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41.拘束

 ジャラ……

「う……ん……」

 ジャララッ……

 みじろぎするたびに、何やら音が鳴る――

 レイナは、浮上した意識のままそっと目を覚ました。身体は冷えて、無意識のうちに丸まって寝ていたようだ。その手足の先に、不自然な重みがかかる。

「な、に、コレ……」

 レイナの手首と足首に片方ずつ、凶暴な魔物をつなぎとめておくかのような太い鎖がつながれていた。ガチャガチャと必死に手首を抜こうとするが、冷たい鎖はびくともせず。繰り返すうちに手首から血がにじんできた。

(私、どうして……ここは……?)

 あたりを見回そうと首を右に向けた瞬間、左肘を後ろから強く掴まれた。

「――ッ?!」

「やっとお目覚めか」

 そこには、下卑た笑みを浮かべるゼデキア。

「さっそく気がきくねぇ。俺に飼われるには、これぐらいしてもらわねぇとな」

 そう言って、血のにじんだレイナの手首を口元に持って行き、鎖との隙間をベロリと舐め上げた。そして恍惚とした表情でレイナを見やり、そのままベッドに押し倒した。ゼデキアの大きな体にのしかかられ、レイナは身動きもとれない。

「お前の血は本当に凄いな。少し舐めただけで、こんなにも血が騒ぐ……」

 そう言ってレイナの首筋に鼻をうめ、大きく息を吸い込む。何度かそれを繰り返したと思ったら、突然、鎖骨の辺りに痛みが走った。噛まれたのだ。背筋を悪寒が走る。全身に鳥肌がたった。

「おいおい、ずいぶんな反応だな」

 ゼデキアはレイナの体が強張ったのに気付いたらしく、顔を離して笑っていた。

「吸血されるとキモチイイんじゃないのかよ? 女はみんな、俺がひと噛みすりゃ喜んで体を差し出してきたぞ」

 レイナはぞっとした。

(……こいつは、狂ってる)

 魔族に人の感情を求めることが間違っているのかもしれない。そもそも、人と魔族がこうして深く関わることはそう多くない。だから人間の常識をただ押し付けているだけなのかもしれないが……それでも。レイナは、ヴァスカという、人の感情を持つ魔族を知ってしまった。だからどうしても、この男の考えには不快感しか覚えないのだ。

「あんたは知らないのよ……本当に好きな人が出来たとき、人間はそれ以外の人を求めないの」

 しかし果敢に睨み返すレイナを、ゼデキアは楽しそうに眺めるだけだ。

「新しい知識を教えてくれてありがとう。じゃあお礼に、俺もいいことを教えてやろう……」

 ゼデキアがそっとレイナの耳に唇を寄せ、囁いた。

「お前みたいに生意気で、嫌がり抵抗する小娘を、いたぶって懐柔するのが俺の喜びなのさ」

 大きな手が喉に絡みつく。ゼデキアは動物みたいな男だ。人の急所をよく分かっている。そして背を向け逃げだせば飛びかかって襲うのだ。だから逃げれば喰われる。

(――屈してなるものか!)

 圧迫が強くなる。ギリギリと締まる手と同じように強くゼデキアを睨みつけた。泣いてはだめ。命を請うてもだめ。強くあらねば取りこまれる。

 ようやく意識が飛ぶ寸前で手が離れた。喉がヒュッと鳴って、空気が流れ込む。激しく咳きこんで悔しくも涙がにじんだ。頭がジンジンと痛む。

 そんなレイナを楽しそうに見下ろして、ゼデキアは言った。

「ここは、お前には懐かしい王城だ。いま国中の優秀な聖僧が集まって、ここを邪悪なるものから守るための強力な結界を張っている。……意味は、分かるよな?」

 ――つまり、ヴァスカは助けに来ないということ。そしてレイナは、まさに〈極上の糧を作り出し続ける器〉として、ゼデキアに生かされることになるということ。

(そんなことになるならいっそ、自分で命を絶つ)

 レイナのそんな誓いを見抜いたのか、ゼデキアが笑いだす。

「残念ながらお前を死なせるつもりはない。この部屋には凶器になるようなものはないし、その鎖もお前の首を締めるには太く重すぎるはずだ。それに、一つ思い出してもらわなくちゃならん。お前の大切なジャフは、俺の手中にあるということをな」

 ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。護衛の者らしき低い声が続く。

「陛下、外でジェフリー王子殿下がお待ちです。お通ししますか?」

「いい、ここには通すな。そのまま執務室に入れてやってくれ。余もすぐに行こう」

 国王の声で答えてから、ゼデキアはレイナを振り返る。

「ここは国王の執務室の隣にある仮眠室だ。かわいい息子のジャフが、俺が仮眠室にこもっていると聞いて心配して来てくれたようだな。懐かしいだろう? 特別に、隣の部屋の音を聞かせてやろう」

 そう言って、ゼデキアは指を一つ鳴らしてから、部屋を出て行った。おそらく何か魔力を使って、執務室の音をこちらに聞こえるようにしたのだろう。しばらくすると二人の声が聞こえてきた。

『父上!』

『おお、ジャフ、どうした』

『頭痛がすると言って、仮眠室に入られたと聞きました。お加減はどうですか?』

『なに、大したことではない。昨日の睡眠不足がたたったんだろうよ。心配掛けてすまぬな』

『……父上、わたしももう執務を任されてだいぶ経ちます。優秀な補佐役も付けてくださったことですし、そんなに父上が負担なさらないでも、わたしたちで回していけますゆえ。どうぞ、ご自愛ください』

『そうだな、あんまり余が手を回すのも、お前たちに失礼というものだな。分かった、これからは気をつけよう。わざわざ足を運ばせてすまなかったな。ありがとう』

『いいえ……では、わたしはこれで。ゆっくりお休みください。失礼します』

 パタン、と静かに扉を締める音。

 レイナは溢れる感情に胸を詰まらせた。

(――無事、だった……)

 レイナがゼデキアから逃げ続けていた間、ジェフリーのことが気がかりだった。王子の訃報の話はどこにいても聞こえなかったから無事であるだろうと言い聞かせてきたが、やはりゼデキアはジェフリーには手を出さなかったようだ。ひとつ、安心した。そして同時に罪悪感も。

(ジェフリー様、私、違う人を愛してしまった……)

 それでもなお、大切な友人として彼のことを思うのは卑怯だろうか。しかしそれがレイナの正直な気持ちだった。異性として愛すことはしなくても、ジェフリーは今でもレイナの大切な人には変わりないのだ。

 もんもんとしていると、仮眠室の扉が開きゼデキアが入ってきた。その顔には嫌な笑みを浮かべている。

「ジェフリーが無事で安心したか? 一つ教えてやるが、あいつは突然消えてしまった恋人の安否を気にして、一国の王子でいい歳なのに、結婚相手どころか好きな女もいない。消えた恋人が指名手配されていても、何かの誤解だと未だに信じている甘ったれた思考のおめでたい奴よ」

 それを聞いて、レイナはズンと責任がのしかかるのを感じた。

 ジェフリーはレイナのことを未だに想い心配してくれているのに、当の自分はほったらかしにしてしまった彼を振り返るどころか他の男を愛しているのだ。しかもその人は魔族で、おそらく彼の本当の父王の仇である人と同族で。

(とことん、どうしようもないな、私って……)

 自嘲の笑みを浮かべると、ゼデキアは嬉しそうににやついた。

「いい顔をするじゃないか。そうやって、ゆっくりと俺のもとに堕ちてくるといい」

 そうしてクツクツと喉で笑いながら執務室へと戻っていった。

「あんたと同じようには、絶対に、ならないわ……」

 閉じられた扉に言うが、その声は、妙に自信のないものだった。

 レイナは重たい手足を動かして再びベッドに丸まった。目をつぶって眠ろうとする。やがて静かな寝息が空気に溶けはじめたころ、レイナの頬を一筋の涙が伝った。

 ゼデキアに捕まったレイナを知る者は、捕まえた本人を含む三人だけ。レイナは諦めと、また相反する期待を抱いて、夢に苦しまされる浅い眠りについた。


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