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40.魔の手

 ヴァスカは自身の想いに気付くと、いてもたってもいられず、そして二人の距離が今以上に開いてしまうのを恐れて、すぐに結界内に意識を張り巡らせ、目当ての気配を探した。それはすぐに見つかる。しかし、庭のある一か所でずっと動かない。外を見ると、重い雲が西の空から迫ってきていた。いよいよ雪が降るかもしれない。かなり寒いだろうに、いったいどうしたと言うのか。

 ヴァスカは妙な胸騒ぎを覚え、足早に彼女のもとへ向かった。

 彼女に、伝えたいことがたくさんある。――だから、どうか。



 ***



 セルヴィは、最近では眠りにしか入らない自室に、珍しく眠る以外の目的を持って、いた。

 小さなタンスの、一番小さな引き出しを開ける。その最奥に手を差し込んで、両手に乗るくらいの大きさの、美しい細工をされた木箱を取り出した。それをそっと胸に抱いてから、セルヴィは丁寧にテーブルの上に置いた。しばらく逡巡しながら、ついに意を決し、それを開く。

 そこには、革ひもで巧みに編んだ小さな輪が、二つ。大事そうに並べられていた。

 その二つともに、紫紺の不思議な色の石がついている。それは、大人には小さすぎるサイズのブレスレットだった。

 セルヴィは紫紺の石を指先でつつき弄びながら、遠い昔に思いを馳せる。これはセルヴィとヴァスカの母が、死する直前に完成させた、子どもたちへのささやかなプレゼント。それは、一つではなく、確かに、二つあった。

(これを見れば、今なら、前を向ける? ヴァスカ……)

 心の中で呼びかけて、セルヴィはそっと目をつぶる。脳裏によみがえるのは、穏やかな表情でレイナを見つめる彼。

「今なら、正しく受け止めてくれるよね……母さま」

 そっと、木箱の蓋を戻す。それを持ってセルヴィはヴァスカのもとへ駆け出した。彼の居場所はいつだってすぐ分かる。今でこそ姿形はそれと見えなくてもヴァスカとセルヴィは双子で、いつだってセルヴィの片割れで、違えることのない半身なのだから。

 彼は庭に向かっている。何か、心に秘める想いを強くして。

 ぼくもね、ヴァスカ、伝えたいことがあるよ。母さまは苦しんでいた、――ヴァスカを愛するがゆえに。



 ***



 様々な情報をもとに割り出したその場所に、彼は立っていた。広大な森の中、特に目印もないその場所。じっと見つめる先も、変わらず森が続くのみだった。

 しかし彼は知っている。この森が切れ、存在する古城のことを。昔、愛する者が暮らし、ゆっくりとその命を壊していった場所だ。

 彼は憎しみをぶつけた兄弟を魔界から閉め出した。まだまだ子どもの二人だけでは、人間界で暮らしていくなどできないだろう。そう高を括っていたのだが、思ったよりも彼らはしぶとかった。彼が記憶から消そうとしてきたこの古城――事実、最近までその存在を思い出しもしなかった――に暮らし、強力な結界を施し、彼の監視の目をかいくぐりながら今日まで生き延びた。しかもその身の内に、彼への復讐心を燃やしながら。

 そして、こんな偶然があろうかと疑ったが、彼がここ数年で見出し、彼の許を逃げられたあとに捜してきた娘も、ここにいる。さらにその娘に、兄弟は惹かれていると言うではないか! まったく、全ての状況が、彼の面白いように、彼を満足させるためかのようにそろっていく。

「神がいるとするならば、随分とおふざけが好きな者のようだな。あるいは、この魔族の力にひれ伏したか」

 彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、高笑いを響かせながら魔力を爆発させた。



 ***



 小走りに廊下を行くヴァスカの脳内に、今まで感じたことのないほどの衝撃と破壊音が響き渡った。一瞬何が起きたのか分からなかった。ガラガラと何かが崩落していく音。そして、突如として、悪意に満ちた魔の気配を感じた。

 その、肌が粟立つ魔力はよく知っている。紛れもなく、“奴”だ。

 ヴァスカは走りだした。復讐を果たせる暗い喜びと同時に、微かな不安を胸に抱えて。



 ***



 大気がビリビリと震えた。レイナは涙に濡れた顔を上げた。すうっと背筋が冷える。

(この、気配――)

「やっと見つけたよ、我が姫君」

 猫なで声がレイナの肌を不快に滑っていく。レイナは反射的に立ち上がり、飛び退いた。

「っ、ゼデキア、どうしてここに……」

 レイナの父と弟の仇であり、ヴァスカの復讐の目標でもある男。

 彼はにんまりと嫌な笑みを貼り付けている。

「ヴァスカから話は聞いているんだろう? 俺はお前が欲しい。あいつも、お前を手に入れたがっていて、しかも俺を殺したいほど憎んでいる。――この偶然、利用する以外にどうしろと? 俺はお前を手に入れて、あいつも消し去ってやるつもりだ」

「ヴァスカは強いわ……油断してると足元掬われるわよ。でも、その前に――」

 レイナの力が爆発する。

「私があんたを仕留めるッ!」

 全身に〈白き力〉を纏い、レイナがゼデキアに突進した。その懐に入り込み遠心力たっぷりの回し蹴りをお見舞いする――が。レイナの足は空を蹴った。ぐらりとバランスを崩した彼女は、しかし、次の瞬間には喉を掴まれ絞めあげられていた。

「ん、くっ……!」

 大きな手を両手で掴み白き力を集中させるが、彼は涼しい顔でレイナの首を絞め続ける。

「前回は、不意打ちだったからからな……でも今は、お前の力量など見えている。俺の魔力と相殺しながらだったら、お前の〈白き力〉など怖くもない」

 ゼデキアの指がレイナの喉に食い込む。レイナの彼を掴む手は逆に弱くなっていく。まさか、ここまで力に差があるとは思わなかった。レイナは酸欠で白んでいく視界のまま意識を飛ばした。

 どさり、と霜の張る芝の上にレイナが横たわるのとほぼ同時にヴァスカが駆け付けた。

「ゼデキア、お前……!」

「随分遅いご到着だったなあ、騎士様(・・・)

 ゼデキアはニヤリと笑い、ヴァスカを煽る。

「この屋敷のこと、すっかり忘れていたよ……あの下等魔族に聞いて、ようやく思い出した。ここはセレナが囲われていたところだったな。お前もそこそこ巧みな結界を張れるようになったみたいだ、探すのに少々手間取った」

「お前、ギルバードを……」

 先日、結界の外で対峙したギルバード。彼はどこか狂気に取りつかれて、異様な雰囲気を纏っていた。しかも彼ぐらいの血筋で、あの数の魔物を全て意のままに操れるとは思えなかったのだが、これで合点がいった。ギルバードの背後に、こいつがいたのだ。

 実に十数年ぶりに見るその姿は当時と何の変りもない。しかし、その魔力は変わらないどころか増している気がする。

「この娘から聞いたか? 俺は今、この国の王に成りかわっている」

 ヴァスカの訝しげな表情に気付いたのか、ゼデキアは片方の口角をクッと持ち上げて、皮肉げに笑った。

「つまり、首長でもあるわけだ。おかげで俺のもとには優秀な聖職者たちが集まってくるんだが……血の質と、力の強さは、ほとんど比例するのを知っていたか?」

 悪い笑みに、ヴァスカはすぐに奴の言いたいことを理解した。つまりゼデキアは、国王もとい首長という立場を使って美味い血を持つ者たちを貪っていたというわけだ。魔力を高めるためには、人間の血を飲むのが手っ取り早い。その質が高いならばそれだけ魔力に還元されやすい。ゼデキアは、その点でこれ以上にないほど贅沢な立場を勝ち取り、効率的に魔力を高めていたことになる。

 そしてさらに偶然か運命か、このレイナという娘を見つけた。至宝の血を持つ、聖なる娘。吸血魔族の男なら誰だって彼女を手に入れたいと思うし、その血をさらに甘やかなものにするため彼女を男として与えられる快感に溺れさせようとするだろう。そのために彼女を襲い、しかし逃げられたためその腹いせに彼女の屋敷を部下に命じて燃やさせ、家族の命を奪った。ただ、彼女が手に入らなかったという、それだけのために。

「……貴様は、同じ魔族だと言うのも恥ずかしいくらいの下衆だな」

 ヴァスカの小さな呟きを耳ざとく聞きつけて、ゼデキアは嘲笑に顔を歪めた。

「ははっ! お前こそ人間との合いの子のくせに、いっちょまえに魔族ヅラか! それに、忘れているわけではあるまい? お前の言うその“下衆”と同じ血が、自分にも流れているということをな!」

「っ……! それを、言うな! 考えたくもない!」

 ヴァスカは怒りの目でゼデキアを射抜いた。そんな彼を見てもゼデキアはどこ吹く風で余裕の笑みを浮かべる。

「どんなに憎もうが、血筋までは否定できん……憐れな異端児よ。半端者としてお前は、今や魔族の長たる俺に牙を向き人とも魔とも言えないモノに成り下がった。だが、俺は楽しみにしているぞ。俺のもとにくるお前は、復讐に取りつかれた魔族なのか、この娘を取り返しに来る()なのか……また少しのあいだ、面白い暇つぶしになる」

 ゼデキアはクツクツと笑い、パチンと指を鳴らした。途端、彼の後ろに黒い渦が立ち上がる。気付いたヴァスカが走りだした時にはもう遅く、それは消えてしまった――レイナも一緒に。

『俺は王城にいる。せいぜい楽しませてくれよ――』

 その場に残ったのはそんな楽しげな余韻だけ。

 ヴァスカは先ほどまでレイナが横たわっていた地面を一度叩き、その場にくずおれた。





長らくお待たせいたしました!

久々更新です!

ついにヒロインが攫われましたっ!(これ王道です、たぶん)

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