の動きを見逃さなかった。斜め後方にいるレイナを自分も見て、ヴァスカを見た。ニタァ、と、嫌な笑みを浮かべる。

「ずいぶん他人行儀なことを言ってくれるじゃないか……なあ、ヴァスカ?」

「っ、やめろ!」

 ヴァスカが動いた。手には魔力の塊。しかし感情むき出しの攻撃は相手に読まれやすい。ゼデキアはいとも簡単にヴァスカの腕を掴んだ。

「もしやお前、あの娘に話していないのか」

「あいつには関係のないことだ! 話す必要などない!」

「だったら何故そんなに焦る? 必要がないんじゃなくて、聞かせたくなかったんだろう。話して離れられるのが怖かった、違うか?」

「くそっ!」

 もう一方の手をゼデキアの顔めがけて打ちこんだ――が、その拳もまた握り込まれた。身動きの出来ないヴァスカの顔面にゼデキアが頭を突き出す。鈍い音がした。ゼデキアはそのままレイナのほうにヴァスカを放り投げる。

「ヴァスカ!」

 レイナはとっさに彼に近寄る。瞼が切れて出血がひどい。必死で傷を押さえるが、レイナの指の間から次々ヴァスカの血が流れる。ゼデキアはゆっくりと、二人に歩み寄った。

「よく聞くがいい、お姫様……」

 そして、二人を見下ろして、笑う。

 真実を告げよう、歌うように。


「――その血の半分は、俺と同じものが流れているのさ」





ヴァスカの、最後の秘密。

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