響く銃声
放送が終わった直後、子供達は遊ぶのをやめ不安気な声が辺りに広がっていく。
「おい、さっきのあれ本当なのか?」
「怖いよ〜」
「ママ〜!」
しまいには泣き声や悲鳴も響き渡り、公園はパニックに包まれる。
同じく放送を聞いていたアリスも例外ではなく、声には出さずとも不安な表情に変わる。
「さっきの影ってもしかしてあのーー」
アリスは何かを空に言おうとしたが、それは公園に響いたバンという音に阻止される。音のした方角を見ると、音の近くにいた一人の子供が血を流して倒れている。
倒れている子供の前に立っているのは11〜12歳ほどの子供だ。黒いローブを目深に被っており、性別は確認することが出来ない。
見るからに怪しい服装だが、空が注目したのはそこではない。
それは子供が手にしているものだ。空はそれをよく知っている。
真っ黒なツルツルの物体。人の命を容赦なく刈り取れるもの。
「あれは……」
空が口に出そうとした直後、銃弾が公園に降り注がれた。
どうやら壁にあと二人隠れていたようで、壁の向こうや垣根の向こう側から銃を撃ってきているのだ。
悲鳴を上げて逃げ惑う子供達は次々に撃たれていく。
「アリス!! 今すぐに逃げないと!」
しかし当のアリスは恐怖で固まってしまっている。銃が乱射されれば無茶もないが、今躊躇していたらすぐに殺されてしまう。
空はアリスの腕から瑠花をひったくると、アリスの手を引っ張って公園の壁にある抜け道をくぐって銃弾から逃れた。
草むらに隠れているので、この抜け道を知っているものは少ない。
「どういうこと!? なんで影がいるの!? もう逮捕されたって聞いてたのに……」
アリスは壁の向こう側で息を潜めながらも、出来るだけ声を顰めて自問自答している。
影。それは10〜12歳の子供達による犯罪者組織だ。世間的には子供として扱われる年齢なのにも関わらず、闇社会で銃を手に入れ、多くの死者を出したことで有名だった。
警察も総出で犯人の特定に務めたが、逮捕までは約数ヵ月かかり、その間に数えきれないほどの犠牲者が出た。
その犯罪組織の名前が影だ。通常なら真っ先に死刑になるはずだが、あまりに幼い年齢であることから今もなお、扱いが保留となっていると聞いた。
「全員が逮捕されたわけじゃないよ。中には警察の包囲網から逃れた子供も少数いる。警察の圧力で大人しくなってた影が大人の消失と共に出てきたって感じかな」
「詳しいわね。やっぱりお父さんが警察官だったから?」
「まぁね、でも話している暇はないぞ」
今も公園には銃声が鳴り響いている。集団だということは見つかるのも時間の問題だろう。残された子供達は可哀想だが、今は自分が生き残る事が大事だ。
「そうね。でもどうするの?」
「とりあえず僕の家に行こう! 話はそれからだ」
* * *
空は自分の家であるマンションの窓から外の歩道を監視していた。
未だに外に影がウロウロしており、ここに立て篭っている状況だ。
「陸のやつ無事だといいんだけど……」
町中に影がいるこの状況を見ると、陸の安否が不安になる。
いつも強がってはいるが、本当は弱いのを空もアリスもよく知っている。きっと一人になって心細いはずだ。
ちらっと後ろを振り向くと、アリスが何度かテレビをつけようとリモコンをいじっている。しかし大人がいない今、テレビ放送局の人もいない。何度つけたって白黒の画面になるだけだ。
「だめね。やっぱりどこのチャンネルもやってない」
「……。取り敢えず何か食べる?腹が減っては戦はできぬ戦が出来ぬっていうし」
アリスはかなり不安になっているのか、元気がない。食欲はないだろうが、食べれる時に腹を満たしておいた方がいい。そろそろ12時になる。普段なら昼食を食べる時間だ。
アリスもお腹が減っているだろうし、空もそろそろ何かを食べたいと思っていた。
アリスはそれを聞いてしばらく迷った末、頷いた。
「そうだね。迷っていたってどうにもならないし、今は出来ることをしないと!」
「うん、それがいいよ。僕が作るから何か食べたいものがあったらリクエストして」
「うーん、手軽に作れるものならなんでもいいけど、今はラメーンが食べたいかな」
「分かった。あ、でもーー」
二つ返事でオッケーした直後、空は大事なことに気づいた。大人がいないと経済は回らない。それはガスや水道も同じなはずだ。
しかしアリスはそれを理解してはいないらしい。
「なに、どうしたの?」
「大人がいないってなると、ガスや水道はどうなるんだろ? ちょっと試してくる!」
キョトンとしているアリスを尻目に空は素早く台所に駆け込んだ。朝は外に出しておいたペットボトルを飲んだだけなので気づかなかったが、もしかした止められているのかもしれない。
空は試しに蛇口を捻ってみたが、水滴がポツポツと出るだけで、水が出る気配もない。
もう一つ確かめようと、ガスコンロの火をつけようとしてみるが、こちらも同じく反応なしだ。
「やっぱりガスや水道は停められているみたい。いくつか買い置きしておいたお菓子があったからそれを食べよう」
「うん。でもこの子のはどうしよう?」
アリスが言っているこの子とは瑠花のことだろう。瑠花は今まで牛乳を薄めたものを飲んでいた。しかし冷蔵庫も恐らく止められているだろう。試しにポチポチと電気をつけるボタンを押してみるが、電気がつく気配もない。
確認しなくても牛乳はもう暑さで腐っているだろう。
「うーん、もう離乳食が食べれる年だし、お菓子を食べさせるしかないんじゃないかな?」
厳密には離乳食が食べれる年になったとしても硬いものをあげるのはダメだが、それしか食べ物がないのだから仕方がない。
「いくつかお菓子やパンがあるから、しばらくはそれで食いつなぐしかないね」
少なくとも今のこの状況で外に出るのは危険すぎる。空はためしに外の様子を確認しようと、マンションの窓に張り付くように下を見た。
「あれは」
外には影以外の子供が二人いた。兄弟なのか年上の方が年下の方の手を引っ張って、影から懸命に逃げている。恐らく、逃げ遅れであろう。しかし年長者である影の足の速さに勝てるわけがなかった。
建物まであっと一歩のところで二人とも撃たれてしまう。
(外に出ちゃダメだ。絶対に……)
空達は建物に潜伏する羽目になった。