運命
明かりもついていない部屋の中、一人の少年が椅子に腰をかけている。艶やかな黒髪に血のような赤い瞳は深い残虐性を秘めているようだ。地べたには少年よりも少し幼い少年が血を流して転がっている。
「ガキどもにやられる部下なんて情けねぇな。リーダーのお前は何やってんだ!?」
「す、すみませんボス。けど……」
「言い訳はいい!」
少年は椅子から立ち上がると、許しを乞おうとする部下の腕を踏みつけた。
「ぎゅあああ!!」
容赦なく思いっきり踏みつけられた部下は心からの悲鳴をあげる。足を離すと、腕を動かしながらもがいている。
「つかいもんになんねぇな。おい、吹雪!」
「はい、兄様ここに」
呼び声に答えたのはずっと横からおどおどとこちらの様子を伺っていた少女だ。ショートの銀髪に薄青色の目をした彼女は長い前髪で左目だけを覆っている。
「相手の風貌は分かるか?」
「は、はい。三人程いましたが、桃色の髪に空色の目であった事は記憶しています」
「だとよ。お前より吹雪の方が遥かに使えるぜ!」
吹雪は兄の質問にしどろもどろに答えながらも、チラチラとこちらを見ている。
(よせ、吹雪! 見るな!)
腕を抱えもがえながらも、吹雪に目配せを送った。彼女に変な気を遣わせて、ボスの怒りの矛先を向けさせたくはない。
「いいか、吹雪。お前がそのピンク髪を仕留めるんだ」
「え、でも……」
「なんだ。何か文句があるのか?」
イエスと言わない妹に対し、兄は厳しい目を向ける。それは命令に背けば、妹であろうと容赦はしないという意志が感じ取れる目だった。
「分かりました。では、失礼します」
少女は兄に一礼すると、部屋から出て行ってしまう。こうして謎の密会は幕を閉じたのだった。
* * *
「ふわぁ〜、よく寝た」
空は寝心地の悪いベットから起き上がると、伸びをした。昨日は夕食を食べた後、疲れてそのまま泥のように眠ってしまったのだ。隣を見ると陸とアリスがまだ寝ている。
空は起こさないようにするため、ベットからそろりと出ると、窓から外の様子を伺った。
影は基本的に建物の内部には入ってこない。影だって馬鹿ではない。のこのこと光が占領している建物に入り込む事はしないだろう。空は安心しきって外の様子を見ていたが、その時に不審な影を一人見た。
「なんだ、あれ?」
不審な影はキョロキョロと辺りを見渡している。しかし注目すべき点なのはその挙動ではなく、影がいる場所だ。影がいる場所は光の敷地内。特徴的な黒いローブに持っている銃から影である事は疑いようがない。
「あいつ、見張を狙っているのか!」
影は物陰に隠れながら建物の見張りをしている赤月にどんどんと近づいていく。このままでは赤月は銃に撃たれて殺されてしまうだろう。空は無意識にベットの横に置いてあったリュックの中から奪った銃を取り出していた。
「使い方なら分かる。父さんはこうやって使ってた筈だ」
空は影をいつでも止められるように銃を構えた。出来れば、影にはそのまま何もせずに立ち去ってほしかった。けれど、現実はそうは上手くいかない。物陰に潜む影は銃口を構えると、赤月を撃つ体勢に入った。
「行け!」
空はそれを見て躊躇いなく引き金を引いた。狙いは影の足だ。足をやってしまえば、相手は動く事が出来なくなるだろう。空が撃つと同時に凄まじい銃声が周りに響き渡る。
その数秒後に銃弾が当たる音がし、空は瞑っていた目を開いた。
「当たった……」
見れば影は血を流して地面に倒れていた。生まれて初めて人を撃ったが、まさか命中するとは夢にも思わなかった。下にいた赤月はやっと影の存在に気づいたのか、上階にいる空を驚いて見上げた。しかしすぐに思考を切り替え、彼は首にかけてた笛を使う事で警報を鳴らした。
「うわ!? なんだこの音!」
「警報!!」
その音に陸とアリスが飛び離れるようにベットから起きた。銃声の音はかなり大きかった筈だが、二人は警報の音によってやっと眠りから目が覚めたようだ。
「ん、なんだあれ?」
他にも影がいないかと周りを見渡していると、一人の影が目に留まった。影にしてはやけに幼いような気がする。それこそ空と変わらないか、それより幼いぐらいだ。
「空!? 何してんだよ!」
「早くシェルターの地下に避難しないと!」
警報が鳴っても動こうとしない空に対し、目覚めた陸が空の服を引っ張る。
「分かってる。今、行くから!」
空はリュックにを背負うと、部屋から脱出した。部屋の中だとそこまで意識しなかったが、廊下は逃げ惑う子供の声で溢れていた。
「皆、慌てるな!! ゆっくりと焦らず行け!」
オレンジ髪の女副団長は歳上として年下の子供達を誘導しようとしているが、ちっとも上手くいっていない。子供達は軽くパニックになっている。
「……」
一緒にいる陸とアリスも逃げ惑う子供達に気を取られている。空はゆっくりと後ろに後ずさると、地下とは逆の方向に向かって走り出した。
「確か、こっちの方だったはず!」
空がさっき見た影は気のせいかもしれないが、地下の裏口に向かっているように見えた。地下には隠し出口が存在するのだ。もし空の発見した影がそこに向かっていたとしたら……。
「軽い犠牲じゃすまないぞ!」
空は疲労した足に鞭を打ちながら、地下の隠し出口に向かって走り続けた。
* * *
「ここだ! 思った通り、パニックのせいで避難が上手くいってないな」
近道を使って地下まで来たが、まだ誰も避難してきていないようだ。突然のことゆえ、副団長の指示が上手く通っていないのだろう。
そう思った時だった。壁の向こう側から変な音がしたのは。チクタクとまるで爆弾の音のようにも思える。ちょうど空が立っている場所の真横の壁だ。
「まずい!!」
空は勢いよく地面を蹴ると、床に滑り込むように爆弾の衝撃を避けた。慌てて爆発した壁を見てみると壁にはポッカリと穴が空いている。砂煙が辺りに巻き起こり、空は激しく咳をした。
「ゲホッ、ゲホッ」
砂が入り涙が出ている目擦りながら、空は穴のあいた壁を目に写した。崩れて山のようになっている石壁の上に人影が見える。
「誰だ! 誰かいるのか!」
咳を堪えながら、空は人影を睨みつけた。時間が経つと共に煙が消えていき、人影の正体が露わになる。
「……」
「お、女の子……?」
人影の正体は空よりも幼い影だった。