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44.王の巡回

「なにか変りはあったか?」

 王城、とある尖塔の部屋。

 ゼデキアは王の象徴である深紅に染め上げた毛皮のマントを肩にはおり、悠然と部屋を歩いて回っていた。

「いえ、何もありません。ときどき魔物が結界にぶつかっているようですが、取るに足らないものたちばかりです」

 答えるのは、純白の祭服を身にまとった〈白の聖僧〉の一人、灰色のひげが豊かな老人だ。

「そうか。引き続き、警戒を怠るな」

「はっ」

 老人は王の一歩後ろをついてまわっているが、ほかの〈白の聖僧〉たちは皆、円形の部屋の壁に向かって瞑目の姿勢を崩さない。一見、一国の王に対して不敬に見えるが、彼らはその国王もとい首長からの命で、この王城全体を覆う魔除けの結界を張っている。ゼデキアはレイナをさらって帰ってきてすぐ、〈白の聖僧〉たちのまとめ役である老人に「嫌な予感がする」など嘘を言い、老人に、特に力の強い聖僧たちを選りすぐって結界班を作り、昼夜問わず結界周りに意識を張り巡らせ警戒態勢を布かせるように命じたのだ。

 ゼデキアは一人口元に笑みを浮かべた。

 彼ら〈白の聖僧〉たちは、首長であるゼデキアになんの疑問も持たないで信頼している。それもそのはずだ。ゼデキアは、当時国王だった男を殺しその座を自身の物へとすり替え、城中に暗示をかけてだまし続け、十五年を国王・首長として生きている。当時の国王は、妻である王妃を長引く産後の病で亡くし、まだ幼い王子を抱えて絶望していた。負の心がゼデキアという魔族の鼻を引き寄せ、破滅を招く結果となったのだ。

 ゼデキアとしては、国王としての立場より首長としての立場がとても魅力的だった。教会を束ねる首長のもとには、各地の教会で洗礼を受けて〈白き力〉などの強い力を持っていることが分かった幼子たちの情報が全て届く。洗礼の際に強大な力を認められると、その幼子は将来〈白の聖僧〉になるべくその後を約束される。力ある者は、同時に魔力を高める澄んだ美味い血を持つ者だ。

 憎たらしい幼い双子の兄弟は、どうやら人間界で生き延びているようだと当たりをつけたゼデキアは、飽きるような長い人生の暇つぶしの一つとして、自分も人間界に下りて“狩り”を楽しむことにしたのだ。ゼデキアは首長のもとに届く多くの情報を手中に収め、裏で様々な工作をし、力を持つ者――つまり美味い血を持つ数多の人々を屠ってきた。

 そうして、裏で力を蓄えつつも、表向きは現在のような揺るがない信頼と地位を勝ち得て、暇つぶしには十分な展開をいま、ゼデキアは動かしている。笑いが止まらない。しかし同時に、この暇つぶしのゲームがそろそろ終わってしまうのも惜しい。

(さあヴァスカ、この強力な結界を、お前はどう破ってくるかな? どちらに転んでも、俺を楽しませてくれればそれでいいが、せいぜい、無様に足掻いてくれよ)

 すっかり国王に騙されている老人聖僧は、ゼデキアの不敵な笑みも自分たちへの無言の賞賛ととらえ、満足げに頷いていたのだった。

「ところで陛下、最近執務室にこもっていると伺っております。先日おっしゃっていた“嫌な予感”となにか関係でもあるんでしょうか?」

「そうだな、あまり詳しいことは言えないが……全国の教会から報告書を出させたんだが、それを読むのに存外時間をとられていてな。寝室に戻る時間も惜しいゆえ、夜は仮眠室で寝ている」

「そうでしたか……何かあれば、わたくしども〈白の聖僧〉は、いつでも陛下の手足となります。どうぞご自愛くださいませ」

「ははっ、そのようなこと、この間ジャフにも言われてしまった」

「王子殿下に、ですか」

「自分もいるのだから、無理はするな、とな。……余も、年をとった。そろそろジャフのことも考える時期なのかもしれん。そのときは、どうか、余と変わらぬ忠誠をあいつに捧げておくれよ」

 ゼデキアが重い手を老人の肩に乗せると、老人は、感極まった様子でなんども頷いていた。

 尖塔の部屋を後にしながら、ゼデキアは嘲笑を浮かべた。

(敬愛する王を殺した俺を、賢王だと仰いでるやつらは、実に滑稽だ……)

 ずっと続けてきた、王様ごっこ。魔界でもゼデキアは、“喜びの御子ら”――ヴァスカとセルヴィ――が失踪した上に、前宰相が亡くなったことにより今やその宰相の地位を受け継いでいる。しかし前宰相は偉大すぎた。それ故ゼデキアの肩にのしかかるプレッシャーは大きく、また魔界の民は愚かな君主に対して容赦なく自分がのし上がろうとする。さらに今、ゼデキアが魔界を長いこと開けていることにより、あちらは大荒れだった。そのおかげで下等な魔物たちを人間界に引き入れるのも楽に出来るのだが、ゼデキアには、人間界の者たちが尊敬と畏怖の眼差しで自分を見上げるというその環境に新鮮さと快感を覚えていたのだ。だからやめられない。ジェフリーの父親という、煩雑な役割を演じてでも、十分に楽しい仕事だった。

「陛下、執務室にお戻りでしょうか?」

 一歩後ろを追いかけてくる側近の男に声をかけられ、ゼデキアはサッと真顔に戻した表情で頷く。

「ああ、書類を片付けよう。まだ来る報告書にも目を通さなくてはいけないな」

「では、私は先に執務室に行って準備をして参ります。予定より10分ほど余裕がありますので、よろしければゆっくりいらしてください」

「ああ、ありがとう。では息抜きに庭園を通って行こう」

 側近が一礼して廊下の先を行く。

 ゼデキアは言葉通り、綺麗に手入れされている庭園への道をたどった。冬でも緑の葉を落とさない木を眺め、霜で白っぽくなった広い芝の中を通る石の道をゆったりと歩く。薄い雲の広がる空は明るく、灰色がまぶしい。

 しばらくぶらぶらと歩いていて、ふわっと背中から風が吹いた。ふと、何かの気配を感じた。振り返ってみるが、離れたところで庭師がひとり、黙々と作業をしているのみ。初めて見る男だ、と思ってから自嘲する。さすがのゼデキアも、末端の末端である庭師の顔一つ一つまで覚えている訳ではない。

(俺も存外疲れているのやもしれん。国王らしくあるのも大変なもんだ……。戻ったら、娘の血を頂こうか)

 楽しげに口元を歪ませて、ゼデキアは庭を後にした。その背を見つめる視線には、気付くこともなかった。


 執務室に戻り仕事をしてしばらく。隣室から物が落ちるような音がした。幸い側近が別の用事で席をはずしていたが、娘がこちらにまで聞こえるような音を立てるのは珍しいと思い、ゼデキアは仮眠室の様子を見ることにした。ちょうど喉も渇いてきた。

 扉を開け短い廊下を曲がった先にある寝室のベッドの上に娘はいなかった。ベッドの足からつながる鎖をたどっていくと、風呂場へと続いているようだ。脱衣所をのぞくと、娘がうずくまっている。もともと細かったがそれからさらに痩せて、しかも貧血でよく倒れるようになった。思えばここに来てからすっかりやつれて、美しかった琥珀の髪も艶を失ったように思う。首は鬱血のあざと噛み傷で色がまだらだ。それら全てがゼデキアには彼女を支配しているという証で、暗い喜びの種だった。

「また倒れたか」

 肩を掴んで顔を見ようとしたが、パシンと払いのけられた。

「触らないで」

 そして髪の間から鋭く睨んでくる。額には脂汗が浮いて、苦しそうだ。貧血だけではなく、どこか悪いのかもしれない。ゼデキアにはどうでもいいことだが、死なれては困る。至高の血が失われてしまうのは惜しいのだ。

「お前の指図に、俺が従うわけがないだろう」

 彼女の小さな顎を握りつぶさんばかりに力強く掴み、ゼデキアは彼女の唇に噛みついた。鋭い犬歯に唇と舌を噛まれ、そこから血を奪われる。痛みによる悲鳴も呑みこまれた。

 食事(・・)を終えて娘を乱暴に放し、ゼデキアは立ち上がった。

「倒れるのも何するのも勝手だが、物音を立てるな。下手に動けば、どうなるか……分かっているな?」

 それはつまり、彼女の大切なジェフリーの命は、ゼデキアが好きにするということ。

 娘は反抗的な態度もせず、力なく頷くだけだった。その様子にゼデキアはほくそ笑む。徐々に彼女の心が堕ちてきているのが目に見えて分かるからだ。いつか自分の足もとにひざまずかせてやるという願いも、近く叶うかもしれない。

 座り込んだ娘をそのままに、ゼデキアは執務室に戻っていく。そろそろ側近も戻ってくるだろうし、仕事もしなければいけない。次に娘の血を味わうのは、おそらく夜だろう。今宵もまた、彼女の小さな体を抱いて眠ろう……。

 ゼデキアは楽しげに鼻を鳴らし、仕事を再開した。




洗礼の話のあたり、説明的であんまりスマートな文章にできませんでした;;

お堅い感じですみません、後々推敲していきたいと思います。

いつになるか分かりませんが……汗

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