序章――闇夜の邂逅
やさしい光を与えてくれた月も沈み、夜空には無数の星たちがまたたくばかり。
レイナは突如、眠りの世界から浮上した。あたりを見回すが、月のない夜の森では己の手さえはっきりと見えない。
静かだった。不気味なほどに、何の音もしない。風も止んでいる。
レイナは息をつめていた。これは本能なのか。心臓がうるさいほどに鳴っている。肺に溜まった空気が出所を求めて暴れていた。
――何かいる、そう思った時にはすでに五匹のまがまがしい生き物が飛びかかってきていた。一匹の長く鋭い爪が、レイナの左肩を貫いた。
「くっ……」
己を貫く魔物の醜い足をつかむと、レイナはその手に力を集めた。次の瞬間、魔物の足は吹っ飛んでいた。肩を押さえながら立ち上がる。今度は右手から襲われる。集めた光をぶつけると魔物は不快な悲鳴をあげた。しかしすぐにまた向かってくる。魔物が怒っていた。その怒気に触れ他の魔も金切り声をあげる。鋭い爪、鋭い歯。引っ掻いてはサッと離れる。そういえば、一匹足りない。そう思った瞬間、背に衝撃を受けた。続いて焼けるような痛み。魔物たちが興奮している。レイナの血肉の匂いに狂っている……。
激痛にレイナはうずくまった。五匹はそこに群がる。その血を啜ろうと、その肉を喰らおうと。レイナは全身に力をめぐらせた。持てる力のすべてを出すしかない。
彼女を光源にして、次の瞬間、強く白い光が森を照らした。五匹の魔物は肉片と化し、周囲にぼたぼたと落ちてくる。地につくと腐臭を漂わせながら蒸発して消えていった。
レイナは木を支えにして立ち上がった――否、立ち上がろうとした。しかし、背のあまりの激痛に再び地に倒れた。息をするだけでも痛い。流れる血が足に伝って、生暖かい。早く止血しなければ、また、この匂いに誘われて魔物がやってくるかもしれない……。頭では分かっているが、今でさえ死にそうなこの痛みなのだ、体を動かしたらとても耐えられそうにない。
苦しげに浅い呼吸を繰り返し、レイナは必死にこれから襲われるであろう痛みの恐怖を打ち消そうとしていた。
その時、夜の闇が動いた。
レイナははっとして、恐怖に硬直した。力を使い果たし痛みに震える今、襲われたらその先にあるのは確実に死だ。ガチガチと歯が鳴り出す。闇をまとった者はレイナに近づいてきた。そして、そっと、彼女の腕に触れた。レイナはびくっと体を震わせ、同時に痛みで息がつまった。触れている者の手は――姿が見えないので、手ではないかもしれないが――冷えたレイナの体よりもっと冷えていた。その冷たさにぞくりとする。
あなたは誰、そう言おうとするが、声はのどの奥でかたまってしまっていた。血を流しすぎたのだろうか、頭が働かず意識がとびそうになる。
闇をまとった者はなおもレイナのそばにいる。しかし、その動きはひどく緩慢で、それが逆に恐怖心をあおる。冷たい手がレイナの肩の傷に触れ、いったん離れた。そして再び、今度は先ほどよりもはっきりとした動きでレイナに触れる。
いったい、何者なのだろう……レイナがそう思った瞬間、背の傷に手が乱暴に触れた。走る激痛。耐えられない。レイナは短い悲鳴をあげると、意識を手放した。




