13.弟に似た
レイナは夢うつつをさまよっていた。
繰り返されるのは大切な人たちと一緒だった幸せな日々。しかしすぐに終焉が訪れる。赤い呪いに飲み込まれて、引き裂かれる。懇願は虚しく空に響き、それをあざ笑う男。その手の中で翻弄され続ける小さなレイナ。たまらずこぼれた涙は黒く、そこから魔物が生れ出る。逃げる足はもつれて動かず、奴らはレイナののどもとに喰らいついた。しかしやわらかな重みが胸にかかると、魔物たちは消え去り、あたりは光に包まれた。レイナの体も綿のように軽くなり、あたたかい風に運ばれ、世界が展開した。
『いってらっしゃい、レン。早く帰ってきてね! 今はまだ、みんなのレンなんだから』
ええ、帰るわ、私の大切な――
「レン」
「……あ、……」
ここは、どこ?
「セル、ヴィ」
少年魔族は、泣きそうなほど悲しげに、笑った。
「お帰り……よかった、レン」
首に抱きついたセルヴィの頭をそっとなでながら、レイナも笑った。頬が冷たかった。でも、小さなぬくもりは確かに、ここにある。
「私、生きてる……」
「うん、生きてるよ。ぼくも、レンも」
「ああ、でも、ロビンは――」
そこでレイナは力なく首を振った。そうだ、ロビンは、初めから、もう――。
「ごめんなさい、まだ混乱してる……セルヴィ、私、あなたに話したいことがあるの」
「うん、聞くよ」
体を離して、セルヴィは淡くほほ笑んだ。それに少し勇気づけられる。
「まず謝ります。あなたを危険な目にあわせて、馬鹿なことをしたと思ってる……本当に、すまないことをしました」
深々と頭を下げたレイナを、セルヴィは迷わずそっと起こした。
「いいです、それは、本当に」
これ以上謝ってくれるなというふうに目で言われ、レイナも頷いた。
「あのね、ロビン、のことなの」
「うん」
「ロビン――ロバートはね、あなたにそっくりな男の子で……私の弟なの」
するとセルヴィは少し意外そうに顔を引いた。
「弟、ですか」
「そう。私の大切な、大好きな、弟。あなたと同じくらいの年だと思うけど、」
レイナはちょっと目をつぶって、息を吸った。
「死んだの」
セルヴィは今度こそ驚きで目を見張った。
「私が最後に見たロビンは、いつもの笑顔でいってらっしゃいって手を振ってくれてた姿だから、ずっと信じられなくて……でも、今、やっと受け入れられた」
「もしかしたら、本当に生きてるかもしれないよ……」
「ううん、それはないの。あんな状況、では無理よ。私がずっとありもしない希望にすがってただけだった。ロビンは死んだの……。馬鹿な私は、だから、ずっとあなたにロビンを重ねてた。でもね、だんだん、あなたと一緒にいることでロビンの死を認められたの。これだけは信じて、今私はロビンに似ているあなたじゃなくて、セルヴィという小さな男の子がとっても好き」
「レン……」
レイナはそっとセルヴィの顔をのぞきこんだ。そして、ちょっぴり涙に潤んだ瞳を見て、やっぱり、と納得した。今まで光の加減やいつもセルヴィが笑っているおかげか確信できなかったけど、彼の瞳は青紫だった。青年も、あの男も同じ色だ。どうやら魔族はみんな青紫の瞳を持っているらしい。
「今思えば、あなたとロビンは全然違うわね。こげ茶の髪は確かに似てるけど、瞳はあの子の緑と違って青紫だし。あなたは料理がすごく上手で家事も全部できて、薬草の知識もだけど花の世話も完璧。それに、魔の気配を持つのに、どこまでも人間に近いわ。……不思議なひと」
セルヴィはくすくす笑った。
「レンもじゅうぶん不思議なひとです。ぼろぼろの姿でやってきて、どんな乞食かと思ったらとっても気位が高くて。あ、いい意味で、だよ。主があんなにたじろぐの、初めて見たもの」
「たじろいでるのかしら……あれで?」
ついに耐えきれなくなったのか、セルヴィは腹を抱えて大笑いした。
「今まで主にそんなこと言える人はいませんでした。なにせ、あの顔でしょう? 美辞麗句を口に言いよってくる人はいても、真っ向から歯向かう人は初めてですよ、きっと。だからレンの扱いが分からなくて……自分でもよく分からないことをしちゃうんです。主って不器用だから」
「そういうセルヴィも、結構すごいこと言ってると思うけど。……それにしても、あの人のこと、随分よく知ってるのね」
「そうですね、お仕えして長いですし、理解しようと努めてますから」
ちょっと鎌をかければ、セルヴィはひょいとかわしてしまう。その巧みな受け答えは、いつもレイナに何もつかませてはくれないのだ。
でも、今はそれでいい。――そう思える自分がいた。
「セルヴィ、私、今までは弟……の名誉を守るために生きてきたけど、それと同時に、あなたといるために、生きてみたいと思う。私にはまだやり残したことがあるから、それまで、ここであなたを支えにさせてほしいの」
敵を討つなら、その敵を知ることから始めなければならない。ここには“夜の住人”たちがいる。何かしらの情報が得られるかもしれない。
そんなレイナの打算的なところまで読み取ったのか、セルヴィはその小さな容姿に似合わないふてぶてしい笑みを浮かべた。
「だったらぼくもお願いがあるんです。レンにここにいてもらうのはすごく嬉しいけど、レンが主のことをちゃんと見てくれたら、もっと嬉しいんです。だから、少しずつでいいから、主のことも見てください」
それとこれは話が別よ、と言おうとしてレイナは諦めた。セルヴィがあまりにも愛らしい笑顔を向けるものだから、それを曇らせたくなかったのだ。レイナにとって、彼はすっかり“弱点”になってしまったらしい。
(それもそんなに嫌じゃないって思えるんだから……私もそうとう、重症だわ)
レイナは返事の代わりにセルヴィの額にキスをした。
くすぐったそうに身をよじって白い歯を見せるセルヴィは、やっぱり、愛しかった。
自分の文を読み返していて、全体的に読点が多いかな?と思ったのですが、どうなんでしょうか…。
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