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11.結界と先代

 〈お風呂事件〉のあった日、青年は昼食、夕飯ともに食堂に来なかった。レイナとしては鉢合わせがなくてほっとしたけど、彼の自室に食事を運ぶセルヴィを見て、余計な仕事を増やしたような気がしてちょっと申し訳なく思った。

 それから三日が経った。青年とは、食事の場以外で会うことはなかった。

 レイナのほうは暇を持て余していた。朝はセルヴィと一緒に庭に出るのが日課になったが、朝食が終わってしまえばすることはない。断るセルヴィを説き伏せて自分の使う薬を作らせてもらったり、厨房に入って慣れない料理を教えてもらったりするが、何せセルヴィがいい顔をしないので居づらくなってしまう。屋敷内を探索して脱出経路を探そうかとも思ったが、あんまりうろついて青年に会うことは避けたかったので、散歩はもっぱら見通しのきく庭に限られていた。それも、森の中まではまだ行っていない。これまで森は、レイナの逃げ場所であると同時に急襲の多いところでもあった。追われる日々は気の休まることなど少しもなく、肉体的にも精神的にも限界に近かった。森の暗さを見るだけで足がすくむ。

 それを考えれば、今のなんて平和なこと。

 毎日三食が確実に与えられ、衣服もあり、やわらかいベッドまでもが自由に使える。何もかもが変わってしまったあの日以来、初めて得た平穏だ。全てを信用したわけではないが、この屋敷は少なくとも落ち着いて療養できる場所ではある。

(あの人にさえ、会わなければいいのだから)

 そうすればレイナにはセルヴィがいる。もちろん最終的にセルヴィが選ぶのはレイナでなく主人であることは間違いないが、彼の存在は、レイナには癒しだ。

 まあ、少しずつ体力も戻りつつある今、あまりここに慣れるのは得策ではないのだが……。

 その日も厨房を追い出されて庭の散歩をしていたレイナは、ふと、森の手前まで来て足を止めた。いずれ逃げるなら、屋敷をぐるりと囲むこの森は突破しなくてはならないものだ。いつまでも平和の中でぐずぐずはしていられない。

(この屋敷に来てから、ここの人達以外の魔の気配は感じない……大丈夫よ)

 言い聞かせて軽く自分の頬を叩いてから、覚悟を決めて森に足を踏み入れた。あたたかい日差しが遮られ、すうっとした空気が首をなでた。その感覚は嫌な気配を感じたときと似ていて腕に鳥肌がたった。

 あの人がレイナをほったらかしにするということは何かしら策があって、彼女が逃げられないようになっているのだろう。だからレイナは、今はそれを突破するのではなく、どんなふうにして自分がこの屋敷に閉じ込められているのかを確かめるつもりだった。高い壁ならなんとかして越えなければならないし、見張りがいるならそれを倒さなくちゃいけない。

 無意識のうちに神経は張り詰めて、忍び足になっていた。そして、ある地点で、異変に気付いた。そのあたりだけ空気の密度が違うのだ。うなじの毛が逆立った。魔物がいるわけではないが、それに似た気配だ。恐る恐る手を前方に伸ばしてみると、指先がピリピリがする。レイナははっとした。

(――結界だ!)

 でも……と否定したい気持ちがわく。なぜなら、この屋敷をすっぽり覆うほど大きな結界――しかもこの感じだとかなり強硬――を張れるほど、あの人の魔力は強いということになってしまうから。それでは全快すれば逃げ出せるというわずかな希望も打ち砕かれてしまいそうだ。おそらくレイナの〈白い力〉をぶつけでもしたら、結界の創造主である彼にすぐさまばれて、連れ戻されるのが落ちだ。一発お見舞いしたくらいでは破れそうにないほど強いし、あの人が来る前に破壊は不可能だろう。

(そもそも、この結界を破れるのかも疑問だわ)

「レン!」

「きゃっ」

「あ……ごめんなさい、驚かせて」

 レイナは口を押さえた。声をかけられただけなのに、思わず叫んでしまった。

「私こそ、気付かなくてごめんなさい。あの、ここ……結界が張ってあるのね。しかもかなり強力な……」

 レイナはとっさに、何か情報を聞き出せないかとセルヴィにふってみた。彼は無邪気に笑う。

「いろいろあって、仕方なく。主が先代のものを修繕して張ったんです」

 あっさりと白状したことにも驚いたが、思いがけない言葉にもっと驚いた。

「――先代?」

 聞き返すと、瞬間、セルヴィはしまった、という顔をした。どうやらあんまり話したくないことらしい。レイナもそれ以上は聞かないことにした。自分にも話せないことがたくさんある。すぐに話題を変えた。

「そう……私はちょっと探検に来たんだけど、セルヴィはどうして?」

「ぼくは、これ」

 そう言って軽く持ち上げたかごには、このあたりで自生する草の根が入っていた。

「あっ、それ、私も好きよ! 甘くて、素朴な味で」

「これの煮汁にワインを入れてラムを煮込むと、とーってもおいしんですよ。肉がやわらかくなって、臭みもとれて」

「まあ……そんな使い方があるなんて知らなかった。私は、たまたま道中一緒になった人が食べられるって教えてくれただけだったから。口が寂しいときよく食べたわ」

 言いながら、二人は森を離れた。レイナがあの場にいた目的はセルヴィにはなんとなく感づかれたかもしれないが、確信までには至らないだろう。

 渋るセルヴィを説得してその日の夕飯は一緒にラム肉の煮込みを作ったレイナだったが、結局大した仕事をもらえず、ずっと草の根を煮込む鍋をかき混ぜるだけだった。

 横でナツメグの実をつぶすセルヴィを感じながら、先ほどの“先代”が何者なのか、セルヴィとヴァスカとどのような関係だったのか、レイナは手に入れた情報をそっと心に刻んだ。



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